異世界バランスブレイカー！！〜転移直後に魔王を倒した少年は、人に飯を振る舞うのが大好きな最強の存在でした〜

アレに寄生させて育ててみよっかな。

　ダークエルフの里を出て、しばらく経った頃。

　オメガたちは湿地帯に差し掛かっていた。

　行軍に難はあるものの、既に特に強い魔物が生息する領域は既に抜けている。

　しかし、強くはないが厄介な魔物のせいで、エルフ軍は止まっていた。

「タンゴが繁殖してますね……」

「なんだそれ？」

「キノコ型の魔物ですね」

　オメガが腕組みしながら尋ねると、アーレンハイトがそう答える。

　湿地帯に改めて目を向けると、泥を埋め尽くすような無数の塊が、霞む視界の先に見えていた。

　腰丈くらいのサボテンのような塊は、たしかによく見ると様々な形のキノコの傘が積み重なって形成されているらしい。

　湿地帯の上を霧のように舞っているのは、胞子だ。

　そのせいで視界が悪くなっているのである。

　エルフ軍の周りは、エルフ達が風の結界を張って胞子を散らしてはいるものの、これ以上近付くとその影響を受けてしまうらしい。

　しかしオメガの関心は別のところにあった。

「キノコか。食えそうだな！」

「流石にやめたほうが……あんな風になりますよ」

　アーレンハイトは、湿地帯のタンゴの間をゆっくり動くモノを手で示した。

「タンゴに寄生されて魔タンゴになってしまった者たち……人間や動物のなれの果てです」

「色々キノコがあるのに、魔タンゴとかゆー奴が一種類しかキノコ生やしてないのは何でだ？」

「寄生種がタンゴだけなんですよ。他は一緒に増えますが、タンゴが運ぶ胞子に頼って繁殖しているらしいです」

「へー」

　その動いている魔タンゴも、やがて苗床がタンゴの栄養となって周りのキノコ塊と同じようになるらしい。

「動いている間に、タンゴ繁殖域から外れてさ迷い出ると、駆除に苦労します。魔タンゴを一匹見逃したせいで王都が滅んだ国もあるくらい繁殖力が強いんです」

「へー。って事は、あの寄生種とかいうのだけ始末すりゃ後は食えるのがあるのかな？」

「あの、話聞いてましたか？　タンゴの繁殖域を見つけたら大概は炎の魔法で焼き払うので、試した人はいないとは思いますが、毒があるかも知れませんし。もう一度言いますけど、やめておいたほうが」

　アーレンハイトの言葉を、もちろんオメガは聞いていなかった。

「毒の有無は俺サマが解析出来るし、タンゴ胞子も水で洗ったり焼けばどうにかなるだろ。収納してるバイオリアは、解析した結果なんか解毒作用があるみたいだしな。アレに寄生させて育ててみよっかな」

　実際、どっちのほうが優位なのか、組み合わせると美味くなるのか不味くなるのか、そういうのも新しい食の探求には必要だ。

「魔タンゴが美味いタンゴになるかも知れねー。よし、狩ろう！」

　そんなオメガに、脇で黙っていたカルミナが溜め息を吐いて水を差してきた。

「どうやって採るつもりだ、大馬鹿者。中に入ったら貴様も魔タンゴになるぞ？」

「俺サマは人じゃないから大丈夫だ！」

「亜人でも動物でも同じだ。生きて血が通っていれば寄生される。魔族なら分からんが、貴様は違うだろう？」

「いや生きてねーよ」

「え？」

　カルミナは驚いた顔をするが、当たり前である。

　オメガは機甲知性（ヒューマニクス）であり、基本的に生物とは違うのだ。

　ある程度生体機能を参考にして作られてはいるものの、表層の肌部分は霊子的保護を施された装甲を変化させているだけで、実際は流体形状記憶金属（ベイルドマテリアル）で出来ている。

「まぁ見てろって。キノコはダシにもなるし、食っても美味い。エリンギにシイタケ、マツタケにマイタケ、ヒラタケに似たヤツもある！　ご馳走だ！」

「おい、待て馬鹿！」

「半機甲化（ハーフ・アジャスト）！　ブレイド・コネクトォオ！」

　カルミナの制止を聞かずに、オメガは駆け出した。

※※※

　タンゴの名前らしきものを並べながら駆け出すオメガに、カルミナは呆れ果てたと言わんばかりに首を横に振る。

「全く……アーレンハイト様。行かせて良かったのですか？」

　タンゴの寄生は初期であれば一応治癒は可能だ。

　その為、特に焦った様子もなく言うカルミナに答えず、アーレンハイトはじっと変身したオメガを見ていた。

「アーレンハイト様？」

「オメガ様は、今、生きていない、と仰いました」

「はぁ……見た目はどう見ても人間ですが、確かに鎧を空中から出したり、身長が色々変わったり、謎な部分は多いですね」

「彼は人ではなく、それどころか生き物でもない……故に、精霊を感じることが出来ない」

「……アーレンハイト様？」

　カルミナは、アーレンハイトの言葉の意味が分からないようで、戸惑ったようにこちらを見ていた。

「にも関わらず、バタフラム様は認め、力を与えられたオメガ様は、精霊の力を理解して行使していました。……本当に、何者なのでしょう」

「奴は、異空の勇者です。我らと有り様が違っても、おかしな事ではないように思えますが……確かに、タンゴすら寄生出来ないと確信しているとなると……」

　カルミナも不思議に思ったようだが、答えはお互いに出なかった。

　アーレンハイト自身も、自分の感じるこの不安が何なのか、よく分かってはいない。

　だが、時折オメガから感じる無機質さを……何故か、寂しいと感じてしまうのだった。