ん〜……アンコの甘み!
エルフ領にある『巫女の城』。
そこで魔王討伐の報告……を、本来はしたかったのだが、そうはならずにアーレンハイトは心苦しい思いをした。
「魔王が生きている……か」
難しい顔をするエルフの大長老は、アーレンハイトの祖父だった。
ダークエルフの長と違ってかなりの高齢である。
人間で言えば80歳代の高齢である彼は、すでに数百年の時を生きた者だった。
エルフ領では、大長老や各部落の長老を除いて、ほぼ上下階級というものが存在しない。
精霊教会においても、各精霊に選ばれた教師が居れば尊敬を集めはするが、信徒に対する絶対的な権力を有している訳ではない点が、人族とは異なる。
ダークエルフであるカルミナが将軍を務めているのも、彼女の実力を軍が認め、合理の上で階級制度を用いる事に全員が合意し、自身の判断によって従う相手を決めるエルフの気質によるものだ。
アーレンハイトは、祖父の言葉にうなずいて、口を開いた。
「はい。一度は確実に、魔の森の瘴気は晴れ、魔王領は正常に戻りました。異空の勇者オメガ様のおかげで」
巨大な円卓を囲むエルフ領の者たちも、同様に判断しかねるような顔をしていた。
「……それを証明する手段は、あるのかの?」
エルフの大長老がそう問いかけてくるのに、アーレンハイトは目を伏せる。
「わたくしには……ですが、オメガ様は」
「決して邪悪な存在ではありません。彼は光と闇の精霊にも認められた存在なのです」
カルミナも補足するが、彼らの返答はなかった。
オメガは決して、倒したと嘘をつくような者ではない。
勇者アヒムの魂に付き添われ、道中を共にしたアーレンハイトたちにとっては、彼がこちらを騙そうとしている可能性は限りなく低いのだ。
しかし話を聞いただけでは、オメガを疑わしく思うのも当然の話だった。
だが、言葉以外に証明する手段を持たないアーレンハイトたちに対して、オメガは頭の後ろに腕を組みながらあっさり答えた。
「映像記録ならあるぞ?」
「え?」
「見せてやろうか? ちょっと長いから
言いながら彼が目を見開くと、その瞳が輝いてピーッと光の筋が伸び、円卓の上に球形の何かが浮かび上がる。
ざわ、と会議参加者たちは動揺したが、それは攻撃手段などではなかった。
鮮明にその球形の中に浮かび上がったのは、アーレンハイトと出会った時からの映像だった。
パッと最初に浮かんだのは、アーレンハイトの顔と懇願。
続いて、いくつかの魔性の森の主をオメガが倒すのを、彼自身の視点から。
その後、魔王城の入り口と、魔王とのやり取り。
そして焦げて倒れた魔王と、勇者パーティーの死体を回収する瞬間。
魔王城を出た後の、瘴気の晴れた空。
ドラグォラの暴走、バタフラムの力による鎮静。
「こんなもんで良いか?」
映像と共にその時の会話や音まで流れて、全てが明らかになった。
「……これが、異空の力か……近隣で起こったことの遠見くらいならば我らも可能じゃが……これほどの距離がありながら過去視を行うとは……」
「まぁ、情報は保持しとかないと、行動証明が出来ねーってのが元いた世界の基本だったしな」
戦いた様子の大長老に答えたオメガは、肩をすくめる。
「ま、この映像を信じるかどうかはそっち次第だけど、アーレンハイトやカルミナだけならともかく、エルフの兵士たち全員に話を聞いても、同じ答えを返してくるとは思うぜ? 魔王に関する話は伏せてるしな」
魔王を倒していない、という情報を知っているのは、オメガ、アーレンハイト、カルミナの三人だけだ。
その中でも、直接姿を見たのはカルミナしかいない。
凱旋の行程と思っているエルフ軍に伝えると士気に関わるからだ。
「公表するかどうかの判断は、大長老にお任せします。なぜかはよく分かりませんが、蘇った魔王が仕掛けてきたのは、オメガ様かわたくしを狙ったものだと思われますから……」
カルミナを操り、姿を隠しておくつもりだったのだろうが、彼女を取り戻して存在がバレた以上、今後も何かを仕掛けてくる可能性はある。
「わたくしは、今後もオメガ様と行動を共にいたします。人族領への報告もありますし……」
