なぜ、人類などを救う必要がある?
「
オメガは、怒りのままに地面を蹴り、イクス・アビスに挑みかかった。
人類は、滅びる必要などなかったのだ。
原因の分からなかった、人類に子どもが生まれない理由。
人類に絶望をもたらした存在に、そして、人類を手にかける元凶となった存在が、目の前にいる。
忌むべき仇敵に対して、オメガは全力の一撃を叩きつけた。
「ーーー〝降・竜・滅・殲〟!!」
空中から放った双剣の連撃を、イクス・アビスは同様に自身の双刃で受け、捌く。
「全力戦闘、自己承認ーーー《
自身の行動と知覚を極限まで加速する機能を行使して、さらに斬撃を繰り出すオメガに。
「《
イクス・アビスは同等の加速をして、さらに捌きながら反撃してくる。
そこから、オメガとイクス・アビスの衝突は熾烈を極めた。
お互いの技量、能力、威力から武器や肉体の強度に至るまで、全くの互角。
力任せに薙ぎ払うが如き断撃は拮抗し。
無数の刺突を繰り出せば刃の先端同士が火花を散らし。
剣舞のような斬り合いは、攻防一体の千日手の様相を見せる。
「貴様のせいで……貴様のせいでマスターは……俺サマの世界の、人々は……許さねぇ!!」
「ハハハ……気づかなかった己の無能を悔いるのだな!」
オメガが吐き出す呪詛に、イクス・アビスが嘲笑を返す。
「殺したのは、そなただろう? どれほどの知性を得ようと、己を持っていると信じようと! 与えられた命令を遂行することしか出来ん機械なのだ!!」
「何だと!?」
「人を救うために、殺すことを自ら選んだ? そなたのマスターとやらが、それを望んだ意思を汲んだだけのことだろう!?」
「……!」
その言葉に、オメガは動揺した。
確かに、彼らが死を口にしなければ、その救済手段について思いを馳せることはなかったかも知れない、と思ったからだ。
隙を突かれ、右の神剣を受けられた直後、返す刃で薙ぎ払った敵の剣先が肩先をかすめる。
「ハハハ! そなたには結局、何も見えていないのだよ! 人の姿以外は、何もな!!」
その言葉は、オメガの心を抉った。
ーーー俺サマが、コイツの存在に気づいていれば。
イクス・アビスの言う通り。
人類以外の存在が、何らかの干渉をして人の子を産み落とすことを邪魔していたのだと、気づいていれば。
心の中に生まれた後悔を、敵の言葉がさらに抉り抜く。
「この異空の地で滅ぶがいい、人を救えなかった、己の手で滅した最後にして最大の、失敗作の《救済機甲》よ! 貴様は『終わった』存在なのだ!」
徐々に、力が失せていき、敵の攻撃が、こちらの体を捉え始めた。
黒と白の外装に、次々に傷が刻まれていく。
救えなかった。
救ったつもりだった相手を、救えていなかった。
死による救済を、マスターたちに、与えた、つもりだった、のに。
その選択をすることに、なった、理由は。
オメガが、イクス・アビスの……ファーザーの存在に、気づかなかったからだ。
俺サマは、救えていなかったのか。
生きたまま救済する手段に気づかず、誤った選択をしたのか。
もしそうなら、俺サマに、存在価値など……。
ーーー違います!
そこに、凛としたアーレンハイトの声が割り込んだ。
ーーーオメガ様は、決して失敗作などではありません! 我々を救い……そして今、貴方を見つけたのですから!
「……アーレンハイト」
ーーー気づかなかった? 子どもが生まれぬことが何者かの仕業かも知れない、なんていう可能性を、オメガ様以外の誰も、考えはしなかったはずです!
カルミナも、その言葉にうなずくような気配を感じる。
ーーーオメガは、創造主たる異空の人類を救えなかったかも知れん。だが、この世界で、確かに人を救ったのだ! 彼は、異空の人々が遺してくれた、我らの『希望』だ!!
