美味さは正義だ!


「カルミナ、何でそんな意地悪するんだ!? せっかくの美味い肉をぉぉおおお!!」

「当たり前だろうが! 魔物だぞ!?」


 ギャンギャンと言い合いをする二人を眺めながら。


 ……ちょっと食べてみたいな、と思っていた気持ちを、アーレンハイトは胸に秘めていた。

魔物が食べてみたい、と言うと『すっかりオメガに毒された』と、カルミナが悲しそうな顔をするからだ。


 彼女は魔物をおいしいと認めつつも、どうにも抵抗が消えないようで、きっとその方が普通なのだとは思う。


 もっとも、エルフ軍の面々はオメガの美味しい食事を楽しみにしているので、カルミナが頑固なだけという可能性も拭えなかったが……。


「今持っているモノも、全て殺してしまえ!!」

「そんな勿体無い真似が出来るか! どれも俺サマが可愛がって育ててる可愛い魔物どもだぞ!?」

「どうせ食うんだろうが!? 最後に殺すくせに偉そうに!」

「当たり前だ! だが食うために殺すのとただ殺すのは話が別だろ!」

「この悪食が! そもそも魔物は、食うために育てたり殺したりするものではない!」

「何でだよ!? 美味いだろうが!」

「オメガ様の持つ魔物を解放したら、それだけで魔王軍に匹敵する軍団が作れそうですねー」


 もはや達観している上に、オメガがそんなことをするとは、アーレンハイトは微塵も思っていない。


 たまに得体の知れないところはあるが、オメガは基本的に『人を救う』ために動いている。

 美味しい食事もそのためで、軍の者たちの笑顔を見る時、彼はとても嬉しそうに、幸せそうに笑うのだ。


「後、牛として可能性があるのは、ミノタウロスですかねぇ……」

「なんだ、そいつは!?」


 カルミナと口ゲンカしていたオメガが、つぶやきを聞きつけてバッとこちらを見る。


「この先にある、太古に作られたという迷宮に生息する魔物ですねー。最奥にいてあまりの迷宮の複雑さと魔物の多さに、奥にたどり着けた者はいないそうです」

「そんな物騒なものが! 俺サマの出番だな!?」

「貴様はミノタウロスを喰いたいだけだろうがァアアアア!! アーレンハイト様もぉ!!」


 ーーー平和ですねぇ。


 カルミナの絶叫を聞いて目を逸らしつつ、またもバイオリアティーに口をつける。


 そうして雨の降りしきる中、アーレンハイトは……ふと、目を向けた先の海に違和感を覚えた。


「あれ……?」


 荒れた海の中で、波の動きがおかしな所がある。

 アーレンハイトは首を傾げながら意識を集中して……その正体に、顔色を変えた。


「オメガ様! カルミナ!」

「何だ?」

「どうされました!?」


 二人が言い合いを中断してアーレンハイトに目を向けるので、海の方にあれ! あれ! と指差した。


「レ、レヴィアタンです!!!」

「何ですと!?」


 カルミナも海に目を向けると、ざばりと波をかき分けてそれ(・・)は姿を見せた。


 白い体に強靭な鱗。

 美しいとすら感じられる、海蛇に似た怪物が、こちらに迫ってくる。


「レヴィアタンってのは何だ?」


 オメガが首を傾げるのに、アーレンハイトは答えた。


「水の精霊王、ティアマトの眷属です! 世界の終末において、晩餐に供されるという強大な魔獣……普段は、海の奥深くにいる筈なのですが……!」

「ふーん。イルカみてーに嵐に感覚でも狂わされたのかな」


 耳の中をかきながら片眉を上げて笑みを浮かべる。

 そんなオメガに、鎧を身につけながら、カルミナが問いかけた。


「なんだ、イルカというのは。というか、嵐に感覚を狂わされるような間抜けな魔獣がいるか! なぜ、こちらに……!!」

「いや、理由なんか何でも良いよ。それより、そろそろ飯の時間だし……あれ、晩飯になる怪物ってことは」


 オメガはにしし、と笑いながら吠えた。


「つまり、美味いんだな!?」

「貴様はそれしか頭にないのかーーーッ!!!」


 みるみる内に迫り来るレヴィアタンの両脇に、さらに二体のレヴィアタンがザバリ、と海面に浮き上がって姿を魅せる。


「さ、三匹!?」

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「そ、それは良いのですけど! さすがに海の中では、オメガ様でも分が悪いのでは!?」

「イケるイケる。……半機甲化ハーフ・アジャスト! バスター・コネクト!」


 緑の鎧姿の青年に変わったオメガは、両手に持った筒を縦に噛み合わせた。


「イクス・バスター!! 行くぜぇ!?」


 キィン、と音を立てて、手にした筒が長大な破城槌に似たものへと変わる。

 先端に穴が開いており、そこに光が収束し始めた。


「バスターモード・キャノンバレル! ……出力解放アビリティオーダー!!」


 何やらその筒でレヴィアタンに狙いを定めたオメガは、キュィイイイイ……氷の魔術を行使した時に聞くような、空気の冷える音を響かせる。


 そして破城槌を構えたまま、微動だにせずに待ち。



充填完了フルチャージ……〝絶・凍・弾〟、FIREーーー!!」



 ドン、と大地を揺るがすような音を立てて、凄まじい圧を感じる緑の弾が尾を引きながら撃ち出され、レヴィアタンの迫る波間に着弾した。


「……外れたぞ」

「これで良いんだよ!」


 カルミナの呟きに答えたオメガの言葉と同時に。




 ーーーバキィン! と、一瞬にして、目の前に見える限りの海が、凍りついた。




「「……え?」」

「今撃ったのは、絶対零度の氷結弾だ。使うのに時間が掛かるし腹が減るけど、効果範囲は数十キロ……って言っても分かんねーな。えーと、魔王城と周りの魔の森を、崖の上から見下ろしたくらいの範囲を凍りつかせる」


 海と共に、レヴィアタンも完全に凍りついていた。


 途方も無い威力である。

 ドラグォラの闇の咆哮と同等近い威力があるのではないだろうか。


「……貴様、これを使っていれば、あの時にわざわざ時間を掛けて魔の森のヌシを殺す必要はなかったのではないか?」


 カルミナが半眼で問いかけると、元に戻ったオメガはあっさり肩を竦めた。


「解凍肉は鮮度が落ちるだろ。異空間に隔離収納すりゃ腐らねぇし」

「貴様は本当にそればかりだな! 美味いものがそんなに大事か!?」

「大事に決まってんだろ! 美味さは正義だ!」

「これ、大丈夫なんですか……?」


 アーレンハイトが息を吐くと、色が白い。


 冬のような冷え込みのせいで、降ってくる雨がひょうに変わっていた。

 エルフ軍の面々も冷えたのか、寒そうにしながら再度炎の魔術を行使している。


「時間が経てば自然に溶けるよ。元々氷結弾の効果時間はそんなに長くねぇ。必要だったから使っただけだ」

「理由を聞いても?」


 アーレンハイトが訊くと、オメガは海を指差した。


「決まってんだろ。今から氷の上を歩いてレヴィアタンを解体しに行くんだよ。マグロか蛇か、どんな食感と味なのか楽しみだな!」


 鼻歌でも歌い出しそうな様子でうきうきと、オメガはレヴィアタンの元へ向かった。


 ちなみにバイオリアの蜜を煮詰めてジンジャーとタンゴを加えた濃厚なフルーツソースで食したレヴィアタンは、淡白な白身魚に似た味わいだった。

 

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