一夜干しの味も期待しとけよ!

 

 オメガが高らかに己の存在を名乗り上げた、その瞬間。


 彼の背の上に淡い光が生まれ、燐光を放ちながら人の形を成した。

 

「あれは……アヒム様……!?」


 光の精霊力によって形成された、実体のないその男性は、アーレンハイトのよく知る存在だった。



 ーーー死んだはずの、光の勇者。


 魔王に対抗するために、アーレンハイトが【霊装】の祝福を与えた相手だった。


 オメガには見えないらしい彼は、薄く目を開いてアーレンハイトに微笑みかける。

 そして、声ならぬ声で言った。


『我が魂は、異空の勇者と共に在れり……』


 そして勇者は溶けるようにオメガの中に消え、オメガの中に微かな光の精霊力が宿った。

 すると、アーレンハイトの脳裏にバタフラムの声が響く。


『私の勇者が、彼を〝自らを継ぐもの〟と認めました。異空の勇者に、私の真なる祝福を与えましょう。……さぁ、アーレンハイト』


 そっと、誰かが微笑みながらアーレンハイトの背中押すような気配を感じる。


『勇者すら遂に使いこなし得なかった、我が神威を―――【霊装】を、異空の勇者に与え、怨念を払うのです』


 立て続けに起こった出来事に呆然としていたアーレンハイトは、バタフラムの言葉に正気に返った。


「はい、バタフラム様!」


 アーレンハイトは、祈りを込めて両手を合わせる。

 そして、バタフラムを介して送られる光の精霊力を行使した。


「オメガ様、お受け取り下さい……今なら貴方に、カルミナを生きたまま救う力を与える事が出来ます!」

「何だと?」

「我が心は女神と共に。我が魂は人々と共に。我が肉体は勇者と共に……」


 アーレンハイトは深く息を吸い込み、自らに宿る光の精霊力を己の体に巡らせた。


「……〝クムイ・オン・バタフラム〟!」


 光の巫女としての真なる力を、解放する。


 人類の救済が、オメガの使命ならば。

 アーレンハイトの使命は、選ばれ、また神威に見合う力を持つ勇者に、女神の力を与える事だった。


 それは、先だってのドラグォラに呼応したバタフラムが貸し与えたのとは、別の力。

 人に宿る光の精霊力を、バタフラムと同等の輝きへと昇華する能力だ。


 オメガと精神が共鳴する。

 そして、勇者アヒムの時とは違う現象が起こった。


 アーレンハイト自身の体が、光と化して……一直線に、オメガの元へと引き寄せられた。


※※※


「おお、これは……!?」


 衝突した瞬間、シュォン! とアーレンハイトの体が自分に吸い込まれる。


 前に巨大化した時に感じた光の精霊力と同質の、しかしそれよりも濃縮した霊子力が宿り、膨れ始めた。

 自らの中で成長するその力に、オメガは即座に順応した。


『オメガ様……力を解放して下さい!』


 内側から響くアーレンハイトの声に、オメガはカルミナの剣を弾きながら、うなずいた。

 目を向けると、カルミナの体を黒い何かが包んでいるのがハッキリと捉えられる。


 ーーーあれを斬れば。


「……俺サマにも見えるぜ。これなら、やれる!」


 オメガは、カルミナを一度思い切り押し退けると、右手の剣を天に掲げた。


完全機甲化フル・アジャスト! シャイニング・コネクト!」


 光の精霊力が満ち溢れ、輝きとなって放たれる。


 カルミナが。怯んだように体を強張らせた。


 オメガの全身が白に染まり、外殻に青い差し色が入る。

 両手の剣が天使の翼のような意匠の、神威を秘めた刀と化し、頭上には光の輪が浮かんだ。


 そして背中に、蛾の翅のような形をした燐光が弾ける。


「ゼロ・イクス・聖霊装形態セイントクロス! ハッハァ、カルミナ! お前に、俺サマが救済を与えてやるぜぇ!」


 右手で輝く刀を、カルミナに突き付けるオメガに、再び瞳から光の消えたカルミナが呻く。


「殺す……貴様を……」

『ゼロ・イクス。光の刃で、闇の巫女に宿る虚無のみを断つのです』

「バタフラムか? おう! 任しとけ!」


 オメガが光の精霊力を注ぎ込むと、刀がさらに長く鋭く変化し、実体を薄れさせて精霊力の光刃となった。


「カルミナは返してもらうぜ、虚無とやら!」


 そのまま腕を、両翼の如く、大きく左右に広げて。


出力解放アビリティオーダーーーー〝聖・光・斬〟!」


 オメガは、一瞬でカルミナとの間にある距離を詰め。

 一切の抵抗を許さないまま、カルミナの体を十字に斬り裂く。


 だが刃は、彼女の肉体に全く傷を与えていなかった。


「執行!」


 その代わりに、全ての威力を叩きつけられた虚無のゆらめきが、光の精霊力によって消滅していくのを確認しながら。


 ゆっくりと残心を解いたオメガは、直後に倒れ込んだカルミナを、腕に抱いて支える。


「救済、完了だ」

『カルミナ……良かった』


 オメガの中からそれを見ていたらしいアーレンハイトが、安堵の息を漏らす。

 そこで、バタフラムの声が響いた。


『ゼロ・イクス……根源力を自在に扱う彼は、おそらくは真にこの世界を救うもの、です』


 ーーー根源力?


 何だそれは、とオメガが口を開くより前に、アーレンハイトが問う。


『バタフラム様。それはどういう意味なのでしょう? 魔王を倒し、世界の脅威は去ったのでは……?』

『いずれ、近い内に分かるでしょう。……闇の巫女が目覚めます。戻りなさい』

『はい……』


 アーレンハイトがこちらの体から離れて人の姿に戻ると、外殻が勝手に解けて、オメガも元に戻る。


「いや、根源力とかについて教えろよ」


 相変わらず勝手な女神である。

 多分、霊子力のことだろうが、それを操れるとどうなのか、そうした事が全く分からない。


 しかし。


 ーーーまだ、この世界には救済を必要とする何かが残ってるってことか?


 そこで、腕の中のカルミナがうめき、うっすらを目を開ける。

 その緑の瞳がぼんやりとこちらを捉える。


「オメガ……?」

「よう、目が覚めたか?」


 オメガが片目を閉じると、チラリとアーレンハイトに目を向けた後、カルミナが申し訳なさそうな顔をする。


「アーレンハイト様。ご迷惑をお掛けしました。……オメガ。感謝する」

「迷惑だなんて。貴女は、わたくしたちの大切な同胞。助けるのは、当然です」

「人の救済が俺サマの使命だからな!」


 オメガは、動けない様子を見せているので、自分より背の高いカルミナをひょいと抱き上げて、彼女のテントへ向けて歩き出した。

 アーレンハイトも、それに続く。


「その……済まない」

「気にすんなよ! そんなことより、生きてて良かったな!」


 彼女を殺さずに救済することが出来た。

 それがなによりも嬉しいオメガは、満面の笑みでそう答える。


「俺サマも大満足の結果だ! これでまた、美味いもんを食わせられるからな! 今日作った一夜干しの味も期待しとけよ!」

「貴様は、本当にそればかりだな」 


 呆れたように言いながらも、カルミナもまた、笑みを浮かべていた。


 ーーーやっぱ救済対象が生きてるってのは、良いことだ!

 

 元の世界のことを思い返しながら、心の底からそう思う。


 ーーーなぁ、そうだろ? ……マスター。


 かつて。


 主人らに、オメガは心の中で、そう語りかけた。

 

 

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