それが、お前にとっての救いか?

 

 カルミナのことばと同時に、大地が鳴動し始めた。


 黒き光が彼女の鎧や剣を変質させ、黒曜石に赤黒い筋が入ったような、ドラグォラによく似た意匠のものへと変貌する。


 最後に、彼女の頭が龍頭を模した兜に覆われて、見えなくなった。

 観測できる霊子力の大きさに、オメガは感心する。


「すげーな、魔王よりエネルギー反応が高いぞ。何なんだ、ありゃ?」

「あれは、霊装です」


 アーレンハイトが言うには、バタフラムがオメガを巨大化させたのと同質の、神威の顕現であるらしい。


「なるほど、アレも精霊の力ってヤツなのか」

「そうです。ですが……カルミナは闇の巫女ですが、決して勇者のような強固な肉体を持っているわけではないのです……! 自ら神威を纏い、霊装化し続ければ死んでしまいます!」

「……何だと?」


 オメガは、ピクリと眉を上げた。


「神威には、それに耐え得る器が必要なのです!」

「オメガ……私は貴様を……貴様を殺す!」


 カルミナは、龍の片翼のような形になった剣を構え、一息にオメガに対して踏み込んだ。


 オメガはその腕をパシッと掴んで、攻撃を止める。


 軽装鎧すら身に纏っていないが、力の大きさに比してその攻撃はひどく軽かった。

 強大な力は、適性や練度が足りていなければ操ることが出来ない。


 機甲化アジャストせずとも、受けれるくらい、彼女は弱い。

 全身から放たれる、その力が向かっている方向はカルミナの肉体だ。


 操り切れず、逆流する霊子力が鎧の中にある肉を傷つけているのが、オメガには明瞭に感じられた。


 ブルブルと震えて腕を引き抜こうとする彼女を押さえつけながら、静かに問いかける。


「俺サマを殺すこと。……それが、お前にとっての救いか?」

「そうだ……! 貴様を憎むこの想いは! 貴様を殺さねば晴れぬ……ッ!」


 オメガは一つうなずくと、アーレンハイトに目を向けた。

 彼女によれば、カルミナは操られているらしい。


「なぁ、カルミナの洗脳を、どうにかする方法ってあんのか?」


 オメガの知る洗脳の解除方法は、捕らえて時間を掛ける類いのやり方だけである。

 しかし、力を全開にすることを求められている洗脳ならば、解除まで彼女の体は保たない。


 こちらの問いかけに、アーレンハイトは小さく答える。


「呪縛の根元である想いを晴らすか、術者を殺すこと……あるいは、光の精霊力を用いれば呪縛の浄化は可能ですが」


 苦悩を表情に浮かべながら、光の巫女であるエルフの少女は言葉を重ねる。


「ーーー私の力量では、これほどの呪縛は解くのが困難です」


 アーレンハイトが、軽く目を伏せる。

 カルミナを救う力を持っていない自分が歯がゆいのだろう。


 それほどまでに、カルミナを縛る虚無の力は強いということだ。

 一体、誰がそんなことをしたのかは知らないが。


「そうか。なら、カルミナは助けられるな! 一個でも解決策があって良かったぜ!」

「え……!?」


 オメガは、驚いて顔を上げるアーレンハイトの言葉から、一つだけ得ることが出来た解決方法を、実行することにした。


 カルミナから手を離し、飛び退く彼女に向かって両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。




「いいぞ、カルミナ! ーーー俺サマを、存分に!!」




 告げた言葉に、アーレンハイトは耳を疑うような顔をした。


「オメガ様……!?」

「人を救うのが俺サマの使命だからな! まぁ厳密にはカルミナは人じゃないが、俺サマを壊して救われるなら幾らでもやって良いぞ!」


 自分が壊れるだけで人が救われ、それしか方法がないのなら、オメガに実行しない理由はない。


 人を救うのが、自分の使命なのだから。

 アーレンハイトは動揺を隠し切れない様子で、震える声で問いかけてくる。


「そんな、オメガ様! ダメです!」

「何でだよ? どうした、カルミナ。遠慮はいらねーぞ!」


 オメガは、ただ真っ直ぐにカルミナを見つめる。

 しかし彼女は、抵抗の意思を見せないオメガに、警戒しているのか別の理由があるのか、ぶるぶると剣を握る手を震わせるだけで動かない。


「早く、俺サマを壊せ! ……でないと、お前が死ぬぞ!! お前を、救わせろ!!」


 動かないことで逆に焦ったオメガに、カルミナは。


 剣を握る手だけでなく全身を震わせながら、体をくの字に折る。


「ぐ……あああ! 違う……! 私、は……!!」

「! か、カルミナの意思が……!?」


 彼女は、剣を握る自分の腕を、逆の腕で掴んだ。

 竜頭の仮面、その奥にある瞳の焦点が合い、苦悶を浮かべながらオメガを見つめ返す。


「オメガ……殺すなら私を……お前が、殺せぇ!!!」

「カルミナ!」


 アーレンハイトの呼びかけに答える余裕もないのか、彼女を見ないカルミナ。

 オメガはその言葉に、スッと笑みを消した。


 殺す。

 殺すだと?




「―――お前は俺サマに〝人を殺せ〟と言うのか」




 それは、オメガの意に染まぬ言葉だった。

 人を救うために存在する自分を、根幹から揺るがす言葉だった。


 しかしカルミナは気づかないのか、さらに言葉を重ねる。


「そうだ……! 私は、貴様を殺すことなど、望まぬ……! ぐぅぅ!」


 オメガを壊すことを、望まない。

 ならば、それでは、ダメだ。

 

「……そうか。俺サマを壊しても、お前は救われないのか」

 

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