どこだ、ここは?


 扉を抜けると、そこは高々度の上空だった。


「うぉ!?」


 はるか眼下に見える大森林と、その中央にそびえ立つ禍々まがまがしい意匠の城。

 その中から、オメガを呼んだ何者かの声と同じ波長が広がっており……ふっと一度途絶えた後に、再出現する。


「何だ……?」


 少し形の変わった波長が移動した先は、城の外、森の中。

 オメガは、そちらに向かおうとした……が。


「人間体のままだと、壊れるなコレ!」


 そう判断し、グッ、と右拳を握って頭上に掲げると……『霊子』を収束して、全身に纏う鎧を形作る。



完全機甲化フル・アジャスト!」



 ーーーキィン、と赤い光に包まれたオメガは、流星の様に、地上に落下して行った。


※※※


 その頃、闇に染まる魔王城の中で。

 血まみれで膝をついた勇者は、天に尾を引く赤い光をはっきりと目にしていた。


 ーーー術式は、成功したのだ。


「ははははは! 勇者よ、悪あがきはそれで終わりか!?」


 邪神を取り込み、力を格段に増した魔王が哄笑こうしょうする。


「何かと思えば、ただの召喚の術式ではないか!」

「ただの召喚ではない……」


 勇者の仲間たちは、皆、後ろで死んでいた。

 そして自分も、魔王に瀕死の重傷を与えられ、術式の行使によって命の灯火が消えかけている。


「貴様を殺す力を持つ者を……呼んだのだ……!」

「無駄なことよ! 邪神の力を得た我に、最早恐るものなどないのだからな!」


 余裕を見せつけていた魔王が、ゆっくりと腕を上げる。


「そろそろ、死ね!」


 ーーーエーデル。


 勇者は、遺して逝く、婚約者である祖国の姫の名を、心の中で呼んだ。


 ーーー願わくば、共に一生を過ごしたかったが。


 エーデルへの伝言は、森の中で決着を待っていたエルフ族の巫女、光のアーレンハイトに頼んである。

 そして彼女が、最後の最後、術式の行使に力を貸してくれたから、まだ希望は、絶えていない。

 

 ーーー後を頼む、異空の勇者よ。


 そんな願いと共に、勇者の意識は途切れ……アーレンハイトは、繋がっていた意識が肉体に戻って目を見開いた。


 同時に、怖気立つような魔王の哄笑が、遥かに見える魔王城より空気を震わせて耳に届く。


「アーレンハイト様……」


 横に控えていたエルフ軍の将であるダークエルフの女性、カルミナが、声を掛けてきた。

 結果を悟っているのだろう、その声には悲痛さが滲んでいた。


 しかし、言うべきことは言わなければならない。


「勇者様は……敗れました……」


 アーレンハイトは、つぅ、と一筋、涙を流す。

 するとカルミナが、一歩近付いて来て、こちらの耳元でささやいた。


「では一度、この場を離れましょう。……感傷に浸っている余裕は、おそらくありません」


 アーレンハイトは、そんなカルミナの言葉に首を横に振る。


「まだ、です」

「え?」

「勇者様に託された使命は、終わっていません」


 涙をぬぐい、毅然きぜんと空を見上げたアーレンハイトの視線の先に、赤い流星が映る。

 それは見る見るうちに大きくなり、彼女の目の前に轟音を立てて墜落した。


「アーレンハイト様!」


 カルミナが即座に前に出て結界を張ると、墜落によって生じた暴風がこちらの体に届くのをさえぎった。


「一体、何だ!?」


 カルミナの声には答えず、アーレンハイトはジッと落下したそれを見つめる。


 降り立ったのは、勇者の遺した最後の希望。

 だが、本当にそうなのかどうかを、彼女は見極めなければならなかった。


 ーーーわたくしは、勇者様に、後を任されたのですから。


 そう思ううちに、砂煙が揺れて、何かが立ち上がった様に見えた。


 見えたシルエットは、偉丈夫いじょうふのそれ。

 目測だけで、身の丈がアーレンハイトの二倍近くありそうだった。


「オーガ、か……!?」


 カルミナの言葉と共に、砂煙が薄れていく。


 それは確かにオーガに似ていたが、どことなく異質な雰囲気を持つ存在だった。

 

