第三十三話「越権行為(仇敵の転落 2)」
「はぁぁ……。ほんと困ったよ~」
対面するなり、
ここは夜のルーデンス・ゲームス本社。その会議室。
担当プロデューサーの阿木内さんと打ち合わせしてることは会社にナイショなので、退勤したフリをして会うしかないのだ。
今回はチームに本格参加した追い出し部屋メンバーの代表として、田寄さんの初顔合わせにやってきたわけだ。
パソコンが入手できたのでメールも使えるようになったけど、顔合わせだから直接伺いたいと、田寄さんからの強いお願いだった。
だけど田寄さん、真宵くん、私の三人が会議室に入った途端、阿木内さんは絶望的な表情でため息をつき始めた。
「君たちの競争相手のチームなんだけどね。
どうやら伊谷見さんはプロデューサーへの相談もなしに外部の脚本家や漫画家をチームに加えてしまったらしい。
「あのぅ。私は詳しく分からないんですけど、それって問題なんですか?」
「う~ん……。ただ参加するだけなら……まあギリギリ問題ないんだけどね。話を聞けばネームバリューを利用する気マンマンなんだよね……。出版社に確認すればコミカライズの相談があったって言うし……。それってさ、プロデューサーの仕事なんだよね~」
「ははぁ。越権行為って奴だね。調子に乗ったディレクターにありがちさ」
田寄さんが言うには「ディレクターは現場の指揮者ではあるけれど、決して王様ではない」ということだった。
作品の魅力や面白さを作り出すのがディレクター。
予算を調達して利益につなげるのがプロデューサー。
ディレクターとプロデューサーはどっちが偉いとかではなく、役割や責任が違う。
お互いの協力が必須ということだった。
「そりゃぁ一人で両方の役割をこなせるスーパーマンがいるのも事実だけどさー。……伊谷見さんって初ディレクターで舞い上がってるようにしか見えないんだよ~。はぁぁ……。勝手に作家と出版社を巻き込んじゃってさぁ……。今から外すのも失礼になるし、どうするかなぁ……」
「あのっ。もしかすると、伊谷見さんにもちゃんと考えがあるんじゃ……」
「なかったよ~ん」
「ふぇ?」
「聞いてみたんだけど、『有名作家とタッグを組めば売れる』んだって~。もう、浅はかだよね~! ちゃんと売れる道筋を計画しないと作家さんの名前を
阿木内さんの怒涛の愚痴を前に、私たちはあっけに取られてしまった。
話を聞くかぎり、
なんだか、勝手に沈没してくれそうな気配があった。
「……ああ、ごめんごめん。いきなりの愚痴で失礼したね。今日は新メンバーの顔合わせだったよね。……っていうか、
「雑誌!?」
「ふぇっ? 私、ゲーム雑誌のインタビューは必ずチェックしてるのに、田寄さんのこと知らなかった……」
「あはは。普通は知らないから無理ないよ~。雑誌って言ってもCGの技術本だもん。『ドラスフ』シリーズの描画周りでインタビューを受けたことがあってね~」
私はショックを隠せなかった。
心から愛するゲームシリーズだから、ゲーム雑誌では開発者インタビューもくまなくチェックしていた。なのに、田寄さんほどの重要メンバーの記事を見過ごしてたとはっ!
確かにゲーム雑誌で載るのはプロデューサーやディレクター。たまにキャラデザの人ぐらいだけどさっ!
私の作品愛の底が知れたようで、自分にガッカリだよぉ!
うう~。急に阿木内さんがライバルみたいに思えてくる。
私よりも詳しいなんて、この人、ただモノではないね!
私がジト目してるのに相手にしてくれず、阿木内さんは田寄さんに向かって満面の笑顔だ。
「伝説の神野ディレクターの頼もしき相棒! ちょっと握手してもらっていいですか~? いやぁ、田寄さんがディレクターなら安泰だよん」
「違う違う。今回はアタシ、プログラマのチーフとアシスタントディレクターだから。ディレクターはこっちの真宵くん」
「えっ僕だったんですかっ?」
急に話を振られた真宵くんは、声が裏返るほどに驚いている。
「なに言ってるのさ。企画した張本人が責任取らなくてどうすんの~?」
「でも僕、経験ないですし……」
「あっはっは。だからアタシがサポートするって。……阿木内プロデューサー。現場はアタシをはじめとするベテラン勢がフォローするんで、安心しときな!」
そして田寄さんは阿木内さんとガッチリ握手を交わした。
ううっ。田寄さん、頼りになるぅぅ!