勇者の故郷は、エルフ領のすぐ近くにある。
報告そのものはすぐに終わるだろうし、伝令を出すのも魔王の関与があり得る以上、オメガを連れての行程のほうがいいだろう。
カルミナも、アーレンハイトの言葉にうなずいた。
「我々としては、オメガがいればエルフ軍はもう、この地に留まってもいいと思います」
「……いや、軍は連れて行くのじゃ」
「よろしいのですか?」
「異空の勇者が、一騎当千の力を持つことは分かった。だが、油断させ、その力をもって人族領の殲滅を目論んでいる、という気も捨てきれぬ」
大長老は慎重だった。
「そなたらが魔法などにより操られている、ようには見えぬが、今のような力を持つのなら、我々に察知できぬ方法で行動を操っていることも、あり得ぬとは言い切れぬ」
もしオメガが悪だとしても、誰か一人が生き残れば、どう動いても状況が分かる、ということだろう。
これ以上の潔白の証明は難しそうだったので、アーレンハイトはうなずいた。
「分かりました」
「ま、俺サマは何でも構わねーよ」
彼がそう答えると、大長老は静かに目を閉じる。
「大地を蝕む瘴気が焼失したのは事実ゆえ、その功績は認めよう。疑いは捨てきれぬが、筋の通らぬ話では決してない。ゆるりと過ごすがよい」
その後。
オメガは領を挙げての結構な歓待を受けたが、彼はそこでも自由極まる振る舞いを見せた。
それが迷惑だったかどうか、は個々の判断に分かれるところだろうが、大勢としては、全体的に好意的だったと言える。
久しぶりの故郷に、一息ついていたアーレンハイトがお気に入りの庭に赴こうとすると、キッチンで何やら作業をしているオメガを見つけた。
「何をなさっておられるのです?」
オメガは、あの合議の後、ものの数十分で賓客の為の厨房を預かるキッチン長と意気投合し、その美味なる魔物料理を惜しげもなく振る舞って、夕刻には領内の者達の胃袋を掴んでいた。
人族の貴族から見れば眉をひそめるような行為であるに違いない。
それを、どこまでもオメガらしい、とアーレンハイトは思ったのだが、まだ料理を作る彼の体力は底なしである。
人ではない、と彼が言っている以上、そういうものなのかもしれないが。
「お、アーレンハイトか。ちょっと前に、不思議な生き物見つけただろ?」
「不思議な……スライムのことですか?」
「おう。似た姿の生物は、俺サマの世界にはいなかったからな! ちょっとどう食べれるか試してたんだ!」
目をキラキラさせているオメガは、本当に料理が好きなのだろう。
「なんか粘りがありそうだったから、とりあえず
言われて見ると、まな板の上に何やら茶色く四角い物体が置いてあった。
それを包丁で一切れ切ると、オメガが差し出してくる。
「これは、何ですか?」
「菓子だよ! デザートになりそうなモンが作れて、ラッキーだぜ!」
渡されたものが見たことのないもので、少しためらっていると、オメガはもう一切れ切って自分の口に放り込んだ。
「ん〜……
言われておそるおそる口に運ぶと、少し弾力のある食感と、感じたことのない甘味が広がる。
「美味しい……ような気がしますが、独特のクセがありますね……」
「口に合わねーか? まぁ、結構特殊な菓子だしなぁ……この辺りの食生活的に、ゼリーみてーなやつのが良いかなぁ……?」
アーレンハイトの顔を見て何を思ったのか、オメガが腕を組んでぶつぶつとつぶやく。
「オメガ様は、次かあ次へと魔法のように色々な料理をお作りになられますね」
「食生活は豊富なほうが、やっぱいいだろ? 美味いもんを食うと、人間は幸せそうな顔をするからな!」
オメガはいつでも楽しそうだが、やはり人の笑顔を見ている時が一番幸せそうな顔をする。
アーレンハイトは、そんな彼に対して顔をほころばせた。
「はじめての食感だったので、慣れていないだけです。もう一切れ、もらえますか?」
「いいぞ!」
オメガの表情がパッと明るくなるのを見て、アーレンハイトは幸せな気持ちになる。
こんな穏やかさが、ずっと続けばいいと、心の底からそう思った。
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