たった今、お前は俺サマの最優先抹殺対象に指定された。


 全員が、死んだはずの勇者が出現したことに唖然あぜんとしている中。 


「異空の勇者などと、欺瞞ぎまんはなはだしい! 魔王の眷属め、正体を現すが良い!」


 アヒムは手を掲げて呪文を口にすると、それをオメガへ向けて放った。


「オメガ様!」

「オメガ!」


 カルミナとアーレンハイトが同時に声を上げるが、それは攻撃魔法ではなかった。


 避けもしないまま腰に手を当てて立っていたオメガが、魔法を受けた途端に光に包まれ、ゼロ・イクスの姿へと変わる。


「見よ! 其奴そやつは魔物だ! 魔王の腹心たる、赤いオーガだ!」


 謁見の間にいる者たちがざわめき、王と王女を庇うように、人族の兵士達が剣をオメガへ向けて構える。


 アヒムは勝ち誇るような笑みを浮かべて、吼えた。


「私の仲間を策謀によって嵌め、手柄を偽り王を暗殺しようなどと……この私が許さぬ!」


 その様子に……アーレンハイトは、違和感を覚える。


 ーーーなぜ、笑みを?


 アヒムは、決しておごる人物ではない。


 ギリギリ間に合ったという状況であるのなら、まず皆を……あるいは、愛する人であるエーデル王女を心配しても良さそうなのに。


 彼は、オメガしか見ていなかった。


 沈黙の中。

 アーレンハイトが二人の顔を見比べていると、無言のまま再びオメガが少年の姿に戻る。


 そして冷静な表情のままぽつりと呟いた。


「……例の、カルミナを操ってた〝虚無の力〟とかいうのの気配が、そいつの中にあるのが見えるんだが」


 オメガの言葉に、アーレンハイトもハッとして精霊の動きに意識を向ける。

 確かに虚無の気配がアヒム……勇者の姿をした者にあり、息を呑んだ。


「まさか……」


 オメガは、王の方向ではなく、アヒムがいる側……そこ近くにある勇者の棺に歩み寄り、蓋を蹴り外す。


 中身は、空だった。


「……昨日の夜は確かにアヒムの遺体がここにあった。俺サマ自ら安置したんだから、それは間違いねぇ」


 彼の言葉に、アーレンハイトとカルミナは頷いた。

 その様子を見ており、数人のエルフ兵と人族の高官も近くにいたのである。


 様子を見ていた者に目を向けると、彼らも目を見合わせて戸惑った顔をしていた。


「アヒムは死んだ。俺サマは、あいつの救済には間に合わなかった……」




 そこで、不意にーーー風が吹いた、とアーレンハイトは感じた。




 オメガから、空間が赤く染まったかのように感じる程の、凄まじい怒気が放たれたのだ。


「っ!」


 背筋がゾワリと怖気立ち、自然と体が硬直する。


 大扉の中に足を踏み入れたアヒムを、オメガは苛烈に睨みつける。

 彼以外の全員が、オメガの怒りに呑まれていた。


「俺サマは、人族の、その遺体すらも、冒涜する事は許さねぇ……!」


 彼が、これほど敵意を剥き出しにするのを、見るのは二度目。


 これが……オートマタのような人形から生まれるなど、あり得ないのではと、そう思うほどの怒り。

 オメガは呪うが如き様子で、アヒムに対して低い声を軋らせた。


「まして、俺サマに救うべき世界を与えてくれた勇者の、亡骸を弄ぶお前は、万死に値する」


 オメガは、あまりの怒りの深さ故だろう、その双眼以外から逆に感情が抜け落ちたような顔で、アヒムを指差した。




「ーーーたった今、お前は俺サマの最優先抹殺対象に指定された」




「遺体……」


 カルミナがオメガの威圧から脱して呟き、オメガ同様に怒りを浮かべて剣を抜く。


「勇者殿の遺体を、私と同じように操っているという事か……!」

「先程から、随分と演技をしてくれるが」


 アヒムは生前と変わらぬ精悍な顔で、逆にアーレンハイト達を弾劾した。


「俺が知らないとでも思っているのか。シャルダークと恋仲であったダークエルフ、カルミナ。そして女神に選ばれた私に対して、霊装を与えられぬと謀り、遂に魔王と相対するまで手助けを怠った光の巫女、アーレンハイト! そなたらは、魔王に与した裏切り者だ!」


 場に、さらに緊張感に満ちた静寂が落ちた。

 人族達の視線の多くは、疑いと共にオメガとアーレンハイトらに向けられている。


「人族に害を為したシャルダークは、俺サマがこの手で始末した。確実にな。……そう思っていたが、違ったらしいことも、分かった」


 オメガは、揺るがなかった。

 

「貴様が魔王だ、シャルダーク……例え他の誰に分からずとも、俺サマだけはそれを知っている」


 オメガは自身の胸に手を当てると、身に秘めた光の精霊の力に、自身の魂を共鳴させた。


「勇者アヒムの魂は、今、俺サマと共に在るんだからな!!」


 言葉とともに、オメガの胸元が輝いた。

 すると彼の背後に、燐光が集まり始め……目の前のアヒムと同様の姿を持つ青年の、上半身が浮かび上がる。


 アヒムの魂は、オメガ同様に、自分の体を睨みつけていた。


『我が肉体は、邪なる者の器に非ず……』


 響いた声に、エーデルがハッとオメガに重なるその背中を見つめた。


「あ、アヒム、様……が、二人……?」


 彼女の呟きに、アヒムの魂はチラリと振り向いて、寂しげな微笑みを浮かべた。


『生きて戻れず、済まない……エーデル』


 そのままアヒムの魂がオメガの中に戻ると、彼は拳を握り締めて天に掲げる。


半機甲化ハーフ・アジャスト! ブレイド・コネクト!」


 赤い軽装鎧に双剣を持つ青年の姿に変わったオメガは、振り下ろした切っ先をアヒムの肉体を操る者に、突き付けた。


「俺サマは、《救済機甲》ゼロ・イクス! 勇者アヒムの魂を受け継ぎ、人を救う使命を持つ者だ!」

 

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