第五十八話「告白の時」
「事前に計画書を見させてもらったけど、僕はマヨイくんたちの計画に太鼓判を押すよ」
唐突に現れた神野さん。
ユニゾン側の七人がざわめく中、神野さんは前へと進み出る。
局長さんはワナワナと震えているが、突然の来客を前にして絶句しているようだ。
私と真宵くんは、居ても立ってもいられなくなり、神野さんの元に駆け寄っていった。
「神野さん! 見ててくれてたんですか?」
「ヤスミン、マヨイくん。本当に頑張ったね」
「あれ、風邪気味ですか?」
近くで話していると、神野さんが少し鼻声になっていることに気が付いた。
神野さんは小さく鼻をすすると、笑う。
「あはは。僕、嬉しすぎて、さっきまで裏で泣いてたんだよ。……二人とも、本当に立派になって」
涙をぬぐう神野さん。
その表情は優しいお母さんのように見えた。
「プリプロ段階でこんなに完成度の高い状態、久しぶりに体験したよ。どっちも本当に素晴らしかった。彩ちゃんのチームは文句の付け所がない完成度。タヨちゃんの凄さも健在だったね」
そして神野さんは真宵くんに歩み寄り、うなずいた。
「なによりも特筆すべきはマヨイくん。あんなに遅いユニゾンエンジンを使って、よくぞ動くところまで持ってきたね。ゲームの仕上がりも素晴らしい。君は優秀なディレクターだよ!」
言葉の後半、神野さんはまた涙声になっている。
私ももらい泣きしそうになって、グッと堪えた。
心が熱く震えてくる。
憧れの人に褒められることが、ここまで嬉しいだなんて。
真宵くんも同じなのか、真上を向いて震えている。
そして涙をぬぐった神野さんは、局長さんを振り向いた。
その眼差しは打って変わって好戦的に光っている。
「さあ、これで七対七の同数だ。過半数にならなかったけど、どうしようか?」
対するは苛立つ顔の局長さん。
ブルブルと指先を震わせながら、神野さんを指さしている。
「な、な、なんでお前がここにいる! ここは神聖な審査会の場。ルーデンスの皆さんの前に、お前のようなクズの顔を見せるなんてできるか! 帰れえぇぇぇっ!!」
「おやおや、聞き捨てならないなぁ。クズってどういうことかなぁ?」
「阿木内は知らんのか? その女はうちの社員を精神的に追い詰めたクズだ! 医者の診断書も出ているほどのな! そんなクズの出席は認められん!!」
『待つんだ鬼頭さん』
ふいに聞こえた声。
どこから聞こえたのか分からず左右を見ると、一台のモニターの映像がさっきと変わっている。
そこには白髪で線の細いおじいさんが映し出されていた。
『皆さま、御無沙汰しております。ユニゾンソフト社長、
うちの社長さん、こんな顔だったんだ……。
なんだか柔和で腰が低そう。
社長さんはモニターの向こうで深々と頭を下げ、そして姿勢を正した。
『神野さんはユニゾンと臨時の顧問契約を結ばせていただいた。非常に有能な開発者として、本件に有意義な意見を出していただきたくてね』
「与脇、犯罪者を仲間に引き入れるとは何事だぁぁ!!」
モニターに向かって怒鳴る局長さん。
しかし、社長さんの脇から別の人物が現れる。
それは紛れもなく長さんだった。
いや、長さん以外にも誰かがいる。
『おうおう。無実の人間を犯罪者よばわりたぁ、ふてぇ野郎だな』
「長屋……。いや、隣に誰がいる?」
局長さんの声に呼応するように、カメラにフレームインしてくる男性。
なんだか見覚えがある厳めしい顔のおじさん。
えっとえっと……。
記憶を振り絞るように目をつむり、ようやく思い出した。
『皆さま、失礼いたします。わたくし、ユニゾンソフトの元部長、碇と申します』
そう、部長さん。
いや
私を追い出し部屋送りにした張本人だ。
半年前にイラスト制作会社に出向になっていたので、すっかり忘れてしまっていた。
元部長さんは長さんに腕をつかまれ、カメラの前に引っ張り出される。
そして泣き出しそうな顔で必死に頭を下げてきた。
