ちょっと行ってくるわ!
ーーー魔の森にある、エルフ軍野営地。
沈んだ雰囲気で皆が夕食を取る中で、オメガはアーレンハイトに状況の説明を受けていた。
「魔王ねぇ……」
そんな存在が、創作物の中以外で存在しているとは思っていなかった。
しかしアーレンハイトは、深刻そうな表情をしている。
「その魔王とかいうのは、人間じゃねーの?」
「はい。魔王シャルダークは、闇より生まれる存在、魔族を率いる者です」
干し肉を噛み千切りながらオメガが問いかけると、彼女は同じものを食みながら答えた。
答える声には力がなかった。
食欲がなさそうで、オメガにはそちらのほうが気になる。
保存性だけを考えた肉は塩辛く、確かに美味くはない。
だがアーレンハイトの食欲のなさは、魔王とやらの存在に由来することの方が大きそうだ。
そう判断したオメガは、残った肉を口に放り込んで立ち上がった。
「肉、ごちそーさん。ちょっと行ってくるわ!」
「は?」
軽く手を上げてオメガが言うと、アーレンハイトが戸惑ったように鮮やかな緑の瞳をこちらに向けた。
作り物にも思えるほど整った美貌は、オメガのよく知る女性型のヒューマニクスにも似ていた。
波打つ金髪をポニーテールにまとめた彼女は、絵本に描かれる妖精の姫のように佇まいから
そんな彼女に、オメガは当たり前のことを答える。
「そのシャルダークとかいうの、さっき見えた城にいるんだろ? 人間とはちょっと違う霊子反応があるし……ちょっと倒してくるわ」
今の話を聞くに、こっちに呼んだ声が言っていた『救い』は魔王を倒すことなのだろう。
そう判断したのだが。
「お、お待ち下さい! 一人でなんて、無茶です!」
「心配すんなって」
感じた霊子反応は大きなものではなかった。
正直に言えば、オメガがフルパワーで戦う必要すらなさそうな感じだったのである。
すると、そこまで黙って聞いていたカルミナも、不意に立ち上がって怒鳴った。
こちらも気の強そうな美貌の女性で、鎧に包まれている肢体は芸術品のような細身のアーレンハイトと違い、肉感的でメリハリが利いている。
「貴様、さっきから聞いていればどれだけ不遜なのだ! そもそもアーレンハイト様に向かってその口の利き方は何だ!」
「カルミナ!」
どうも彼女は、最初からオメガのことを快く思っていなかったようだ。
鋭い目に戦意が
「異空の勇者か何か知らないが、女神の加護を受けた勇者様ですら破れた魔王だぞ! 貴様のような奴に倒せる訳が……!」
と、そこまでカルミナが言ったところでーーー野営の向こうの方から、悲鳴が上がった。
「て、敵襲!」
「ほ、北東からベヒーモスが!」
「ベヒーモス? って、なんだ?」
聞こえたその名前に、オメガが首をかしげると、アーレンハイトが息を呑む。
「魔獣です……! 中でも最上位の存在で、勇者パーティーですら下手をすればやられるほどの……!」
「くっ……敗走して軍の士気の下がっている今……まさか、魔王の追っ手か……?」
ダークエルフのカルミナも焦った顔をするのに、オメガはチラリとそちらに目を向ける。
「つまり、強いのか」
「話している暇はない! 総員、避難しろ! アーレンハイト様、失礼致します!」
「あ……」
声を上げたアーレンハイトは、抵抗する間もなくカルミナに肩を抱かれ、横にいた彼女の虎に似た騎獣に乗せられた。
その様子を黙って眺めていたオメガは、彼女が騎獣の頭を向けさせた方角にひょい、と跳んで立ち塞がる。
駆け出そうとしていた虎を慌てて制したカルミナが、ついに剣を抜いた。
「何のつもりだ!?」
馬の動きを阻害されたカルミナが噛みつくと、オメガは自分の背後に親指を向けた。
「落ち着けよ。ベヒーモスってのがこの割かしデカい霊子反応の事なら……お前が行こうとしてる先にも、同じようなのが居るぜ?」
「な、なんだと!?」
驚いたカルミナが疑いを差し挟む間もなく、空から巨大な風切り音が響き渡り。
逃げ惑っていたエルフたちが、空を見上げる。
オメガも見上げると、自分が感じた反応の主が、舞い降りてきた。
強固な鱗に鎧われ、大きな蝙蝠に似た翼と巨躯を持つトカゲのような生き物である。
ドラゴン、と呼ばれる存在の類いなのだろう。
呼吸の度に炎が散り、二本の角に紫電を走らせていた。
どこか威圧的なそのドラゴンに、カルミナとアーレンハイトが引きつった声を上げる。
「バ、バハムート……だと……!?」
「
「シャルダークめ……アーレンハイト様をも殺すつもりか……!?」
カルミナが、絶望に染まった声を出しながら歯軋りした時。
不意に、周囲に、ぐぅ~、と間抜けな音が響き渡った。
それは、オメガの腹の虫だった。
「おっと……やっぱ俺サマの腹には、飯、あれだけじゃ全然足んねーよなぁ……」
腹を擦りながら、思わずため息を吐く。
ヒューマニクスなので、飯を食わなくても活動できる時間は普通の生物よりもはるかに長いのだが、直接的な高密度霊子力の供給に比べて、食事による摂取は含有量が低いので、効率が悪いのだ。
「あの……オメガ様?」
「ん?」
そこで、アーレンハイトが不審そうに問いかけてくる。
「何故そのように、平然となさっておられるのですか?」
「何でって……逆に何で?」
オメガは、焦る周囲や、冷や汗を垂らしてバハムートから目をそらす事も出来ずに手で示すカルミナに、ああ、と手を打つ。
そして、ずん、と腹に響く足音を立てて、バハムートに少し遅れて姿を現したベヒーモス……デカい牛のような生物……にも目を向けてから、言葉を重ねた。
「なるほど。つまりこのデカいトカゲと牛は、お前らじゃなんとか出来ねーような連中って事か?」
「トカゲと、牛……?」
「まぁ丁度良いや。ーーー殺して食おうぜ!」
「え? ……えぇ!?」
見た目食えそうな感じがしたのでオメガがそう提案すると、アーレンハイトが目を白黒させる。
これだけの量の肉なら、多分エルフ連中の腹も膨れさせるのに十分だろう。
「やっぱ美味い飯は、活力の源だからな!」
よだれが垂れそうな口元に手を当てたオメガは、ぐ、と頭上に右手を掲げた。
「ーーー
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