第五十七話「波乱の審査会」
真宵のチームによる新作ゲーム……『デスパレート ウィザーズ』の審査会が始まる。
今回のプリプロダクションの審査会を通過すれば、
ゲーム開発の中でも特に大きな関門であった。
参加者はルーデンス側のプロデューサーや役員たち六人と、ユニゾン側の局長や部長あわせて七人。
そして発表者の真宵。
この十四人がルーデンスの会議室に集まっていた。
すでに審査会は始まっており、真宵は緊張の面持ちで企画内容を説明している。
しかし、ユニゾン側の審査者の筆頭である鬼頭は、まるで話を聞く気がなかった。
◇ ◇ ◇
真宵の言葉など聞く耳持たず、鬼頭はふんぞり返って座っていた。
どうせ棄却するつもりだ。
結論は決まっているから、すべては時間の無駄。
一応は審査会を進行させてやるが、儀式としてやらせているだけだ。
さっさと終わればいい。
しかし真宵のプレゼンが終わった直後、阿木内が妙なことを言い始めた。
「実はサプライズ! より良い品質を求めるため、もう一チームが参戦してくれましたよ~!」
どよめく会議場。
そして扉が開くと、神野組の残党どもが入場してきた。
しかし、このぐらいの展開は想像できる。
こいつらが勝手にゲームを作っていたなんて、今さら驚くほどでもない。
証拠を見つけられなかっただけで、確信はあったのだから。
神野とつるんでいたプログラマ、田寄。
俺が出勤停止処分にしてやったモデラー、片地。
追い出し部屋に出戻ったアニメーター、高跳。
そして何よりも腹立たしい抱き枕女。デザイナーの夜住だ。
俺に直接歯向かった奴は、とことん潰しておかなければならない。
あの真宵と同期なのなら、二人そろって追放してやる。
「おいおい。誰がこいつらの参加を認めた? 許可なく作られたゲームなんぞ、審査の対象外だ!」
俺は犬猫を追い払うようにシッシッと手を振る。
しかし、どういうことか阿木内は引く気がないようだ。
ふてぶてしく笑い始めた。
「おやおやぁ? ボクらルーデンスはしっかり相談を受けてましたよ~。もちろん審査会への参加も許可済みです~~」
「俺はこいつらに予算を出した覚えはない! 即刻退場させろ!!」
「鬼頭局長~。本件は
阿木内が厭味ったらしく言うと、ルーデンスの役員どもがざわつき始めた。
まずいな。
あまり刺激していても反感を買うだけだ。
どうせ開発を打ち切らせる腹積もり。
俺は神野組の参加を承諾することにした――。
◇ ◇ ◇
私たち追い出し部屋チームが入場すると、部屋が一気にざわめき始めた。
注目されると思ってたけど、思った以上の大注目だ。
抱き枕がないとすっごく心細い。
しかも局長さんは、予想通りに怒った顔で私たちをにらんでいる。
ガタガタと震える心を必死に抑え、私は偉い人たちの前に座る。
どうにか阿木内さんの機転で審査してもらえることになったけど、ここから先は不安しかなかった――。
「じゃ、今日の審査方法を解説するよ~」
阿木内さんが腕を振り上げて合図すると、会議室の天井から大きなスクリーンが下がってきた。
会議室に備え付けのプロジェクターだ。
さらに縦幅が子供の身長ぐらいはあろうかという大型のモニターが二台運び込まれ、まるでドレッサーの三面鏡のようにプロジェクターを左右から挟み込んだ。
「審査の柱は二つ。面白くて魅力的かっていう『パフォーマンスの審査』と、ちゃんと妥当な予算と期間で作れるかって言う『計画の審査』……。ボクらお偉いさんは計画書を見るのは得意だけどさ。オジサン連中が魅力を議論してても仕方ないでしょ?」
そう言って、阿木内さんは画面のスイッチを入れる。
そのスクリーンやモニターの中に映ったのはゲームのプレイヤーたちの姿だった。
何十人、いや何百人も映っている。