『私がノイローゼになったという診断書。……あれは産業医に書かせた嘘です。神野さんは悪くありません……っ!』
「碇ぃぃぃ!!」
怒鳴る局長さん。
でも、社長さんはあくまでも穏やかに私たちを見つめてきた。
『……どうか皆さま、正しい目で見て欲しい。私のように曇った眼になってはならない。私は君たちを信じている』
すると、状況を見守っていた阿木内さんがみんなに手を振りながらスクリーンの前に進み出た。
「みんなちゅうも~く! ちょっとここで新情報!! この二つのチームどちらもがしっかり売り上げを出してくれる証拠を見せますよ~!」
スクリーンに映し出される映像。
それは私がイラストレーター『イロドリ』名義で描いてきたイラストの紹介ムービー。
そして映像の最後に『デスパレート ウィザーズ キャラクターデザイン、アートディレクション:イロドリ』と大きく表示された。
局長さんはそれを見るなり、顎が外れるほどに口を開け、呆然とし始める。
「はぁ? オファーしても全く連絡なかったあの人が?」
「これならどうします? 超がつく人気作家だ。めちゃくちゃ売れますよ?」
「も、もちろんこれが本当なら、話題にもなるし予算をもっとかけてやってもいい。……しかし、本当にオファーできると思ってんのか? この俺がコンタクトをとっても、つながりの持てなかった幻の作家だぞ?」
そして局長さんは机をバンと叩いた。
「それに今から頼むんなら、それこそグラフィックの何から何まで変更しなければならんだろうっ! 現実的ではないっ!!」
「はぁぁ。鬼頭さんって、本当に目が節穴なんですね」
「どういうことだ!?」
「今動いてる絵とデザイン、そして企画書に使われているイラスト。……すべてイロドリ先生の作品ですよ」
「何を言っとる!? これはそこの、新人女が描いたもんだろ?」
「その通りですよ。だから言ってるじゃないですか。イロドリ先生の作品だって」
「いや、そんな、まさか……。……はぁ? お前が!?」
局長さんは挙動不審になり、私と画面を何度も見比べている。
それだけではない。
会議室の中はざわめきで包まれ始めた。
……無理もないと思う。
私は自分からわざわざバラさない。私の秘密を知ってるのは、自然に見抜いた人だけだった。
「なんで言わなかった!? なぜ今言った!?」
「それは……頭にきたからです」
「なんだそれは!? 意味が分からん!!」
「局長さんは会社の中の人をさんざん馬鹿にして、大事な物を強引に取り上げて、奴隷のように使ってきた。こんなにもすごい人たちがいるのに、です!」
追い出し部屋のこと、そして神野さんの事を思い出すと心が張り裂けそうに苦しくなる。
なんでモノづくりするのに酷い目に遭わないといけないんだって、ずっと疑問だった。
この目の前のおじさんが一番悪いんだ。
私は深呼吸して足を踏み出す。
「しかもその目は節穴! 私がイロドリだって気づいた人は何人もいました。事前に外部作家の資料を作るぐらいだから、局長さんだって私の作品は知ってたはず。それなのに全く気が付かないなんて、見る目がありませんよ!」
「い、言わんから悪いのだ! 言えば優遇したさ!」
「感性が鈍りすぎです! だから秘密を言う羽目になっちゃったじゃないですか~~!」
もう興奮しすぎて頭が痛くなってくる。
ただでさえ抱き枕がなくって不安なのに、言いたくない秘密まで話すことになってしまうなんて……。
でもこの局長さんを攻略するため、私ができることはこれぐらいしかなかったのだ。
仲間の顔を見渡して、もう一度深呼吸する。
みんながいるから、私は大丈夫。
気合を入れ、局長さんに詰め寄る。
「そんな見る目のない人の言葉なんて、全然価値がないんだ……ってわざわざ証明する必要がでちゃったじゃないですか。……審査員の皆さんも、こんな怖いだけの空っぽの人の言葉に惑わされないでください!!」
どよめく場内。
局長さんはプルプルと震え、拳を硬く握りしめている。
ふんっ! 殴りたいなら殴ればいいんだっ!
