後は牛だな、牛!

 

 ーーーオメガが、心のままにキノコを狩り始めた頃。


 魔王城で、再び虚無の気配が漂い始めていた。

 黒焦げのまま倒れている魔王の体をその虚無が覆い、体に染み込むように消えていく。


 すると、完全に死んでいたはずの魔王の体が揺らぐように縮んで、傷が癒えた。

 元のツノが生えたダークエルフ……シャルダークの姿に戻った彼は、むくりと起き上がる。


 そしてニィ、と笑みを浮かべて、膝をついたまま自分の手を眺めた。


「ククク……」


 そのまま目を上げて窓の外を見た彼は、自分の足元の影にズブズブと沈み込むと、そのまま姿を消す。


 魔物の気配すらない城は静けさを取り戻し。

 後には、何事もなかったかのように冷たい風が窓から吹き抜けて、砂埃を上げた。

 

※※※

 

「いやー、いい収穫だった!」


 思う存分タンゴを採取したオメガは、ほくほく顔で収穫を終えた。

 そして、イクス・ブレイドの姿になると、剣の炎でタンゴの繁殖域ごと全てを焼き払っておく。


 無事に通り抜けた後、一行はさらに行軍して海辺に差し掛かった。


「ここを抜ければ、王国は山の向こうです」


 アーレンハイトにそう伝えられた時、間の悪い事に、暗雲が立ち込めて雨が降り始めた。


 あっという間に土砂降りになったので、オメガは亜空間から巨大な木の天蓋……採取したバイオリアを日光を当てずに育てて甜茶(テンチャ)にする為に作ったもの……を取り出して、エルフ軍ごと雨宿りする。


「スゲー雨だなぁ」

「おかしいですね……水の精霊がはしゃいでいるような兆候はなかったのですが」

「そうなのか?」

「はい。妙ですね……」


 アーレンハイトが何か気になっているらしいが、考えても分からないことを考えても仕方がない。


「とりあえず、休憩だ! 服を乾かさないと風邪引くからな!」

「貴様がか?」

「お前らがだよ。俺サマが病気になるわけねーだろ!」


 カルミナに言い返すと、オメガは乾燥機を取り出した。


 ゴォー、と熱めの風が吹く中で、エルフたちはそれぞれに、火の魔術を使える者が手分けして服と鎧を乾かしながら暖を取る。


「そういや、ばかすか火を起こすヤツ使ってるけど、精霊とやらは大丈夫なのか?」


 オメガは退屈しのぎに、アクビをしながら疑問を口にした。

 その疑問に、鎧を脱いで薄手になったカルミナが淡々と答える。


「火の精霊は偏在しない。太陽に属する自由な精霊だからな。陽光があれば、自然と一日程度で元に戻るんだ」


 だから使い勝手は良く、炎の魔術は少し適性があれば使えるので、初心者に教える際にもまずは炎の魔術で扱い方を指導するらしい。


「精霊も種類によって色々だな。……んー、バイオリアも種類分けして栽培しようかな。ブレンドするなら渋茶も必要だしなぁ」

「ちょっと待て、種類分けだと? 貴様、どれだけの数のバイオリアを珍妙空間に収納しているのだ!?」


 問われて、オメガは指折りする仕草をしながら、亜空間を精査する。


「多分今、200株くらいかな。株分けですぐに増えるんだよ、あいつら」

「にひゃ……!? 貴様なぁ! あれだけ危険なモノを、それもドラグォラ様の力を吸い上げるようなモノを、何故増やすんだ!?」


 掴みかかってきた彼女の腕を避けながら、オメガははっはっはと笑う。


「安心しろよ。どれもサイズは人間くらいのもんだ。闇の精霊力とやらがなきゃ、生命力は強ぇけどあそこまでデカくなんねーし、強さの方も、せいぜいファイヤーヒュドラくらいだよ」

「オメガ様。ファイヤーヒュドラは、エルフ軍でも始末に苦労する位の強さなのですが」


 アーレンハイトがオメガの淹れた試作品のバイオリア茶をすすり、あら美味しい、とつぶやく。


「良いですね。フルーティでほのかに甘みとすっぱさがあります」

「天然のグレープフルーツティーだよなー。こういう便利な植物が、俺サマの世界にもありゃ良かったのになぁー!」


 オメガは亜空間内で、他にも数種類、コカトリスやスレイプニル、オッコトヌシ、バフォメットなどを家畜として育てている。

 

 どれも道中に捕獲したもので、先ほどの魔タンゴ達もそこに加わる予定だった。

 元の世界でも、動物たちを飼育していたので、増えていくのがとても楽しいのである。


 もちろん、一部は今度食材になるのだが、それはそれだ。


「後は牛だな、牛! ベヒーモスくらいのデッケェの育てたいな!」

「オメガ様が捕獲しているのは、どれもこれも、1対1なら勇者でも苦戦するレベルの怪物たちなんですけれど……」


 なぜかアーレンハイトは困った顔をしており、カルミナはもはや怒りすぎて脱力しているようだった。


「お前も飲むか? カリカリしてるのは多分、ビタミン足りてねーんだぞ」

「うるさい!! 貴様が怒らせているのだろうが!!」

「しかし、牛ですか……」

「なんか心当たりとかあるのか?」


 オメガの問いかけに、アーレンハイトはうなずいた。


「ベヒーモスの眷属ですが、体格が半分程度のリトルベヒモスと呼ばれる怪物も存在します。カルミナに『お願いですからオメガに教えないで下さい』と言われたので、通り過ぎるまで黙っていたのですが……」

「なんだと!?」


 オメガは、その言葉に衝撃を受けた。

 

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