第三十二話「最強の布陣(仇敵の転落 1)」

『ディレクター』

 ……それは創作の現場における王様。

 世の中の奴らはプロデューサーがすべての指示を出してるだなんて勘違いしてそうだけど、あれは金勘定と宣伝が役目の商売人なんだよねぇぇ。

 ゲームが誰のおかげでできてるかって言うと、それは間違いなくディレクター様のおかげなんだよ。ぬふふ。


 そしてこのぼく、伊谷見いやみディレクターの時代がついにやってきたってわけ。

 鬼頭局長直々のご指名ともなれば、将来は約束されたも同然なのさ。



「……あの、伊谷見さん。お客様が到着されました」


 応接室の扉がノックされ、女の社員が顔をのぞかせた。


「……ディレクター」

「えっ?」

「伊谷見ディレクター・・・・・・と呼びなよぉ。失礼じゃないの?」

「も、申し訳ございません! 伊谷見ディレクター、お客様が到着されました」

「ぬふ。通して」


 まったく、敬意が足りないよね。

 今日はぼく・・の監督作品『デスパレート ウィザーズ』のキックオフミーティング。主要スタッフの顔合わせと開発の立ち上げを宣言する、大事な日なんだ。

 コアメンバーがそろってるのに、ぼくの立場を曖昧にされては困るんだよねぇ。



 すりガラス越しの壁向こうを見ると、女の社員に連れられて、二人の男が歩いてくる。

 ついに来たね。

 この二人こそ今回の企画の目玉。外部の人気作家というわけだ。

 入室した二人の男は、ぼくら一堂に向かって礼をする。


「脚本家の江豪えごうだ。劇場公開中のアニメ『終焉のカルマ』では原案と脚本を担当させていただいている」

「おお、あの!」

「拝見しましたっ。面白かったです!」


 予想通りにざわつく応接室。

 髭をたくわえた彼は、アニメ業界でも引っ張りだこの人気脚本家。彼の手腕にかかれば、さぞや壮大で魅力的な世界と物語が紡がれるか……。

 今から楽しみだねぇ。


 そしてその隣、猫背気味の細い男が続いて礼をする。


「漫画家の……仙才せんさいです。えっと、あの。月刊少年ジャックで連載を……」

「知ってますっ。デビュー当時からのファンです!」

「先生のスタイリッシュなキャラ、絶対に子供たちにウケますよぉ~!」


 こちらもスタッフ全員が好反応。

 背を丸めてオドオドしているが、彼は若くして一線で活躍する人気漫画家。卓越したセンスとネームバリューでメインターゲットの心をわしづかみにしてくれるはず。

 なによりもキャラクターデザインなんて重要な仕事、社内の新人デザイナーに任せるわけにはいかないからねぇ。


 こんな豪華なゲストを呼べるなんて、さすがは鬼頭局長さまさまだよ。



「……さて、今日は我がユニゾンソフトの期待の新企画『デスパレート ウィザーズ』のキックオフですよぉ。このドリームチームで目指すはミリオンセラー! まずは企画概要と開発体制の説明をこのぼく、伊谷見ディレクターからお話させていただきますよぉぉ」


 照明を消し、スクリーンに映し出されるのは企画書のスライド。

 新人たちの名前はちゃんと消して、改めてこのドリームチームの面々の名前を連ねてある。

 企画書の絵に食いつくスタッフの顔に満足しつつ、ぼくは説明を続けた。



   ◇ ◇ ◇



「……とまぁ、以上が企画概要の説明となりますよぉ。ここまでで質問はぁ?」


 説明をいったん区切り、メンバーの反応をうかがう。

 すると、さっそく江豪先生が手を挙げた。


「私はゲームには詳しくないが、なかなか面白そうと思ったよ。……ところで現状の企画だと物語の要素が希薄に思えるんだが、私は必要かね?」


「そんなことありませんよ江豪先生ぇぇ~。昨今のゲームは多人数プレイのゲームであっても、ストーリーを楽しめる一人用の『キャンペーンモード』は望まれてましてね。先生のお力を発揮いただければと~」

