我は、貴様の世界の魔王……根源力を溜め込み、邪神と成ったモノだ!

 

 オメガが向かってくる気配を察したのか。

 渦巻いていた暗雲が、不意にその姿を変えた。


 変異したシャルダークをより禍々しくしたような姿の、巨大な男性の上半身を模した姿に変化する。


 ーーーあれが、邪神。


 〝虚無の力〟の気配が増していくのに、アーレンハイトは緊張感を覚えた。


「おおおおお!」


 鬨の声を上げながら、勢いを緩めずにその顔へ向けて突っ込み、オメガが右手の白剣を振るう。

 が、剣閃は邪神の顔をすり抜けた。


 その手応えのない様子に、カルミナの戸惑ったような意識を感じる。


 ーーーどういうことだ?


 すると邪神の姿をした暗雲に、剣を振るう勢いのまま飛び込んだオメガに対して〝虚無の力〟が収束してくる。


 ーーーオメガ様!


 邪神の中に取り込まれる、とアーレンハイトが焦りを覚えたが、力は攻撃をするのではなく、オメガたちの周りに広々とした空間を形成し始めた。


 瞬く間に変化した暗雲は、黒曜石のような足場となり、周りは先を見通せない闇が広がる空間へと変化する。


 ーーーこれは。


「……亜空間に取り込まれたな」


 アーレンハイトのつぶやきに、ボソリとオメガが答えると。


「ようこそ、我がもてなしの場へ」


 声と共に空間の中央に、先ほどの男性の上半身と同じ姿をした、シャルダークに似た者が姿を見せた。

 その反対側にもう一人……彼の操り人形と化したアヒムの屍が、やはり薄く笑みを浮かべて従っている。


 余裕に満ちた笑みを浮かべる両者に対して、オメガは双剣を構えたまま、冷静な口調でつぶやいた。


「お前が邪神か」

「ほう、我が正体を知るか。クク、この世界の根源存在の入れ知恵か?」

「そんなことはどうでもいいだろ。お前が誰だろうと、最優先殲滅対象であることに変わりはない」


 アーレンハイトは、オメガが怒りを殺した口調とともに、戦闘状態に切り替わったことを感じながら、邪神を観察する。


 同時に、やはりそれが邪神であり、シャルダークではないことを、ハッキリと理解した。


 精霊を見る瞳に映るのは、以前見たダークエルフの魂が魔に侵食された姿ではなく、虚無そのものが人の形を成したような深淵にも似た存在だ。


「個体識別名を述べろ」

「我に名はない……が、あえて呼ぶならファーザーとでも呼んでもらおうか、装殻者そうかくしゃよ」

「……なんでその名を知っている?」

「そんなことは、どうでもいいんだろう?」


 オメガが訝しげな口調で問うと、彼に言われたことをそのまま言い返して、邪神が笑みを深める。


 ーーー装殻者、とは?


「向こうの世界で、俺サマを含む《救済機甲》を作る時にベースとなった存在群だ。機甲知性ヒューマニクスの基礎となっている流動形状記憶媒体ベイルドマテリアルを順応して身に纏い、強大な力を振るった人間たちを、かつて装殻者と呼んだ」


 律儀に説明してくれたオメガは、邪神ファーザーの発言が気になったようだった。


「貴様は、向こうの世界を知っているのか」

「そんなに気になるかね? 人を滅ぼした、愚かな機甲知性ヒューマニクスよ。我の存在に気付いていたならば、別の道もあっただろうにな」

「……何だと?」

「ククク、人の子が生まれると、勇者の存在が発現してしまうからなぁ。世界が滅びるのをゆるりと待っていたが……だが、我も最後の最後まで気づかなかった」

「貴様は、何を言っている!?」


 オメガが、初めて動揺したように声を上げた。

 そんな彼の様子を楽しむように、ファーザーは勿体ぶるようにアゴを撫でた後、答えを告げた。



「まさか、あちらの世界ではーーー人以外の勇者が生まれていようとはな」



 道理で人類以外は滅ばなかったわけだ、と、ファーザーは言い、オメガを指差す。


「異空の勇者よ。そなたは真実、勇者なのだよ。人の手によって作られた、根源力……そなたの言う霊子力を世界に引き込む存在だ。そして魔王は、霊子力を吸い込み、満ちすぎた霊子力が世界を壊さぬよう抑制する、対となる存在。どちらが欠けても、世界は滅ぶ」

「……」

「そしてお互いに長く在る勇者と魔王は、根源力の恩恵により、神と成るのだ。バタフラムと、ドラグォラと呼ばれるモノたちのようにな」


 ーーーバラフラム様と、ドラグォラ様が?


 アーレンハイトは驚いたが、オメガはそうではなかった。


「本人達から聞いた。つまり貴様は、ドラグォラ同様、魔王から進化して邪神になったってことか」

「その通りだ。が、我々は奴らよりも高位の存在である」

「我々……?」

「我とそなたのことだ、人ならざる勇者よ。勇者と魔王の両方の力を得た〝竜魔〟ーーーそれが我々なのだ」


 まるで酔いしれるようにそう告げたファーザーは、大きく両手を広げる。


「魔王から成り上がった我と、勇者より成り上がったそなた……どちらが真実、優れた〝大いなる世界意思デウス・エクス・マキナ〟の使徒たる存在であるかを、今ここで決めようではないか!」


 オメガは、そんな彼の呼びかけを、一言で切って捨てる。


「そんなことはどうでもいい」

「何だと?」

「貴様が、俺サマの世界の……マスターたちを苦しめた魔王だという言葉は、事実か?」

「左様。シャルダークによる我への呼びかけがあったから、その後に光の巫女とアヒムによって行使された術式は、あちらの世界に繋がったのだ」


 ファーザーの話は、アーレンハイトにとっても衝撃だった。


「改めて名乗ろう。我は、貴様の世界の魔王……根源力を溜め込み、邪神と成ったモノだ!」


 オメガが、一歩、足を踏み出す。


「貴様のせいで、マスターたちは……俺サマは、人を滅ぼさなきゃならなかったのか……! 全部、貴様の……!!」


 全身から殺意を放つオメガの意識は、怒りで真っ白に染まっていた。

 そんな彼に、ファーザーは自分の掌をこちらに向けて、凶的な笑みを浮かべる。


「ははは、心地よい憎悪だな! さぁ、貴様の心も虚無によって食い尽くしてやろう! ーーー擬態イミテイト!」


 ファーザーが謎の呪言を口にすると共に、シャルダークを模した体がどろりと溶け崩れて、虚無を宿したアヒムの肉体を覆う。

 

 そうして現れたのはーーー両手に双剣、二本の角を持つ鉄仮面姿の存在。

 黒地に赤の差し色をした全身鎧に、紫紺に白い差し色をした爬虫類のような翼。


 鎧われた紫色のオーガに似た、その姿は。


 ーーーあ、ああ……。

 ーーー馬鹿な……オメガだと……!?


 心を圧する程の虚無の塊は、アーレンハイトたちの力を受けた真装形態フルクロス形態のオメガと、色と翼以外は全くの相似となっていた。


「アビスズ・コネクト……くはは、ゼロ・イクスよ。永き因縁に決着をつけようぞ!」


 歪んだアヒムの声で言ったイクス・アビスは、言葉と同時に、オメガへと襲い掛かった。

 

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