初顔合わせの場は空気も弾んで、とってもいい感じ。
そしてプリプロダクションの今後の方針について、話し合いが続いていくのだった――。
◇ ◇ ◇
阿木内さんからは、販売後にもサービスを運営できる仕組みを計画することと、ゲームを遊ぶ中での課金サイクルへの要望があった。
詳しい話は私だとよくわかんなかったけど、「ユーザーの不利益が決してないように注意しようね」という一言で安心できた。
とにかく最近のゲームは開発費がとっても高くて、ゲームを単体で売るだけだと利益が出にくくなってるらしい。
ゲーム自体のお値段は昔からさほど変わってないけど、開発費が何倍、何十倍にも膨れ上がってるらしいので、それは想像に難くなかった。
だから「ゲームを売って終わり」じゃなくて、「さらにサービスを継続することで長期的に利益を出す仕組み」が大事になってるらしい。
「まあ、ユーザーがちゃんと納得してくれて、きちんと価値あるサービスを継続するのが大事ってことだよん。……一時的な儲けに走ってユーザーをだますなんてことだけは、絶対にダメだからね~」
阿木内さんの話を聞いてて、心がチクチク痛んでくる。
機材管理室の長さんの話では、私の会社はお客さんをだましてばっかりの悪の会社らしいのだ……。
「あのぅ阿木内さん……」
「おや夜住さん、どうしたの~?」
「阿木内さんはうちの会社の悪事って、ご存じですか……? 最近だとガチャの確率とかのお話ですけど……」
その瞬間、空気が冷えた気がした。
阿木内さんの眼差しが冷たく光る。
「……レアリティ追加の件は炎上してたけど、確率詐欺の件はまだユーザーにバレてないみたいだね~。
「そう……ですか」
「夜住さん、もしかして
「い、いえ! そんな疑うだなんて……。私はお金儲けには疎くってわからないけど、阿木内さんのお話はお客さんに誠実だと思ったので、安心してます!」
「そっか。それはよかったよ~。……まあユニゾンさんの事はボクらも放っておくつもりはないから、安心してね。子供のやったことは親が責任を持たなきゃだからね~~」
そして、阿木内さんは一段と声を潜めてつぶやいた。
「もし内部告発したくなっても、今はちょっと我慢してくれると嬉しいな。ボクらを信じて、待ってて欲しい」
◇ ◇ ◇
ルーデンス・ゲームスの本社ビルを出ると、夜の冷たい空気が体を包み込んだ。
私は阿木内さんからの言葉に、改めて身を引き締める。
極秘に調査してるって話もそうだけど、さらに阿木内さんは言っていた。
『伊谷見さんへの愚痴を聞いて、もしかしたら安心したかもしれないね。……でもね。ディレクターは無能だけど、どうも彼の強気な態度には裏がある気がするんだ。……何をしてくるか分からないから、気を付けなよ~』
敵は伊谷見さんだけじゃない。
そう言っているのだと分かった。
「彩ちゃん、大丈夫?」
「……う、うん」
真宵くんの声で我に返り、目の前の二人を見る。
彼はもう大丈夫だ。田寄さんという最強のパートナーと一緒に、最近はバリバリとゲームの内容を決めていっている。
プログラマチームの結束も十分で、ゲームを作ることになんの不安もなかった。
……でも。
「おや、彩ちゃん。不安そうな顔してんね~」
「さすがは田寄さん。……わかっちゃいますかぁ」
「グラフィックチームのことだろ? まだ十分に機能してない。そもそも追い出し部屋にグラフィッカーが少ないからね。ちょっと作戦を考えないと、だね」
そうなのだ。
今の追い出し部屋は田寄さんを慕って残っていたプログラマさんが過半数。
遊びの根幹をつくることはできるけど、肝心の
これから作るゲームは3Dアクションゲーム。
だけど、私は3Dモデルが作れない。
そして、ゲームのグラフィックを作り出す経験は皆無に等しかった。
私、どうなっちゃうんだろう――。
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