「ふむ。ではしっかり力を入れる必要があるね。私の方でもいろいろと考えてみるよ」


 江豪先生は満足そうにうなずいてくれた。

 さすがはぼくのナイスフォロー。

 メンバーのモチベーションを維持するのもディレクターの役目だからね。


「……仙才先生はいかがですかぁ?」

「いや……あの。僕は特に。……もう素敵な絵があるし、僕の出番はなさそうだなぁって」


「何をおっしゃいますかぁ! うちで用意したのは、あくまでたたき台・・・・ですからぁ! 特にキャラなんて、先生のお力の前では霞んで飛び散るゴミも同然ですし~」

「……はぁ。……負けないように、頑張ります……」


 仙才先生は背中を丸めてうなずくだけ。

 やれやれ、こっちは一筋縄ではいかなそうだねぇ。まぁこれでも漫画界の第一線で活躍し続けてる人だ。机に向かえば問題ないかもねぇ。



「じゃあ、ほかに質問はぁ?」


 ぼくは改めて周囲を見渡す。

 すると一人から手が挙がった。


「あ、じゃあプログラマの僕から。資料内では触れられてなかったですけど、ゲームエンジンの選定はどうします?」

「お、いい質問!」


 ちょうど聞いてほしかった質問ににんまりする。

 ぼくは用意していたスライドをスクリーンに映し出した。



「今回の開発に使うのは、我が社の技術の結晶『ユニゾンエンジン』だよぉ!」


 スライドに『ユニゾンエンジン』のロゴマークが映し出されると、室内からは「おぉ~」とどよめきが起こった。

 それもそのはず。

 これは鬼頭局長の肝いりで開発された、万能のゲームエンジンだからだ。


「鬼頭局長からは『自らの未来は自らの力で切り開くべし』とのお言葉もいただいておりますよ~」

「自社エンジンなら全社的なサポートも万全。早いレスポンスが期待できますね!」


 ゲームエンジンとは、効率的にゲームを作り出すための開発の土台。

 昔は作るゲームにあわせてプログラムを一から作ってたんだけど、それだと最近の大規模なゲーム開発ではコストがかかりすぎる。

 だからどのゲームでも共通するプログラムやツールをあらかじめ用意して、効率よく作れるようにしたのがゲームエンジンというわけだ。


「特に今回のゲームは派手な魔法の映像美が肝になるわけだし、都市がリアルタイムで崩壊する派手さも演出したいんですよぉ。そんな時こそ万能の『ユニゾンエンジン』の出番って言うわけ」


「確かに! 最先端の物理シミュレーションとエフェクトシステムを備え、大量の素材データアセットを管理できる。我が社の技術の結晶ですものね~」



 完成された企画書と、これ以上ない最強の布陣。

 そして万能の『ユニゾンエンジン』。

 ぼくには見える。輝かしい未来が――。



   ◇ ◇ ◇



「『ユニゾンエンジンは万能』、『自社エンジンだから万全のサポート体制』……きっとそんな期待で心躍るんだろうけどさ。ぶっちゃけ高速化が未完成なんだよねー」


 追い出し部屋でパソコンを操作しながら、田寄さんはつぶやいた。

 彼女が操作する画面には『ユニゾンエンジン』の画面が開かれている。


「今から作ろうとしてるゲームって、1/60秒1フレームの判断が必要になるアクションゲームだろ? ユニゾンエンジンって多機能だけど、処理がまだまだ遅いのさ。例えるなら『キャンピングカーでレースに出る』ぐらいに間抜けな結果になるだろうね~」


 最近のゲームの作り方を田寄さんから教わっていた時、追い出し部屋仲間のプログラマさんから「うちの会社でもオリジナルのゲームエンジンを作ってるよ」と話題がでたのだ。

 その『ユニゾンエンジン』の名前が出た瞬間に、田寄さんはなぜか苦笑いしていた。


「社内で期待されてるのに、未完成……?」

「ははは。まあ彩ちゃんは知らなくても当然だよ。……それを知ってるのってエンジンの担当者以外だと、アタシら追い出し部屋組ぐらいなもんだからね~」


 そして教えてくれた話によると、鬼頭局長は社内でエンジンの使用実績を作るため、不都合な情報を隠してるらしい。

 エンジンの担当者さんはきっと完成を急かされてて、ストレスで胃に穴が開くんじゃないかなって、田寄さんは心配していた。



「田寄さんって、すっごく情報通~!」

「そんなんじゃないさ。……だって、エンジンの中心部分はアタシらが作ってたんだもん」


 田寄さんはさらりと言ったけど、真宵くんは驚きの声を上げた。


「えっ、ゲームエンジンを作った? 田寄さんって何者なんですか!?」

「ただのプログラマさ」


 すると、仲間のプログラマさんが「スーパープログラマだよ」って付け加えた。


「スーパープログラマ!? ゲームの仕様に詳しいから、てっきりプランナーだとばかり……」

「はは。実際に組み上げるのはプログラマだからね。詳しくて当然さ~」


 田寄さんは苦笑しながら、パソコンの中で別のエンジンを立ち上げた。

 起動画面には『スフィアエンジン』と書かれている。


「今は『ユニゾンエンジン』って名付けられてるけど、コアになってるのはアタシらが作った『スフィアエンジン』なんだ。元々は神野さんの新作用に作ってたんだけど……」


 そして田寄さんは暗く神妙な顔になる。


「……鬼頭局長に反発したら、すぐさま追い出し部屋行き。エンジンは未完成なのに取り上げられて……」


 その表情はいつもの彼女らしくない。

 なんだか怖くなるほどだった。



「あの、田寄さん……」


「あ、ごめんごめん。まぁ色々あっただけさ! 会社を辞めようと思ったこともあるけど、『スフィアエンジン』だけが心残りだったのさ~。……もう一度触れて嬉しいよ。彩ちゃん、ありがとーね」


 田寄さんだけじゃない。

 他のプログラマさんたちも私と真宵くんに頭を下げてくれる。


「未完成のまま放置するなんて、エンジニアとして残念でならなかったんです」

「ええ。諦めそうな時にお二人の頑張りで励まされて、やる気になりました」

「機材管理室の長さんからの手紙にも、夜住さんの熱意に感激したってありました。ありがとう!」


 彼らの感謝の声が胸にしみわたる。

 元々は真宵くんを元気づけようと思って始めたことだけど、想いはこんなにも広がっているんだ。


 田寄さんも腕まくりして、こぶしを高く掲げた。


「じゃあ『スフィアエンジン』を鍛えなおそうか! 高速化を実現すればゲームの快感が変わる。ゲーム作りの開始だよ!」


 気合は十分。

 私たちの開発が始まる――。

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