第四十三話「真実の扉を開こう 4」

「……あの。鬼頭という人間は、何者なんですか?」


 僕の問いに、神野さんと田寄さんは顔を見合わせ、そして自嘲気味に笑った。


「ユニゾンソフトの金庫番……かな」

「金庫番……ですか?」


「ユニゾンソフトって、昔は開発主導でバリバリに物を作ってた会社だったんだけど、経営は本当に未熟だったんだよね。ゲームブームの時代が終わるとみるみる弱っていったんだよ。そんな時に開発に現れたのが鬼頭という男だった」


「財務部出身だったっけ?」

「うん。社長お抱えの金庫番。まあどこ出身でも問題ないんだけど、モノづくりに敬意のない人間が局長の椅子に座り、開発に口出すようになったのが始まりだったな……。家庭用ゲーム事業が下向きな隙をついて、支配を広げていった」


 神野さんと田寄さんの話によると、開発畑ではない鬼頭にはクリエイターのモラルというものは通用しなかったらしい。

 成果が出るのに時間がかかるゲーム開発に、劇薬ともいえる施策を次々に打ち出していった。

 ……もちろん鬼頭からの直接的な指示ではなく、部長たちの自発的なアイデアという体裁をとり、鬼頭自身に責任が生まれないように。


 やがて国内にスマートフォンを用いたソーシャルゲームが浸透し始めると、鬼頭は『ネットワークゲーム開発局』を立ち上げて従順な部下を局長にし、ユニゾンソフトの主要タイトルを次々とソーシャルゲーム化していった。

 もちろん悪質な集金のためだろうと、神野さんたちは言う。


「鬼頭はたぶん、お客さんを自分の財布としか考えてないんだよ。怪しいからネットワークゲーム開発局を調べようとしたんだけど、首にされちゃった……」

「もしかするとさ。その時の神野さんの動き、バレちゃってたのかもね……」


 神野さんの正義感には頭が下がる想いだけど、さすがに目立ちすぎたんだろう。

 鬼頭の恐ろしさが感じられた。



   ◇ ◇ ◇



 一通りの話を聞き終わり、帰り支度を始めるころ。

 彩ちゃんがふと顔を上げた。


「ずっと引っかかってたんだけど、いいかな? ……私と真宵くんって、会社に逆らってたわけじゃないのに、どうして追い出されたんだろう?」

「……あ、確かに」


 彩ちゃんは長時間残業や泊まり込みをしてたけど、それは当時の上司の責任なわけで、いまだに冷遇される理由がない。


 そして僕こそ、神野さんに関わっていたわけでもなく、会社に背いていたわけでもない。

 企画を立ち上げたこと自体は碇部長に背いたことではあるものの、審査会の場でしっかりと容認されていたはず。


 すると、田寄さんが口を開いた。


「まず真宵くんのことだけどさ。たぶん伊谷見さんの勝手な行動だと思うな~。客観的に聞いてても理由が分からないしさ、伊谷見さんの出世欲の犠牲になったんじゃないかな?」

「……そう言われると、ものすごく腹が立ちますね」

「そうだね~。まあ憶測だから、うのみにしないよーに」


 そうは言われても、あの伊谷見さんの偉そうな顔を思い出すと、あながち憶測とも思えない。

 やたらと『ディレクターであること』を強調していたし、たぶん正解なんだろう。


 僕が納得していると、田寄さんは彩ちゃんの方に向き直って、神妙な顔になっている。


「そして彩ちゃんのことだけどさ。……実は怪しい噂を聞いたことがあるんだよ」

「ふぇ? 怪しい噂……?」


「どうやらキャラクターデザインやシナリオみたいな花形のポストに、積極的に外部の有名作家を起用する動きがあるみたいなんだよ。……鬼頭の主導でね。無名の社員に描かせるより、ネームバリューと実力が備わってる作家先生に頼んだ方が効率的だってさ」


「あ~、あったあった。ドラゴンズスフィアでもそういう横槍を入れられたよ。無視したけど」


 田寄さんと神野さんの話を聞いて、彩ちゃんはなんだか涙目になっている。


「……えっと。じゃあデザイナーはいらないよってことですか?」

「少なくとも鬼頭はそう考えている……って事みたいだね」

「ふぇぇ……」


 あ、あ。彩ちゃんの目が潤み始めてる!

 これこそ理不尽の極みだ!


 鬼頭は企画書の絵を見て彩ちゃんの実力を知ってるはず。

 調査の時の反応も目の前で見ていた。

 それなのに、いまだに追い出し部屋から出さないなんて、鬼頭の目はなんて節穴なんだ!


 片地さんが「クソ鬼頭」と叫んでいた気持ちが痛いほどわかる。

 クリエイティブをなめんなと、僕も言いたいっ!!


「彩ちゃん、あんなクソ鬼頭のことで泣く必要ないよ!」

「……真宵くん?」

「彩ちゃんほどの神絵師、世の中にいないんだから!」


 すると、神野さんが微笑んだ。


「ヤスミンって、イロドリさんでしょ?」

「ふぇ!? 知ってたんですか?」


「あ~神野さんも知ってたんだ? アタシは息子に言われるまで気付かなかったのに!」


「当然だよ。僕が作品選考で選んだんだから。巷の中高生に超人気のイラストレーター『イロドリ』先生……。そんな大物がうちに来てくれるなんて思わないじゃない?」


 さすがは神野さん、最初から気付いてたんだ。



 ……実を言うと、この僕も新人研修の時に彩ちゃんの絵を見て、一瞬でイロドリ先生だって気が付いた。

 だって、僕は学生時代から先生のファンだったから。

 彩ちゃんがそうだと気づいた時から、彼女は僕の女神になっていたのだ。


 クソ鬼頭が外部作家を優遇する男だとしたら、自分が追放した相手が引く手あまたの神絵師だと知った時、どんな顔をするだろうか?

 「先生、お願いします」と頭を下げてきたとき、「もう遅い」と突っぱねたらどんなに気持ちがいいだろう。


 純粋な彩ちゃんにこんな黒い気持ちは見せられないけど、僕の怒りは噴火寸前の火山のようだった。

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