第四話「偽りの栄光(古巣の凋落1)」

 ――株式会社ユニゾンソフト。

 この俺、いかりが部長を務めるゲーム開発会社だ。

 いまでこそ勢いが衰えてきたが、日本のゲーム業界を黎明期の頃から支えていた老舗しにせと言っていいだろう。


 いっときは神野かみのディレクター率いる『金食い虫ども』の失敗のせいで会社が傾きかけたが、神野をはじめとする諸悪の根源を辞めさせ、残った人員も無事に調教済みだ。

 俺が部長職に上り詰められたのも、神野組の一掃に尽力した功績が認められたからに違いない。

 ユニゾン我が社の復権は、俺の手にかかっていると言っても過言ではないのだ。


 現に、業界でも五本の指に入る大会社『ルーデンス・ゲームス』との共同事業を任せられることになったのだ。これも俺の力の賜物だ。

 今まではメディアや客がこぞって神野ばかりをもてはやしていたものだが、ようやく俺の時代が来るかと思うと笑いが止まらない気分だった。


「……いかり部長。参りました」


 部長室の扉がノックされ、頭を下げながら一人の青年が入室する。

 我が部の頼もしいアートリーダー、井張いばりだ。


「来たか、井張。……お前のところのイラスト制作ラインは順調か?」


「もちろんです。次回のガチャ更新分の絵素材はすべて実装できてますし、現在はその後にひかえるSSレアのレイアウトに着手中です。絵の内容が少し複雑になるのでラフスケッチの提出にはまだ時間がかかりますが、オンスケジュールです」


「うむ、さすがは井張。……さらに高レアリティのSSSレアの実装予定もある。バズること間違いなしだな」


 彼のおかげで複数のアートラインがうまくまわっているし、彼自身も絵が描ける。

 今までの貢献を評価して俺の新企画でキャラクターデザイナーを任せたところ、非常にやる気を出してくれたものだ。


「キャラデザインの進捗はどうだ?」

「はい! 部長のオーダーに従って各キャラ三案ずつ用意してまいりました。あとは世界観のイメージボードもこの通り……」


 井張は傍らに持つバインダーを開くと、二十点以上のスケッチをテーブルの上に広げてくれた。


「凄いじゃないか! たった一週間でこの点数とは……」

「うちで完全新規のプロジェクトを立ち上げるのは久しいですからね。ご期待にそえるように頑張っています」


 目の前の成果物に満足しながら、複数案から一つに絞り込むことにする。


「……うむ、この真ん中の案がいいな。小学生向けの製品なら、このぐらい頭身を低くした方がいい。我が社のブランドイメージにもふさわしい。このままデザインを詰めていってくれ」

「承知しました!」


「くれぐれも長時間残業はするなよ。ただでさえ労基ろうきに目をつけられてるんだからな」

「その点はご心配なく。スケジュール管理は万全です」


 労基……『労働基準監督署』からの是正勧告を受けたのは昨年のこと。

 長時間残業の巣窟だった『神野組』は立ち入り調査によって厳重な注意を受けることになり、俺も残業の撲滅に尽力した。

 大事な要素が製品版マスターROMに間に合わない……とディレクターの神野はほざいていたが、予算を超過したり長時間残業が必要な状況になるヤツが無能なのだ。



 無能と言えば、あの抱き枕をかかえる新人女を思い出す。

 なんだ、あの頭のおかしい女は。

 残業癖があるどころか勝手に会社に寝泊まりするなんぞ、いつ労基に口出しされるか分かったものじゃない。


 新人女をヒマな部署に追放し、これでスッキリできる。

 しばらくすれば自分の無能さを痛感し、自ら辞めてくれるだろう。

 俺の目には、この先の輝かしい栄光がくっきりと見えるのだった。



   ◇ ◇ ◇



 アートリーダーの井張が作業部屋を離席していた頃、彩の後任としてやってきたスタッフはほとほと困り果てていた。


 ほんの数日前のことだ。

 急に部署異動することになり「君ならできるから」と任された現場は、いわゆる『ソシャゲアプリ』のガチャ用のキャライラストのチェック作業だった。

 デザイン資料と食い違う部分がないかのチェックで十分だから……と言われているけど、外注先から届いた絵はそれ以前の問題だ。

 3Dモデルのマネキンがポーズをとっているだけの画像。

 何案もあるので、「この中から選んでくれ」ということらしい。


 しかし表情やキャラの特徴が分からない状態だと、どこで良し悪しを判断すればいいのか分からない。


「もう少し判断できる状態でもらえませんか?」とメールでお願いしたところ、「以前の担当者はこれで判断してくれていた。すぐに返答してくれないとスケジュール的に困る」という旨の返答があった。

 そんなことを言われても、デザイナーでもない自分には難しい。



 その時、仕事部屋に井張さんがようやく帰ってきた。


「井張さん、チェック作業で助言が欲しいんですが……」

「え、今? ちょっとミーティングが立て込んでてさ。あとにするか、メールでお願いできない?」

「いや、メールをしても……」


 言いかけた時には、もう井張さんは退室したあとだった。



「……メールをしても、ぜんぜん返信してくれないじゃないですか……」


 メールに返信はなく、

 内線電話をしても「忙しいからダメ」と言われ、

 そして、いつも本人はいない。


 同じ作業部屋にいるデザイナーさんたちに相談しようにも、「今は新企画の作業で手一杯なんです」ということで相手にしてもらえない。

 デザイナーさんたちは申し訳なさそうに言っていて、実際に忙しそうに絵を描いている。

 邪魔ができる空気ではなかった。


 前任者だった夜住やすみ あやさんに助けを求めたいところだけど、メールも電話も全くつながらない。本人の居場所も分からない。

 すでに八方ふさがりだった。


 仕方がないので、改めて3Dマネキンの画像を見比べる。

 ……やっぱりポーズの良し悪しはよくわからない。

 でもスケジュールが迫っているので、今までに作られたイラストとキャラクター性を元にしながら一案を選ぶしかなかった。

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