「俺サマは、引けねぇ……!」
アーレンハイトの言葉に、カルミナは顔をこわばらせた。
「なんという……だからオメガが、あれほどの怒りを……」
「そうです……」
彼は、人を救うことを志す存在なのだ。
それがオメガにとってどれほど大切なことなのかは、カルミナの時にあっさり命を差し出そうとしたことでも分かる。
彼にしてみれば、救われない魂が……それもおそらくは何者かの意思によって……作り出されている状況が、看過できるわけがないのだ。
「亡者の魂を解放すれば、ミノタウロスは動かなくなるはずです。……どうにか、防御を突破出来れば」
だが、それが分かっても、活路は見えない。
カルミナも、それには思い至っているようだった。
「ええ……ですが、オメガの物理攻撃が防魔結界によって通じず、闇以外の全てが無効化されるとなると……」
その闇の力も、亡者の魂を閉じ込めるためにミノタウロスが体表に纏っている光の力によって防がれ、吸収されてしまう。
ーーーオメガに、闇の力があれば。
「オメガが全力の一撃を放てば、あるいは」
「我々がここにいる以上、オメガ様にその手は取れない……と、思います」
死んだ者の魂を救うことと、生きているが人族ではないアーレンハイトたち殺す可能性を、彼は
だからこそ、今、狂ったように攻撃を仕掛けながらも、オメガは必殺の一撃を放とうとはしていないのだ。
「何か、何か手段は……」
アーレンハイトは、爪の先を唇で噛む。
悪い癖なのだが、考えをまとめる時にはどうしてもやってしまう。
しかし今は、そんな事を気にしている場合ではなかった。
ーーー完全な存在など、ありえないはずです。
あれほど強大な力を持つオメガですらも、死霊を倒す手段を持たなかったように。
カルミナを救うのに、バタフラム様の助力がなければ、自らの身を差し出すか、殺すしか手段がなかったように。
と、そこまで考えたところで。
「……オメガ様が、カルミナを救った時のように……?」
「何の話です!?」
アーレンハイトは、彼女の顔をジッと見つめる。
「な、なんです?」
「闇の力……」
光の力は、闇と相殺するのだ。
バタフラム様がドラグォラ様を鎮めたように、強大な光の力が、闇を治めるのなら。
逆もまた、真のはずだ。
光の力さえ吹き飛ばせば、中に集められた亡者の魂を解放出来るかもしれない。
「カルミナ。……手が、思いつきました」
上手くいくかは分からない。
でも、彼女の力があれば。
アーレンハイトは、ミノタウロスに対して猛攻を続けるオメガに一度視線を向けてから、カルミナに向き直り、その手を掴んだ。
「貴女が鍵になります。……巫女の力を、使うのです!」
「巫女、の?」
彼女は戸惑ったような顔をした。
「ですが、私はまだ、ドラグォラ様の力を操ることは……」
「出来ます。生きていた魔王によって精神を支配されたことで、その力をどうやって扱うのかを、貴女は感覚で理解したはずです」
しかしカルミナの不安そうな表情は消えなかった。
先日暴走したことが、記憶に新しいのだろう。
恐れを浮かべるカルミナの瞳を、アーレンハイトはジッと見つめる。
「わたくしが手助けをします。……精霊と心を通わせることについては、光の巫女として長く過ごした経験がありますから。共に、オメガ様を助け、亡者の魂を救い出すのです!」
「……未熟な私に、出来ますか。それが」
「必ず。貴女は、ドラグォラ様に選ばれたのですから」
呼びかけに、かの闇の精霊が応じてくださるかは分からない。
しかし、彼女が、オメガがアーレンハイトと融合した時のように【霊装】を発現出来れば。
やがて、深く息を吸い込んだカルミナは、目を閉じてうなずいた。
「ーーーやって、みましょう」
※※※
ーーーそれはオメガにとって、許し難いなどという程度の、生ぬるい行為ではなかった。
「ガァアアアアッッッ!!」
両手に握った赤い光刃の剣で、どれほど斬りつけても、その防御は突破出来ない。
しかし損傷はなくとも、こちらのラッシュで相手は吹き飛び、一切の反撃は出来なかった。
やがて、上から叩きつけた一撃によって、ウォーハンマーを撃ち落としたところで、ふと、頭の中に声が響く。
ーーー手を止めよ、異空の勇者よ……。
「!」
それは、勇者アヒムの声だったが、言葉の意味が同時に流れ込んで来て、オメガは手を止めた。
するとミノタウロスが反転するように体を捻り、鞭のような尾を叩きつけてくる。
ダメージは微塵もない。
それを逆に掴み取ったオメガは、力任せに床に自分の三倍はあるミノタウロスを叩きつけ、胸元を踏みつけた。
「……ふざけやがって……!!」
アヒムが警告してきたのは、『ミノタウロスが動くたびに魂を喰らっている』という話だった。
反撃どころか、相手が攻撃してくるたびに人の魂が失われて行く、と。
ーーーなら、俺サマは、どうすれば……!
救済のために、戦うことすらも出来ない相手。
どうやって救えばいい。
どれだけ力があっても、手段がなければーーー救えないのだ。
怒りで、体が弾け飛びそうだった。
目の前の、人を苦しめる機械への。
そして、その相手に対して無力な自分への怒りが……頭を蝕む。
ーーー人の肉体のみならず、魂すら救えないなら、俺サマは……!
強く剣の柄を握りしめたオメガに、背後から声が掛かる。
「引いてください、オメガ様!」
ーーー引く?
「俺サマに逃げろと言うのか? 囚われた魂を打ち捨てて……!?」
その言葉に、オメガは首を横に振る。
「俺サマは、引けねぇ……!」
人の魂を見捨てて、逃げるようなことは、出来ないのだ。
「ここで引いたら……
救うべき者を、救えないのなら。
オメガに、存在する価値などないのだ。
しかし、アーレンハイトはすぐさま、鋭く言葉を返してきた。
「違います! 救うために、です! ーーーどうか、こちらを見て下さい! 」
救う。
アーレンハイトの言葉に、パッと彼女に目を向けると。
目を伏せ、闇の力を纏ったカルミナの手を取っている、アーレンハイトがいた。
「オメガ様! 力を託します! 貴方に、人を救う力を!」
するとそこで、カッとカルミナが目を見開き、まっすぐにこちらを見た。
オメガは、その二人の視線に惹かれるように、ミノタウロスの体を蹴って彼女らに向けて跳ねる。
「受け取れ、オメガ! ーーー〝クムイ・オン・ドラグォラ〟!!」
ズォ、と闇の精霊力が空間に満ち、カルミナに向かって収束する。
そしてダークエルフの肉体がまるで闇そのもののような漆黒に染まると、球体と化して、空中にあるオメガの胸元目掛けて、飛んで来た。
それを受けると、地底のマグマの如き力が奥底から湧き上がって来る。
「オォ……!」
『成功した……! オメガ! 変われぇ!』
体の内側から響くカルミナの声と、全身に
「オォオオォオ!!
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