 赤い金属の全身鎧に、顔を覆う鬼の形相を象った仮面から生えた、二本の角。

 その頭頂部から金色の髪が房となって、長く腰に向かって伸びている。


 赤いオーガは顔を上げると、よく分からない言語をつぶやいた。


『うん? 助けを求める声の波長の持ち主は……お前か? 一体、ここはどこだ?』


 低い声で呟かれた言葉の意味は不明だが、それは真っ直ぐにこちらを見て、何か語りかけてくる。


「何者だ!」


 その視線を遮る様に、カルミナが剣を抜いて前に足を踏み出した。

 鋭い問いかけに、赤いオーガは首を傾げる。


『うぉ、妙な波形の言語だな。それに、人間にしては耳が長ぇし……衛星座標も機能してないから、ここがどこなのか、本気で分からねーな!』


 周囲を見回した彼は、再び意味不明の言葉をつぶやき、エルフ軍の兵士たちがざわめいた。

 

『お、それだけ喋ってくれたら波形の解読も楽だ。―――これで伝わるか?」


 いきなり、オーガが流暢なエルフ語を口にしたので、アーレンハイトは目を見開いた。

 同様の驚きを感じたのか、兵たちもさらに浮き足立つ。


 カルミナが、精霊に呼び掛けて攻撃術式を展開しながら怒鳴った。


「言葉を解すのなら、質問に答えろ! 何者だと、聞いているのだ!」

「何者? ふふん、俺サマに対してそう呼び掛けるか! ならば答えよう!」


 赤いオーガは、腰に差していた筒を引き抜くと天に掲げた。

 その筒の先端から黒い芯が長く伸びたかと思うと、赤い光の刃を持つ大剣が一瞬にして現れる。


「俺サマは最強のヒューマニクス、モデルΩオメガ!  人を救う使命を、持つ者だ!」

「人を……?」


 アーレンハイトのつぶやきは、赤いオーガには届かなかったようだった。


 掲げた剣を袈裟斬りに振り落とし、何か呪術的に特殊な意味でもあるのか、素晴らしく洗練された中にも荒々しさを感じる姿勢を取り、彼は続けた。


「また人は、俺サマをこう呼ぶ! 《救済機甲》ゼロ・イクス、と!」


 そして、沈黙が降りた。


「で、結局何なんだ、お前は?」


 どこか苛立ったように言うカルミナに、ゼロ・イクスは、がくっ、と肩を落とした。


「いや、機甲知性ヒューマニクスだって言ってんじゃん。まさか通じねーのか?」


 そうして首を傾げるゼロ・イクスに向かって……アーレンハイトは、カルミナの横をすり抜けて駆け出した。


「アーレンハイト様!?」


 悲鳴のように呼び掛ける彼女には答えず、アーレンハイトはゼロ・イクスと名乗った赤いオーガの前に膝をついた。


「異空の勇者よ! どうか、どうかこの世界をお救い下さい!」

「おう! いいぞ!」

「私はアーレンハイト、エルフ族の光の巫女です。今この世界は……って、今、なんと?」

「だから、いいぞ。人を救うのが俺サマの使命だからな」


 思いもよらないほどの、即答だった。


「結局、ここがどこかはよく分からねーけどな!」


 そうして快活に笑い声を立てる彼に、逆にアーレンハイトは唖然としてしまった。

 すると不意にゼロ・イクスは光に包まれ、そのシルエットが萎む。


 並外れた巨人から、アーレンハイトより頭半分背が低いくらいの少年へと。

 彼は、見慣れぬ簡素な半袖シャツと短い丈のズボンを履いていた。


 容姿は、褐色の肌に黒髪。

 そして目には好奇心に輝くような明るい光を宿し、やんちゃそうな顔には満面の笑顔を浮かべている。


 変化した彼に、アーレンハイトは思わず口にする。


「姿が……変わった……?」

「そりゃ変わるだろ。ずっとあの姿だと霊子エネルギーの消費激しいし。ちなみに、人間態の名前はオメガだ。よろしくな!」 


 勇者の願いを継ぎ、異空より顕れた新たな勇者は。

 なんだか色々、アーレンハイトの理解を越えた存在の様だった。

 

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