「彼らはね、ルーデンスが業務委託している品質管理会社の皆さんです~。企画書の内容は以前の調査で高得点が出せてるし、今日は彼らにテストプレイしてもらって、面白さに点数をつけてもらおうって算段なのさ!」
品質管理会社はゲームのデバッグ以外にも、面白さやプレイのしやすさなど、いろいろな観点でテストしてくれるところらしい。
面白さは多分に個人の感覚に左右されるけれど、二百人強のプレイヤーによる一斉テストを行えば、ある程度の数値化が可能ということだった。
ルーデンス・ゲームスは自社が企画やプロデュースしている作品を独自の指標で審査しているのだ。
点数は百点満点で導き出され、七十点が合格ライン。
世の中にあふれるゲームの半分以上は合格ラインを突破しないというほどの、なかなか高いハードルのようだ。
「真宵くん、夜住さん。点数で出ると分かりやすいと思ったんだけどさ。この方法でいいかな~?」
「はい、もちろんです」
「私たちのチームも異論ありません」
私も真宵くんも、この審査会が始まる前にしっかりと説明されている。
品質管理会社には事前にROMが渡されており、すでに結果は出ているらしい。
今日の審査会で映されるゲームプレイ映像は、あくまでも審査者へのお披露目という役目。
一通りのプレイが行われた後に結果が発表されることになっていた。
「まあ今回はどっちも同じ企画を元に作られてるわけだしね。ゲームの面白さの評価とは別に、その完成度が重要な比較ポイントになってくるよ~」
阿木内さんの言葉の後、暗くなる室内。
そして私たちのゲームが画面に映し出された――。
◇ ◇ ◇
暗い室内。
激しいエフェクトとサウンドが室内に充満する。
パソコンのモニターで見るのとは段違いの迫力に、私は圧倒されていた。
既にそれぞれのゲーム単独のお披露目は終わり、今は比較のため、二つのゲームが同時に画面に映し出されているところだ。
どちらのチームも停止するなどのアクシデントはなく、順調にプレイされている。
田寄さんもほっと胸をなでおろしているようだった。
大音量のサウンドを耳にしながら、私たちは小さな声で語り合う。
「たいしたもんだね。あの遅いユニゾンエンジンを使いこなすなんて、アタシ驚きだよ……」
「いえ。やっぱり比較すると、高速化が完了しているスフィアエンジンの方がアクションも滑らかですよ。嫌な引っかかりがなく、アクションが快感の領域です」
田寄さんと真宵くんはお互いに讃え合う。
その様子をみて、私は嬉しくなる。
ライバルであり、盟友。この関係で競い合えて、私はとっても嬉しい。
すると、真宵くんは私に笑顔を向けた。
「それにしても、グラフィックは僕らの完敗だよ。彩ちゃんがいないことで致命的な差になってる」
「そんなそんな! 私ひとりじゃ何もできなかったよ。創馬さんをはじめとするグラフィックチームの凄さと、魅力的に動かしてくれる高跳さんの実力あっての表現なのでっ」
私が慌てて言うと、横で創馬さんと高跳さんが照れている。
本当に仲間のおかげだ。
私はけっきょく絵を描くことしかできないので、皆さんがいなければゲームの画面なんて作れなかった。
「そ、そ、それにしても真宵くん。大魔法モードなんて、聞いてないよぉ~。爽快感が段違い。知らないうちに面白くなってて!」
「いやぁ。あれは処理負荷軽減のための苦肉の策なんだよ……」
すると、嬉しそうに田寄さんが真宵くんを見つめる。
「逆境を面白さに変える。それこそディレクションの神髄だね」
「あはは……。田寄さんの指導のおかげですよ。あ、ちなみにネーミングは仮です! ちゃんとカッコよくしなくっちゃな」
そしてすべてのゲームプレイが終わり、会議室が明るくなった。
ついに結果が発表されるのだ。
最初に映し出されたのは真宵くんチームの結果。
画面にはずらりと並ぶ数々の項目と数値。
熱中度やゲームプレイの持続性、爽快感などなど多くの項目が記載されていた。