そうすればいとも簡単に退場させられる。
私は本当に怒ってるんだ。
私の大事な仲間に酷いことをして、強い立場を利用して威張ることしかできないおじさん。
こんな人に、モノづくりを邪魔されなくない。
気持ちは以前の創馬さんと同じ。
クリエイティブをなめんな……って叫びたい気分なのだ。
私が精いっぱい
殴らないほどの理性が残っていたのか、それとも諦めたのか。
……少なくとも、すでに結末は見えていた。
私たちの勝ちだ、と――。
◇ ◇ ◇
「さあ。これで夜住さんが先生ご本人と証明されたわけだ!」
阿木内さんは場内を見渡し、大仰な手ぶりで注目を集める。
「皆さん、イロドリ先生の全面協力が
すでにこの場には反対意見を述べる人間はもういなかった。
ついに決議の時。
両チームの予算計画書が全員一致で承認されようとする。
それでも局長さんはしぶとく机をたたき、怒鳴りあげた。
「お前ら……。社長からの命令を忘れたのか? 背けば背任だ。分かってるだろうなあぁぁーーーーっ!!」
そう言ってユニゾン側のメンバーをにらみつける局長さん。
私には何の命令か分からないけど、これが局長さんの最後の切り札なのだと直感した。
しかし、モニターの向こうで状況を見守っていた与脇社長さんは諭すように口を開いた。
『鬼頭さん。私はなにも言っていないよ』
「何ぃっ!?」
『私は何も指示を出していない。あなたに言われたような業務命令は、出していないんだよ』
「じゃあ、なんでさっきまで、こいつらは俺に従ってた?」
『きっと鬼頭さん、あなたを恐れてたんですよ。……さあ皆さん、何も心配はいらない。私が責任を持ちますから』
その頼もしい言葉に、さすがは社長さんだ、と思った。
モニターを見れば、社長さんの横では長さんが嬉しそうにうなずいている。
そして取られる決議。
局長さん以外の全員賛成。
予算が承認され、私たちのチームの本制作が正式に決まった。
意外だったのは、神野さんの提案だった。
私たちと真宵くんたち、二つの開発チームの合流。
それぞれに素晴らしい部分がある。
そして本制作になれば、開発力の増強は不可欠。
同じ方向を向いていた仲間がそろっているのだから、全員が力を合わせるべきだ、ということだった。
こんなありがたい提案はない。
二つに分かれてからぽっかりと開いていた心の穴が、埋まった気がした。
真宵くんは微笑み、手を差し伸べてくれる。
私も手を差し出して、固く握手を交わした。
「ただいま」
「うん。おかえりなさいっ!」
私たちは最初からチームなのだ。
これこそが完璧な形。
これから先の未来は、どこまでも晴れ渡っているような気がするのだった。
「く、くく。そうか、わかったよ。与脇、言っていいということなんだな?」
祝福のムードを壊すような不気味な声。
その発信源は局長さんだった。
晴れやかな未来を覆いつくす暗雲。
彼はモニターに向かい、壊れたように笑っている。
笑い狂っている。
「ルーデンスさんの目の前で! 言ってもいいのだな? 俺は別に構わんのだぞ!? ――『あのこと』をっ!!」
いったい『あのこと』とは何なのか。
恐ろしい予感に胸が苦しくなる。
しかし、対する社長さんは穏やかな表情で笑った。
『心配してくれているんだね。ありがとう鬼頭さん』
「なに?」
『ルーデンスの社長には、もうすべて伝えてある。私がユニゾンの経営で、粉飾決済に手を染めていた、とね』
騒然となる会議室。
ここから先のお話は、事態を急変させるほどの大波乱となるのだった――。
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