「カルミナ……」
ーーーまだ、何も終わってなどいません! オメガ様は、貴方を倒して、異空の人々の想いを繋ぎ、この世界の人々を
ーーー滅ぶのは貴様の方だ、邪神ファーザー! 貴様が弄する言葉など、我らが消してやる! 異空を滅ぼした邪悪は、オメガではなく、貴様だ!!
オメガに、少しだけ力が戻る。
マスターの言葉が、耳に蘇る。
『嫌な役目を負わせてしまったね、オメガ。ありがとう。でも、後悔はしないで。きっと君こそが、私たちの新たな『子』なんだ。……だって君には、心が、そして魂があるのだから』
ーーーマスター、俺サマは。
「麗しい信頼関係だなァ!」
だが、邪神ファーザーは未だに余裕の表情を崩さず、アーレンハイトたちに反論する。
「だが、それもそなたらエルフが人に似た姿を持つ、準救済対象であるからに過ぎん! もし人類に牙を剥けば、ゼロ・イクスはその瞬間にそなたらを敵と認識するだろう! そう仕組まれているのだからな!」
ーーーそんな事は……!
「ないと言い切れるか!? ドラグォラの力を利用しようとした、ダークエルフの科学者はどうなった!? そなたらがゼロ・イクスを讃えたのは、そなたらにとって都合のいい存在だったからに過ぎん!」
ーーー違う、我々は……!
「しょせんは、無駄なあがき! 人がいなければ力の使い道すら分からん欠陥品、群れなければ己の身を守ることも出来ぬ脆弱な亜人ども!! 相似の力を持てど、未だ肉に、しがらみに縛られる者どもに、我が負けるわけがないのだよ!」
「……!」
ついに、イクス・アビスの一撃が、オメガの胸元を
ーーーオメガ様!?
「……大丈夫だ」
ーーー損傷範囲・許容値危険域。自己修復機能作動。完全回復まで、7s/20rei。
「俺サマは、まだやれる」
過去ではなく、未来を。
マスターたちを救えなかったことではなく、今、生きている人々を救うことを。
彼もそれを望んでいたことを……二人の言葉で、思い出した。
なら、やるべき事は一つだ。
「俺サマは、《救済機甲》ゼロ・イクス……人は、この身が滅びても救う……!!」
立ち上がり、再び剣を構えるオメガに、だらりと両手を下げたイクス・アビスがゴキリと首を鳴らす。
「我とそなたは写し鏡……だが、違う事が二つある。一つは、そなたの扱う霊装が、我と違いあくまでも異空の者からの借り物に過ぎぬこと……」
ゆらり、と動いたイクス・アビスに対してオメガは反応できなかった。
修復に出力を割いていたために、両手の剣を弾き飛ばされる。
「もう一つは、我に脆弱な亜人どもと違って、疲労がないことだ」
オメガも、それは感じていた。
自分自身は動き続けることが出来ても、この身を鎧う霊装を制御している彼女たちは、少しずつ、戦闘の間に消耗している。
「貴様の力も、借り物だろうが! 勇者の力を得たと言うなら、それはアヒムの肉体から得たもんじゃねーのか!」
「ほう、気づいたか。だが、同時に分かってもいるのだろう?」
イクス・アビスがニヤリと満足げに笑う。
「死体に、疲労はない」
そう。
アーレンハイトたちと違い、アヒムの遺骸と、根源力に宿る意思そのもので作られた敵に、疲労はないのだ。
こちらの喉元に刃を突き付けて動きを止めたイクス・アビスは、悪意に満ちた声音で告げた。
「決着はついた。争うのをやめる気はないか? ゼロ・イクスよ」
「……何だと?」
「貴様も、そろそろ気づくといい。ーーーなぜ、人類などを救う必要がある?」
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