俺サマは人が美味い飯を食って、笑顔でいるのを見るのが好きだからな!
「人間の国は、エルフのところよりも格式ばってんだなー」
人族領の辺境にある、勇者アヒムの故郷。
そこに、表向きは『凱旋』したアーレンハイトたちは、王宮の待合室でそれなりの時間待たされていた。
椅子に座って手持ち無沙汰そうに頭の後ろで手を組んだオメガの言葉に、壁にもたれたカルミナが答える。
「上下関係が、エルフの国よりも厳格だからな」
「そういうところは、人間って感じがするな。俺サマの世界でも、過去の歴史ではそういう感じだったらしいしなー」
「……貴様が過ごしていた頃は違ったのか?」
「数が少なかったからなー。俺サマみたいな
そこで待合室のドアが開き、謁見の準備が整ったことが伝えられた。
「では、参りましょうか」
「おう」
待たされたわりに、オメガは機嫌が良さそうだ。
「嬉しそうですね?」
「人間の姿がいっぱい見れた。本当に、人間がいっぱいいたなぁ……」
やはり、オメガの中でエルフと人間は違うらしい。
ただ存在するだけで、彼をこんなに明るい表情をさせる人間を、少し羨ましく思う。
兵士たちの姿をずっと眺めているオメガを右に、カルミナを左に従えて謁見の間についたアーレンハイトは、静粛に、という声とともに壇上の玉座に現れた人族の王を見上げた。
彼は、厳格な人物だ。
だが、勇猛果敢にして聡明な人柄で、こうした場でなければ気さくな一面もある壮年の男性である。
元はこの王国の貴族であった勇者アヒムも、王が目を掛けた麒麟児だった。
故にこそ、勇者はエルフ領に赴いて女神バタフラムの神託を受ける資格を与えられ、勇者に選ばれたのだから。
王はこちらを一瞥すると、オメガに目を止めて静かに口を開いた。
「そなたが、異空の勇者か」
「おう、そうだぜ」
軽く答えるオメガに、王よりも周りの大臣や将軍がざわつく。
「王に向かって、無礼な口を……!」
「良い」
王が制すると、将軍が口をつぐんだ。
そして、改めて言葉を口にした。
「エルフの大長老よりの伝言、しかと目を通した。魔王を打倒し、世界を救ってくれた偉業に、感謝の意を示す。光の巫女、エルフの将軍。……そして、異空の勇者よ」
「人を救うのは俺サマの使命だ。いちいち感謝されるよーな事じゃねーよ。礼なら、命と引き換えに俺サマをこの世界に呼び出した勇者に言えよ」
と、オメガは後ろに並べた棺を指差した。
その中には、彼が回収した勇者たちの遺体が納められている。
「アヒムか……惜しい男を亡くした。勇者として立ったあやつの伴の者も、王国の次代を担う者ばかりであった」
「他の奴らは知らねーけど、アヒムはその通りだと俺サマも思うぜ」
彼らの死を悼む王に、オメガはうなずいた。
その王の後ろで、一人の女性が目を伏せる。
見事な金の巻毛を持つ美しい少女は、玉座に座る王の娘……アヒムの婚約者である、エーデル姫その人だ。
ーーーエーデル姫……。
彼女の胸中を想って、アーレンハイトは心がズキリと痛んだ。
『愛していた』と、いう彼の言葉を、後で彼女に伝えなければならない。
それは気の重い役目だったが、勇者を支えきれなかった自分が為すべきことだった。
王は、オメガの言葉に少し不思議そうな顔をする。
「まるで、アヒムを知るような口ぶりだが……?」
「少しだけ話をした。死のその瞬間まで、奴は世界の救済を望んでいた。その声を受け取って、俺サマはこの地に現れたんだからな」
トン、と親指でオメガが自分の胸を叩くと、王は深く息を吐いて、話題を変える。
「さて、異空の勇者、オメガよ。私はアヒムに一つ約束をした。『魔王を討伐せし時、姫と玉座を譲る』という報酬を与えると。……そなたは、それを望むか?」
「いんや、まるっきり興味がねーな」
オメガは、王の言葉に即答して肩をすくめた。
「それより、皆で美味いもんが食いてーよ」
「皆で……?」
「おう。俺サマは人が美味い飯を食って、笑顔でいるのを見るのが好きだからな!」
「……それだけで良いのか?」
訝しげな王に、オメガは笑顔であっさり頷いた。
「俺サマにとっちゃ何よりの報酬だ! それが終わったら、俺サマはまた魔物でも狩りながら、どっかに人を救いに行く。この世界には、まだまだ美味い魔物がいっぱいいるだろうしな!」
オメガの発言に、アーレンハイトは少し寂しさを覚えた。
彼は、事が終われば旅立ってしまう。
それはオメガとアーレンハイトの別れを意味しているのだ。
「それに俺サマは、一つだけ気になってることがある。後で言いたいんだけどな」
と、オメガが『魔王が健在かもしれない』ということを、王に伝えようとしたところで。
それまでの感傷を全て吹き飛ばすほどの衝撃が、アーレンハイトを襲った。
「ーーーお待ち下さい、王よ!」
背後から響いた、その声。
謁見の間へと続くドアの外不意に騒がしくなったかと思うと、両開きの大扉が勢いよく開いて、そこに立つ人物が声を張ったのである。
その顔を見て、アーレンハイトは頭の中が真っ白になった。
「ーーーアヒ、ム……?」
エーデルの、震える声が、小さく響く。
そこに立っていたのは。
死んで、王に謁見する前にオメガが棺に収めたはずの勇者アヒム、その人だった。
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