そして注目すべきは最上段に書かれている総合得点。
「よしっ。79点。合格ラインを超えた!!」
真宵くんが拳を振り上げた。
まんべんなく得点が高く、特に大魔法を狙って発動する戦略性や他プレイヤーとの駆け引きが評価されていた。
その反面、全体的なグラフィックの粗さや稀にみられる処理落ちが微妙に点を落としている。
「動かすためとはいえ、さすがに目立つところまで削っちゃいましたかね」
「いやいや立派だよ。削れる判断はそう簡単にできない。頑張ったね」
「ありがとうございます……」
田寄さんにねぎらわれ、真宵くんはなんだか照れているようだった。
そして全員の視線は司会の阿木内さんに移る。
「ではもう一つのチームの結果発表に移りますよ~!」
私たちのチームだ。
そして画面に映った得点。
……その高さに驚きが隠せなくなった。
「うわっ! 95点!! すっごく高いですよ!!」
「いやぁ。アタシとしては満点を狙ったんだ。悔しいね……」
田寄さんは5点の減点が気になって仕方ないらしい。
すると阿木内さんは笑った。
「田寄さん、悔しがる必要ないですよ~」
「ん? どういうことだい?」
「ゲームの面白さに絶対はない。百点なんてつけないことにしてるんです。それはもう絶対に、ね」
そして画面をトントンと叩く。
「うちの基準だと、最高得点って90点なんだよね~」
「え、でも超えてますよ?」
最高が90点なのに、画面では95点と書かれている。
何かの間違いなんだろうか?
「いやぁね。テストプレイしてくれたみなさんが『ここがいい、もっと加点項目がある』なんて言って評価シートにコメントを書き連ねるもんだから、上限突破しちゃったってわけ」
――その言葉を聞いた瞬間、私たちはお互いに抱きしめ合っていた。
「うわわわ……!!」
「凄いよみんな。やっぱり僕の仲間は最高だった!!」
真宵くんが興奮しながら私をだきしめる。
そして真宵くんの背後からは高跳さんと創馬さんが飛びついてきた。
「何言ってるんすか! 真宵くんも一員っすよ!!」
「そうですよ。わたしたちは真宵さんと夜住さんの企画の上に立っただけなので!」
「ああ、誇るといいよ。真宵くん、彩ちゃん。本当に頑張ったね」
少し離れた場所で、田寄さんが嬉しそうにうなずいている。
本当に最高のチーム。
私、ここまで頑張ってきて、本当によかった――。
「ふん。審査ゴッコはそれぐらいにしとくんだな」
唐突に、厳めしい声が響き渡った。
しんと静まり返る会議室。
声の元を振り向くと、局長さんがすっごく不機嫌そうにのけぞっている。
「おやおや、鬼頭局長。何かお気に召しませんでしたぁ~?」
「わざわざ二百人だかなんだかを動員するなんて思わなくてな。呆気に取られて言いそびれておった」
そして局長さんはゆっくりと立ち上がり、全員の目をじっくりとにらみながら笑い始めた。
「いやぁ本当に申し訳ない! どちらが優れているかの審査の前に、ルーデンスさんには謝らなければいけないことがあったのですよ」
「ほう、どういうことですー?」
「先に計画書の審査をやるべきでしたな。この計画書の
局長さんは二つのチームの計画書をパラパラとめくり、ゴミのように床に落とす。
そしてなんと、踏みつけにし始めた。
「こんなデタラメな数字、審議の必要もありますまい。この鬼頭が部長たちにヒアリングしてみたところ、非常に高い見積もりが出てまいりましてな」
局長さんが指示すると、ユニゾン側の審査者が書類の束を取り出した。
全員の前に配られたそれは、私たちがまとめたのとは別の計画書だった。
私は細かい数字はよくわからないけど、一番目立つ場所に目の飛び出るような金額が書いてある。
「じゅ、十億円以上っ!?」
「そんなはずはありません! 僕らは当初の計画通り、五億円の開発費に収まるように調整しています。それで十分に作りきれる算段です!」
