第五話「誰がために企画はある? 1」

「ここが彩ちゃんの新しい職場……。お邪魔しま~……」


 キャリア開発室……私の今の仕事場に入るなり、真宵くんは黙ってしまった。


「どしたの、真宵くん?」

「ここが追い出し……じゃなかった、キャリア開発室かぁ。いろいろヤバいね」


 ヤバい……?

 うん、まあみんな元気がないと思う。

 椅子に座ってずーっとぐるぐる回ってる人もいるし、机の下で丸まってる人もいるし、壁に向かってブツブツ言ってる人もいる。


「……あの、皆さんは何やってるの?」


 そう言って、真宵くんは部屋の中央に目を向けた。

 仕事机の上にはたくさんの段ボールが積み上げられ、何人かの人たちが黙々と作業をしている。

 手に持っているのは膨大な量のパソコンのキーボードだ。


「えっとね、機材管理室から送られてくるキーボードのほこり取りとか、LANケーブルの断線の有無を調べたりとか、他にも……」

「ごめん、もう大丈夫……。みなさんの元気がない理由、すごくわかるよ」


「え、みんな元気がなかったんだ?」

「なんだと思ってたの!?」


「えっと……ほこり取りに熱中しすぎて静かって。だって、けっこう楽しいんだよ! 意外とキーボードごとに個性があって、毛くずの多い人とか飲み物のシミがついてる人とか。シミもコーヒーとかジュースとかいろいろな匂いがあって!」

「オーケーオーケー。彩ちゃん、それぐらいで!」


 真宵くんは頭を振りながら、私の言葉を遮ってしまった。

 すると、「うう……ううう……」とゾンビみたいにうめく人が近寄ってきた。


「ひ、ひぃぃ……!」

「大丈夫だよ。その人はゾンビマニアさんだから」

「そんなわけないでしょ! 心が折れてるんだよー!」


 真宵くんはゾンビマニアさんに寄りかかられながら、ひぃぃと悲鳴を上げ続ける。

 すると、部屋の奥から女の人の声が響いてきた。


「はいはい。怖がってるから、そのぐらいにしてあげな!」

「うう……あぅぅ……」


 ゾンビマニアさんはうめいた後、すごすごと退散していく。


 声の方を見ると、ロングヘアで眼鏡のお姉さんがニヤニヤしていた。

 彼女の席の上にはひな壇の上に飾られた、多種多様な駄菓子が並んでいる。


「ありがとうございます……。って、お菓子屋さん?」

「あ、このお姉さんは駄菓子屋の田寄たよりさん」


 私がお姉さんを紹介すると、彼女は眼鏡をきらんと光らせながら足を組みなおした。


田寄たより しきだよん。こんな僻地へきちにエリートクリエイター様が来ちゃぁ、ダメじゃ~ん」

「いや、ただの新人プランナーですよ……。彩ちゃんの同期で、真宵まよい まなぶです。よろしくお願いします」

「あいよー。とりあえず菓子でも買っていけば? カップ麺もそろってるよ~」


 田寄さんは商品棚をぽんぽんと叩く。

 棚を見て、私の好物があることに気が付いた。


「あ、今日はビッグカツが入荷してる! 好きなんです~」

「彩ちゃん、好きだね~。買い占めるもんだから、多めに仕入れといたよ」


「あの、何してるんです?」

「なんだい、エリートくん。見りゃわかるだろ?」

「いや、ここはゲーム会社ですし……」


「エリートクリエイター様と違って、出社後は自由にコンビニに行けないからさ。せめて憩いの場を作ってやろうというありがたーい心意気なのさ」

「そう……ですか」


 真宵くんは言い淀みながら、暗い表情になる。

 田寄さんは大げさにため息をついたかと思うと、真宵くんの背中をバンと叩いた。


「な~に暗い顔してんの! 同情でもしてんの? そんなのいらないし! ……ほらほら、用事があるなら済ませて、出てったほうがいいよ~」

「そう……ですね。じゃあ彩ちゃん、はじめよっか」


 そう言って、真宵くんは部屋の隅へと歩いて行った。



   ◇ ◇ ◇



 仕事部屋の隅に椅子を移動させた後、私たちは打ち合わせを始めることにした。

 一応は秘密の会議なので、真宵くんとしては隅っこで静かにやりたいらしい。

 私もちょっと真剣な気持ちになり、お気に入りの抱き枕をギュッと抱きしめた。


「とりあえず僕らのゲーム企画をどうするかだけど、まずは何が求められてるのかの説明が必要だよね」


 真宵くんはポケットから小さなメモ帳を取り出すと、開いて見せてくれる。

 そこには簡単なメモが書かれていた。


「これが前提条件なんだ」



・スマートフォンを含むマルチプラットフォーム

・メインターゲットは日本国内に住む小学生高学年男子

・運営型の対戦アクションゲーム

・開発予算は五億円(プロモーション費用含まず)



「五億円!? 多っ!!」


 日常生活では出てこない桁の金額に、私はおののいてしまった。

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