遺伝子復元で、珍しいのが手に入るかもしんねーな。


「全然食えるヤツがいねーじゃねーか!!」


 迷宮の真ん中にあった大穴から中に入ってオメガが吼えるのに、アーレンハイトも少し残念に思いながら言い返した。


「封印された古代の迷宮ですからね……さもありなんと言いますか……」


 強固な、継ぎ目のない壁を持つ迷宮は、埃が多少積もっているくらいで綺麗なものだった。


 ところどころ崩れたような跡は見えるが、それは多分、昔の戦闘によるものだろう。

 他には、光の精霊によって光球を出現させて照らした天井が、かつて中に入った者たちの松明のせいか煤けているくらいだ。


 そして中にいる魔物は、魔王の操っていたゴーレムか、人の手によるオートマタのようなモノか、死霊くらいしかいない。


 要は、食物を必要としない魔物たちである。


「全然面白くねぇ!」

「寄ろうと言ったのは貴様だろうが!」

「だって牛がいるって言うから!」

「生きているモノもかつてはいたようですが……まぁ、食べ物がなければそうなりますよね……」


 生きている魔物がいた痕跡はある。

 しかし、骨が散乱している程度のものだ。


「クソー……これだと、牛も死んでるか、人形みてーなヤツなんじゃねーのか?」

「そうかもしれませんね。戻りますか?」


 迷宮の最奥に興味はあるものの、オメガの目的が果たされないのなら、無理に行く必要もない。


「せっかくここまで来たし、ワンチャンあるかもしれねーから行くけどさ……」


 ぶつぶつ言いながらハンマーを肩に担ぎ上げたオメガは、ふと足元の骨に目を向ける。


「……遺伝子復元で、珍しいのが手に入るかもしんねーな……拾うか……」

「何だそれは」

「あー、昔死んだヤツを複製する技術だよ」


 彼は多分、こちらに伝わりそうな表現をしてくれたのだろう。

 カルミナは少し考えてから、眉根を寄せて問いかけた。


「生き返らせる……死霊術みたいなものか」

「何だそれ」

「ゾンビを作り出したり、死霊を操る呪術の類いだ。精霊魔術とは少し違う、魔族特有の魔法だな」

「そーゆーんじゃねーよ。ちゃんとした生き物を作るんだ」

「ならば蘇生魔法ではないか……! 神の奇跡だぞ!?」

「んー、それもちょっと違うんだけどな……だから勇者とかも生き返らせられねーし……」


 微妙に伝わり切っていないことで、お互いに首を捻っているので、アーレンハイトは口を挟んだ。


「まぁ、カルミナ。オメガ様ですから」

「アーレンハイト様。全部それで済まそうとしてませんか!?」


 カルミナのツッコミに、アーレンハイトは目を逸らす。


「そ、そのようなことはございません」


 実は図星だったが、ジト目のカルミナはそれ以上は突っ込んで来なかった。

 オメガはその間にせっせと転がっている骨を選別していたが、何かに気づいて微妙な顔をする。


「っていうか、ん? なんか人の骨が混じってんぞ」

「以前、ここに挑んだ冒険者のものでしょう」


 ミノスの迷宮の最奥には、秘宝が眠っていると言われている。

 それを求めて中に入り、戻らなかった者は多い。


「そっか。……あ、次はこっちだぞ。そっちは元来た道に戻っちまうからな」


 骨の選別を終えて歩き出し、別れ道に差し掛かるとオメガは迷いなく片方を指さした。


「……なぜ分かるんだ?」

「近距離なら上下までサーチ出来るし、マッピングもしてるからだ!」

「また訳の分からないことを……」

「魔力による把握が出来ないようになっているので、異空の力はありがたいですね」


 入ってから気づいたことではあるものの、ここは魔法がほとんど使えないようなのだ。

 オメガは特に何も影響を受けていないようなので、あまり気にはならない。


 カルミナは、そんなアーレンハイトを見つめてから、小さく息を吐いた。

 

「アーレンハイト様は、本当にもう慣れたご様子ですね……」

「光の精霊を理解するのは、あるがままを受け入れるところから始まるものですから」


 世界の在り方そのものに最も近い光の精霊は、無理に言うことを聞かせるような存在ではないのだ。

 その言葉に、カルミナはハッとしたようだった。


「光の精霊がそうであるのなら、闇の精霊も……?」

「もしかしたら、そうなのかもしれませんね」


 アーレンハイト自身は、闇の精霊との交感をしたことがないので、確実ではない。

 しかし光の精霊と対を成す精霊なのだから、似た性質を持っていることはあり得るとは思った。


「なるほど……受け入れることで、ドラグォラ様より授かったこの力を、より深く理解出来る……」

神下ろしクムイ・オンの力は、本来、巫女の身を傷つけるものではありませんからね。偉そうなことを言うわたくしも、その力を真に理解したのは先日のことですが」


 巫女自身の肉体すらも光に変えて、選ばれし者に融和する力とは思っていなかった。

 この力を、勇者アヒムが魔王に挑む時に発現できていれば、結果は違ったのかもしれないと思うと、胸が痛む。


 人族の王都に凱旋した後、彼が戻るのを待っている人族の姫エーデルに、アヒムの死を伝えるのは、心が重かった。


「それに、もしかしたらわたくしも未だ、理解は出来ていないのかもしれません」

「アーレンハイト様でも……?」

「バタフラム様の仰られた根源力というものが何なのか……わたくしはずっと考えております。それを悟らなければ、オメガ様の力も本当の意味では理解は出来ないのでしょう」


 そこで、前を歩いていたオメガがピタリと足を止めた。


「お、この扉の奥が最奥だな! ……道中を考えたら、牛の肉は期待出来ねーけど」


 言われて前に目を向けると、少し広く、部屋のようになった場所に着いている。


 その奥に、魔王城にも匹敵するような、牛の顔が刻まれた巨大な扉が、見えた。

 

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