第三話「ボツ前提の捨て企画?」

「なんだ夜住くん。仕事もないのに出社するなんて、給料泥棒ってやつじゃぁないか?」


 すぐ近くから漂ってきたどす黒いオーラ。

 その出所に目を向けると、自動販売機の前に部長さんが立っていた。

 部長さんは私たちに薄笑いを向けてくる。


「社内ニートなんてなりたくないねぇ。もし俺がそうなったら、会社にはいられないなぁ」

「部長、さすがにちょっと言いすぎです」

「なんだ真宵。お前はサボってる場合か? 企画書ぐらい、ちゃちゃっと提出しろよ。じゃあな」


 部長さんは真宵くんを一瞥いちべつすると、鼻歌交じりに立ち去っていく。

 真宵くんは……一瞬で表情が暗くよどんでしまった。



「元気ない? 抱き枕、だいてみる?」

「い、いや。さすがに遠慮しておくよ。それに彩ちゃんにとっての抱き枕って、命綱だし」

「それは言い過ぎ……でもないかも」


 私は抱き枕をだいてるだけで安心する人間。

 推しキャラがくれる勇気と元気が、現実世界の私を動かす原動力なのだ。

 もし手放したとすれば……無口なネガティブ無気力人間になってしまう。

 さすがに通勤中は抱き枕に頼るわけにはいかないので、仕事があろうとなかろうと、抱き枕と一緒にいられる職場は安心できるのだった。


 真宵くんは私との会話で少し緊張が解けたのか、話し始めてくれる。


「……実は新しいゲームの企画書を書いてるんだ」

「新しい企画! いいな、楽しそう。任せられるなんて凄いねえ~」


 企画書と聞いて、私も心がウズウズしてくる。

 うちの会社は続編物ばかりの印象だったので、新しいゲームというだけで新鮮だった。


「凄くないよ。……捨てる予定の企画書を作るんだ。モチベ、あがんないよ……」

「捨てる……予定・・?」


「うん。本命の企画を通すために、わざとボツの企画書を作るんだよ。ひとつの案の良し悪しを論じるより、複数を比較したほうが本命が選ばれやすいってことなんだ。……それにしても、わざとダメなゲーム企画をつくるなんて、拷問だよ……」


「……本命の企画って、誰がつくるんだい?」

「部長……だよ」


 真宵くんは辛そうに顔をゆがませ、いつまでもため息を吐きだすのだった。



 モノづくりは最高に楽しい仕事のはずなのに、なんでこんな辛い思いをしないといけないんだろう。

 そう思った時、いつの間にか私は立ち上がっていた。


「真宵くんが面白いって思うものを、本気で作ってみようよ!」


 ビックリした顔の真宵くんに向かい合い、思いが口から飛び出していく。


「複数の企画で競い合うっていうやり方自体は、とってもいいと思うんだよ。でも部長さんのは八百長やおちょう試合みたいで、なんかカッコ悪くないかな? 企画を通すことが目的になってて、お客さんに楽しんでもらう意識が抜けてると思う」

「彩……ちゃん?」


「企画づくり、手伝っていいかな? 面白いと思えるものをちゃんと作って、私たちで本命企画を倒しちゃおうよ! ……そのぐらいの気持ちでぶつかり合わないと、いいものが生まれるわけがない。それに『楽しさ』に向き合えれば、真宵くんも元気になれると思う!」


 そう、お客さんのことを第一に考えるべきなのだ。

 それが『遊び』を作り出す者にとって大事だし、後ろ向きの気持ちでは『楽しさ』を生み出せない。

 ボツ前提の捨て企画?

 そんなのチャンスに変えればいい!



 でも真宵くんはというと、冴えない顔で頭を振るばかりだ。


「……ありがとう。でも無理だよ。捨て企画になってるかどうかチェックされるし、本気の企画をつくるにしても余裕が……」

「じゃあ捨て企画と本気企画のどちらも作ろう!」


「でも時間が……」

「私が絵を描くし、アイデアも出すし、捨て企画をつくるのだってやるよ!」


 言いかけた真宵くんを私はさえぎる。

 言い訳する時間があれば、動いたほうが何倍もいいに決まってる!


「ほーらここに、時間とパワーが有り余ってるデザイナーがいるのだよ! 追い出し部屋なら、こっそり作るのにもちょうどいいし!」


 私がヒマになってしまったのも、今日ここで真宵くんとお話したのも、きっと運命なのだ。

 せっかく監視の目がない『キャリア開発室追い出し部屋』に異動になったんだから、この状況を利用しない手はない。

 パソコンがなくっても、紙とペンがあれば絵が描ける。

 私を止めることなんてできないのだ。

 モノづくりこそが私の生きがいなのだから――。

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