しかし局長さんは机をバンッと叩き、私たちを鬼のような形相でにらみ返してきた。
「経験豊かな部長たちが導き出した、本当の見積もりがコレだ! お前ら若造どもが作った本制作の見積書、安く見積もりすぎなんだよ!! 作り始めれば『こんなに高いはずじゃなかった』だとか『もっと追加予算を寄こせ』だとか寝言を言うに決まっている。俺はこの数年でそんな現場を嫌になるほど見てきたんだ!!」
そして局長さんはルーデンスの審査員たちに顔を向けた。
「プリプロまでにかけた予算は非常にもったいないですが、見えている赤字を放置して進めることはできないでしょう。即刻ボツにすべきです!」
静まり返るルーデンスの皆さん。
その返答が出る前に、真宵くんが声を上げた。
「ちょっと待ってください! それが我が社の総意とは思えません! 僕らはしっかりと利益が出るように見積もっています。長い開発経験を積んだメンバーへのヒアリングも欠かしませんでした!」
「ああ? 開発者へのヒアリング? そんなもん、企画を通したい連中は安く見積もるに決まっておるだろうが!! あてになるか!!」
うう……。
聞いてるだけでムカムカしてくる。
この人、やっぱり絶対おかしいよ。
いちゃもんをつけるだけじゃなく、こんな偽物の計画書まで作ってくるなんて、潰す前提だったんだ。
私はたまらず立ち上がる。
「本当に全員がそう思ってらっしゃるんですか? 確かに私たちは経験も少ないですけど、お話を聞いて回ったベテランさんたちは、自分の都合だけで嘘をつくような人じゃありません。もっと信じて欲しいです!」
すると田寄さんも手を挙げ、立ち上がった。
「アタシからもいいかい? おもだった見積もりはアタシが出したんだけどさ。みなさん、アタシをそこまで疑ってるのかい? これでも神野さんと一緒に山ほどゲームを作り続けてきた。鬼頭さんの横槍さえなければ、最後の作品も予算内で十分に作れたさ」
「田寄……貴様! よ、横槍とはなんだーーっ!!」
「今はアタシがしゃべってんだ。あとにしな! さあ皆さん、お偉い立場にいるんなら、ちゃんと経験をお持ちでしょう!? アタシらと鬼頭さんのどっちが正しい見積もりなのか、見定めてもらおうじゃないか!!」
田寄さんと局長さんのまくし立てるような言いあい。
局長さんの恐ろしさは知ってたけど、田寄さんも負けじと勇ましい。
局長さんはピクピクと額をけいれんさせ、机をバンバンと叩き始めた。
「こんの無礼もんがぁぁ!!」
「ホントにアンタが正しければ、土下座ぐらい何度でもしてやるさ! さあどうすんだい!?」
「言ったな、おい! じゃあ見定めてやろうじゃないか。俺の見積もりが正しいと思う奴ら、手ぇ挙げろ!」
もう売り言葉に買い言葉。
恐ろしくて仕方がない。
凍り付く会議室。
局長さんがにらみを利かせると、ユニゾン側の審査者は局長さんを含めて七名、全員が手を挙げた。
しかし、ルーデンス側の六人は誰も手を挙げない。
ルーデンスの見る目が正しいと分かり、私は安心する。
……それでも局長さんは高らかに笑い始めた。
「どうだ。過半数だ! しかも開発をよぉく知ってるユニゾンの全員が俺の見積もりを支持してるって判断だ。これは覆らねぇぞ?」
――その時だった。
勢いよく開く扉。
そしてカツカツと踏み込んでくる人影。
全員の注目が集まる中、その人物は静かな声でこう言った。
「僕はマヨイくんたちの計画通りに行くと思うよ」
この人は……私の憧れの人。
ドラゴンズスフィアシリーズの生みの親、私の恩人。
神野 游さん、その人だった。
「……神野さん!? どうしてここに……?」
「やぁヤスミン、久しぶりだね」
優しく微笑む神野さん。
その登場に、すべての流れが変わる予感を覚えた――。
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