第六話「誰がために企画はある? 2」

「え、ゲーム作るのに五億円も使うの!?」

「彩ちゃん、声がおっきい」

「ああぅ、ごめん。……でも、すごく多いね」


「いやいや、これでもかなり小規模なほうだよ……。広告宣伝費を含めるといくらになるか……。最近の大型タイトルだと五十億とか百億とか使うみたいだし」

「目がまわってきた……」


 五億円だとすると、私の大好きなビッグカツが五十円だから……一千万枚買えるのか!

 ……すごい。

 毎日食べても減る気がしない。


「昔は数千万円で作れた時代もあったみたいなんだ。今はハードのスペックや画面の解像度が上がってきたから、よりクオリティが求められるようになってきて、予算が膨らんでるんだって」


 真宵くんがいろいろと説明してくれるけど、私の頭の中では札束とビッグカツがぐるぐる回ってるだけで、気が遠くなるだけだ。

 ゲーム作りにそんなにお金がかかるなんて、知らなかった。


「いったい、何にそんなに使うの? ものすっごいコンピュータとか?」

「確かに機材費はかかるけど、ゲーム作りはほぼイコールで人件費だよ」

「人件費? お給料を五億円ももらう人がいるの?」

「いやいや。……まあ、そのあたりの説明は長くなるから、また今度ね」


 気になって仕方がないけど、まあ確かに驚いてばかりいるわけにはいかない。

 打ち合わせをすすめなきゃ。


「あ、そうだ。部長さんはどういうゲームをつくろうとしてるの?」

「剣と銃で戦う3D対戦アクションゲームみたいだよ。子供向けのデフォルメが効いててポップな絵柄だったかな」

「もしかしてカラフルな街の中で戦うゲーム?」

「そうそう。知ってるの?」


 そのことを聞いて、以前の仕事場のことを思い出す。

 そう言えば周りにいた何人かのデザイナーさんはそういう雰囲気の絵を描いていた。

 イラストのチェックと修正作業が大変だったので相談した時も、井張さんからの依頼があって余裕がないと断られたんだった。


「みんな忙しそうだったなぁ……。締め切りが近かったりするの?」

「……実は、あと二週間後に企画会議があるんだ」


「二週間!? あと十四日かぁ」

「違う違う。土日出社は厳禁だから、営業日は十日だけなんだよ。……っていうか彩ちゃん、まさか今まで土日も仕事してたのっ?」

「えへへ……。お仕事がいっぱいあったから」


 まだ何も取り掛かっていないのに、あと十日しかないのか……。

 能天気に真宵くんを焚きつけちゃったけど、ちょっと不安になってきた。



 その時、顔を上げると田寄さんがすぐそばに立っていた。


「なに? ゲームの企画書を作ってるの?」

「そうなんですよ、田寄さ~ん。私が一緒にやろうって言ったんです。でも時間がないので大変だねって話してて」


「若いねぇ。でもやめときなよ。頑張るだけ意味ないって。握りつぶされてポイってオチだよ? 高額の予算を使ってゲームをつくるなんて、お偉いさんにしかできないんだから」

「……ですよね。五億なんてお金、僕みたいな新人に任せてくれるはず、ないし……」


 また真宵くんは暗くなってしまった。

 彼はいろいろと深く考えるのは得意だけど、悩みすぎて立ち止まってしまうところがある。

 以前も「悩みすぎて進めないのが悩みだ」って言ってたなぁ。


「まずは気楽に考えようよー。真宵くんはどんなものを作りたいの?」


「……うぅ。……ぜんっぜん何も浮かばない……」

「真宵くん……」


 深刻そうな顔を見て心配になる。

 そんな私の空気を察したのか、真宵くんはハッと顔を上げて笑った。


「あ、ごめんね。さすがに急な話だから、なんの準備もしてないだけなんだ。まずはイメージを膨らましてみるよ」

「じゃあ私も何か絵を描く!」


「ありがとう。……じゃあ、とりあえず彩ちゃんが作ってみたいイメージについてネタだししてくれるかな。明日にでもすり合わせてみよっか」

「合点承知!」

「ははは。じゃあ、ちょっと自席に戻るよ。いつまでもいないと怪しまれるしね」


 そう言って真宵くんは部屋を出て行ってしまった。

 真宵くん、大丈夫かな?


 ……まあ、私は悩んでいても仕方がない。

 とりあえず『追い出し部屋』に与えられた雑用に戻ることにする。

 汚れたキーボードを掃除しながら、漠然と自分がどんなゲームを作りたいのか考え始めてみた。



 すると、田寄さんがニヤニヤしながら横に立つ。


「彩ちゃんも、頑張るだけ損だって~。……ああでも、彩ちゃんだったらチャチャッとなんでも描いちゃいそうだよね」

「ふぇ? 私が絵を描くこと、知ってるんですか?」


 田寄さんには私がデザイナーだと説明してなかった気がする。

 そもそも彼女とは、このお部屋に来た時に初めて会った気がするのだ。

 でも、彼女は「ははは」と笑いながら答えた。


「彩ちゃんって、神野さんのチームにいたでしょ。当時の会議でも話題になってたよ、新人でうまい子がいるって。神野さんも『僕が採用したから、間違いないんだ』って言ってた言ってた」


 そんなことを言われてたんだ。

 ……嬉しい。

 神野さんに憧れて入社したので、その言葉は何よりも嬉しかった。


「もしかして、田寄さんも同じチームに?」

「いたじゃん! 彩ちゃん、もっと周りを見なよー」

「モノづくり以外、あんまり興味がなくって……」


「はぁ~~。本人はあんなに有名人だったのにね~」

「有名!?」


「なんか抱き枕を抱えて仕事してる変わった子がいるって、有名だった。可愛いから男性社員がチラチラ見てたけど、気が付かなかった?」

「かかか可愛い? なに言ってるんです?」


「背がちっちゃくて、ショートボブで、抱き枕を抱えて歩いてるんだよ? これが可愛くないといえようか!」

「背……背が低いのは気にしてるので!」


 ……言われながら、困ってしまう。

 ネットで自分の作品を褒められることは多かったけど、自分自身が可愛いだなんて言われるのは初めてだ。

 ちょ、ちょっと待って。心の準備が!

 私は恥ずかしくなって、枕に顔をうずめるしかなかった。


「いやぁ懐かしいなぁ。神野さんがいた頃は忙しかったけど、楽しかったよね」


 ふと見上げると、田寄さんはどこか遠い目をしていた。

 彼女につられて、去年まで存在していたチームのことを思い出す。


 神野さんのチームは優秀な人ばかりだった。

 やる気に満ち溢れていて、尊敬に値する人ばかりだった。

 そのチームの中で、この駄菓子屋お姉さんもバリバリ働いていたわけだ……。


 他人に興味がないながらも、なんとなく気になり始めていた。

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