え、神絵師を追い出すんですか? ~理不尽に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気に入られたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~

宮城こはく

第一話「え、神絵師を追い出すんですか?」

「おはよう、夜住やすみ あやくん。現時点でお前はクビだ。席を空けてもらおうか」

「ふにゃあ……?」


 蛍光灯のまぶしさが目に痛い。

 寝ぼけながら寝袋から顔を出すと、枕元には冷たい顔でにらむおじさんが立っていた。


 えっと……誰だっけ?

 見たことがあるけど、名前を思い出せない。

 他人に興味がなさ過ぎて、名前を覚えるのが本当に苦手なのだ。


「誰だっけ……って思ってるだろ?」

「えっとえっと……偉い人!」

「部長だよ、ぶちょう! 君の所属チームのボス! 本当に困った新人だな……。とにかく、はやく寝袋から出ろ。机の下は寝床じゃない! ここがどこなのか分かってるのか?」


 そう言われてあたりを見回すと、寝袋の周りには常備中のお菓子やエナジードリンクの束。そしてお気に入りの美少女抱き枕まで完備されている。

 お絵描き用の液晶タブレットの周りにもお気に入りのフィギュアが並んでいて、見るだけで心が安らぐようだ。


「えっと……私のお部屋?」

「会社だよ! ……まったく女のくせに連日のように泊まり込みやがって」


 そう言われて頭が動き始めた。

 ここはゲームの開発会社に勤める私……『夜住やすみ あや』の作業机、そして寝床だ。

 うんうん、相変わらず居心地がいいね!


 スマホの時計を見ると、まだ午前九時。

 明け方の五時まで作業を続けてたので、せめてあと一時間ぐらいは眠りたい……。

 眠いまぶたをこすりながら、抱き枕をギュッと抱きしめる。


「おいおい、寝るな! それになんだ、その抱き枕。ライバル社のキャラじゃないか? フィギュアも他社のばかりとは、まったくけしからん!」


「ふわぁぁ……。フィギュアは他の人も飾ってますよぉ……。抱き枕も一応、肌色の少ない健全な奴だし。……引き出しの中には、ほらもっと過激な奴が……」


「見せんでいい! それにフィギュアは俺も飾ってるから、それ自体はいいんだ。他社のキャラを飾るな! 自社愛が足りないんじゃないか?」

「えぇ……」


 さすがに趣味の世界まで踏み込むのは違うんじゃないかな?

 ……そう思うけど、やり取りするのも面倒なのでやり過ごす。

 この美少女抱き枕は私のモチベーションの要なので、大目に見て欲しい。


「もういい! ……とにかく、昨日の会議で今後のゲームの運営方針が変わってな。レアキャラの追加を終了してSSレアの増産に切り替えることになったんだ」


 うちのチームはいま、スマホ用の運営型のRPGを作っている。部長さんが言うのはガチャで出てくるキャラの追加計画の話みたいだ。

 私の仕事は外注先の会社から納品されるイラストのチェック業務だけど、レアリティが上がるとなると、仕事は今まで以上に大変になるだろう。

 SSレアとなると『大当たり』の部類なので、相応のゴージャスさが必要になってくるのだ。


「SSレアかぁ~。気合が入りますねぇ。背景やエフェクト盛り盛りになるし、ポージングの難易度も上がるし~」


「聞いてなかったのか? お前はクビだ・・・・・・と言っただろう」

「ふぇ? 私、会社をクビになっちゃうんですか?」


チームをクビ・・・・・・、だ! 仕事が遅いだけなのに残業代で稼ごうとするな! チェック作業だけで会社に泊まり込み続けるなんて、迷惑以外のなにものでもないんだよ。そういう奴がいると周りの士気が下がるんだ」


 あれぇ、この部長さんは何を言ってるんだろう?

 納品されてくる絵が下手すぎるの、知らないのかな?

 先方のイラストレーターさんに基礎を教えようとたくさんの資料を作ったのに、「どこがおかしいんだ? 新人が偉そうに指導するな!」と怒られてしまったのだ。

 締め切りに追われ続けるので、今ではしかたなくイラストデータを引き取って私が全部直し続けてるんだけど……。


「あのぅ、リーダーから聞いてませんか? ちゃんと報告してましたけど……」


 私は説明しようとパソコンの電源をつけるけど、部長さんは待ってくれる気配もなくイライラしている。

 助け船が欲しくてアートリーダーの井張いばりさんの姿を探すけど、まだ午前なので姿が見えない。午後出勤が当たり前の職場なので、周りはしぃんと静まりかえっているだけだった。


「ああ? 井張からは『順調』としか報告を受けてないんだが? どうせ絵描きだから細かいとこばっか気になるんだろ! 素人目に問題ないなら問題ないんだよ。無駄な工数を増やすんじゃない! 今までの納品物は素晴らしい出来じゃないか」


「ええっと……たぶん、それって私が直した――」

「は? 他人の成果を自分の手柄にする気か?」


 言いかけた瞬間にバンッと机をたたかれて、「ひぃぃっ」と声を出して震えあがってしまった。

 このおじさん、怖すぎる!


「女だからと甘く見てもらえると思うなよ! チームメンバーが出社する前に、荷物をまとめて早く出ていけ!」

「え、えっと。……じゃあ、どこに行けば?」

「ふん。……人事からの指示を大人しく待ってるんだな」


 部長さんは怒鳴った後、作業部屋をさっさと出て行ってしまった。

 扉を閉める前に「だから神野組かみのぐみはダメなんだ」とつぶやいていたけど、何のことだろう?

 神野かみのさんとは私がゲーム業界に入るきっかけになった恩人のことだけど、去年に退職されて、もういないのに……。

 私は呆気にとられながら、ぎゅっと抱き枕をだきしめるのだった。



 ……結局のところ、状況を確認したくてもリーダーは捕まえられなかった。

 リーダーの井張さんはいつものように「忙しいんだ。声をかけんな!」と言ってどこかに行ってしまったので、ため息をつくしかない。

 後任のチェック担当者とまともに引き継ぎできないまま、私はなすすべもなく作業部屋を追い出されたのだった……。


   ◇ ◇ ◇



 こうして頑張りも報われずに追放されることになった彩。

 しかし部長もリーダー井張も全く分かっていなかった。


 ――彩が支えていたイラストのチェック作業は優秀すぎる彩だからこそなし得たことを。

 ――そして彩自身が入社前、有名人気イラストレーターとして活動していた神絵師だったことを。


 彼女を追放した古巣には暗雲が立ち込めていくが、デスマーチから解放された彩は煌びやかな表舞台を駆け上っていく。

 夜住 彩の快進撃はもう止められない――。

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