第三十九話「偽物の末路(仇敵の転落 4)」

 鬼頭局長からの呼び出しを受けてから、嫌な予感が止まらなかった。

 胃がきりきりと傷む中、ぼくは局長室の扉を開ける。


 そして、嫌な予感はさらに色濃くなる。

 そこにいたのは鬼頭局長だけではない。

 ルーデンス・ゲームスの担当プロデューサー、阿木内 雅の姿があった。


「伊谷見くん。まあ、そう緊張せず。……こっちに来なさい。阿木内くんからお話があるそうだ」


 鬼頭局長の手招きに応じて、ゆっくりと進む。

 局長は普段と変わらない落ち着いた様子だけど、爆発した時が恐ろしいので、逆鱗に触れないように気を付けなくてはいけない。

 阿木内プロデューサーは相変わらずのニヤついた顔で、こちらも内面が見えなかった。


「お、おお、お話とは?」


「伊谷見さ~ん。プロトタイプの開発、随分と手こずってるみたいだね~。先日提出された途中段階のROMを触ってみたんだけどさ、処理落ちしまくってガッタガタだねぇ。大丈夫なのぉ~?」


 くそ。

 その問題は言われるまでもなく把握しているんだよぉ。


 ……すべては『ユニゾンエンジン』のせいなんだ。

 味方キャラを増やして画面が派手になると、加速的に処理が重くなる始末。

 困ったのでエンジンの高速化をエンジン開発チームに打診したのに、改善されるのは半年以上は待たされるときた。

 それだと審査会に間に合わないし、今からエンジンの変更をすると間に合わないし、八方ふさがりなのだ……。


「それは……あのですねぇ。ユニゾンエンジンの処理が重くて」


 報告しようとした時、局長の目が吊り上がった。


「なんだね伊谷見くん。エンジンのせいにするのか?」

「いい、いやっ! めっっそうもございませんっ! まだデータの最適化ができていないだけでして、データを軽量化することで、十分に遊べるものになるはずですぅ」


 しまった。

 ユニゾンエンジンは鬼頭局長の肝入り。

 不満をぶちまけたいところだけど、そんなの怖くてできるわけがない……。



「あと、マルチプレイもまだ実装されてないみたいだけどぉ? 『他プレイヤーとの共闘』が企画の骨子なのに、心配だなぁ」


「それはですねぇ……。複数キャラを表示すると、処理が重くなり……。あっ! エンジンのせいではございませんよぉ。これもデータの最適化が済めば解決するはずでしてぇ……」


「ふぅん。……ま、現場のアレコレに口出すのはボクの役目じゃないんで、伊谷見さんの采配を信じるしかないねぇ」


 そして、ようやく阿木内プロデューサーは口を閉じた。


 ……どうやら話は以上かなぁ?

 緊張してたけど、内容は大したことがなかったよ。

 審査会まであと三か月もあるんだ。それぐらいの指摘なら、きっとこれからの調整でどうにでもなる。



「……では、ぼくはこの辺で失礼して、現場にもど」

「いやいや、待ってよ~。本題はこれからなんだから」

「はっ?」


 嫌な予感が再び頭をもたげる。

 心臓をギュッと掴まれた想いで振り返った。


 見ると、阿木内プロデューサーだけではなく、鬼頭局長まで表情が凍り付いている。


「実はねぇ、少年ジャックの編集部からルーデンスうちに抗議があったんだよ~」

「こ……抗議、ですかぁ?」


「あなたがデザインを発注してる仙才先生ね。執拗しつよう催促さいそくでノイローゼになっちゃって、原稿を落とされたんだって~」

「えっ!? ……そんな、まさかぁ」


 そんなこと、知らなかった。

 確かに昨日、仙才先生はやけに弱気になっていたけれど、まさかそこまでだったとは……。


「昨日も先生に酷いことを言ったんだってね~?」

「伊谷見くん。どうなのかね? ……ん?」


 目の前の二人に威圧され、全身にぶわっと汗が噴き出る。

 まともに目を合わせられない。

 心臓が痛い。


「いや、あの。……締め切りに間に合わずに困っていたのは我々でしてぇ……」

「どんな酷いことを言ったのかね?」


「ス……スケジュール的に難しいなら、我々のデザインを活用してくださいと……提案したまででしてぇ……」


 そうだ。

 別に後ろめたいことは言ってなかったはず。

 たぶん、おそらく……。


 だけど阿木内プロデューサーの目は、まるで獲物を逃がさない蛇のようだ。


「おやぁ? 舌打ちされた上に『デザインなんて企画書と同じでいい』なんて言われて、絵描きとしてずいぶんと傷ついていらっしゃったようでしたよ~? あと、じわじわと精神的に追い詰められていたとか」


 仙才……あの陰気野郎。……告げ口しやがって。

 た、た、確かにそう言ったかもしれないけれど。

 だからといって、勝手なニュアンスで受け取るんじゃないよ……。


「伊谷見さ~ん、聞いてるぅ?」

「え、あ……はい」


「今回はボクがていちょ~うに頭を下げたのね。ボクの預かりしらぬところの問題とはいえ、一応プロデューサーだからね~」

「……ありがとう……ございます」


 答えたと同時に、ドンッと大きな音が響いた。

 局長が机をたたき、ぼくをにらんでいる。


「伊谷見。……なんだ、その答えは。礼を言う場面じゃないだろう? そもそも、外部作家の起用は、お前・・が、無理・・に、俺に頼んだんだ。しかも、聞けばルーデンスさんに何の断りもなかったそうじゃないか?」


 あれぇ?

 作家先生の起用って、ぼくが頼んだんだっけ?

 記憶では、鬼頭局長が「人気作家とのコラボは売れそうだな」と言って、二人の先生の作品を見せてくれたはず……。


 ずいぶん前のことで記憶がおぼろげになってるけれど、必死に思い出す。

 そして、思い出した。


 ……局長は「起用しろ」とは一言も言ってない。

 ぼくが勝手に同調しただけだ……。

 ディレクターになりたくて、気に入られようとして……。


 あの時は局長もノリノリだったはずなのに、手のひらを返したような態度が恐ろしい。

 これがハシゴを外されるってことなのか……。


 いや、まだ終わってない。

 まだ弁解のチャンスはあるはず。

 こんなときは土下座しかない!

 ぼくは局長の前に進み出て、床に頭を付けた。


「申し訳……ございません」


「俺に謝ってどうなる? 阿木内くんに謝らんか、このバカ者があぁぁぁあっ!!」

「ひいぃぃぃっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ぼくは必死に謝った。

 それなのに、局長の小言は続く。


「……そもそも、現時点でまともに製品が動かない状況はどうするつもりだ? 伊谷見、確かお前は言ったな? 『新人に任せてもろくに出来上がらない。ぼくなら三か月もあれば動かせる』……と」


「あ、あれはエンジンが想定通りであれば……」

「ほう、またもやエンジンのせいか。残念だ。本当に残念だ。……課長のお前が、わざわざ部長たちに根回しをしてディレクターを名乗り出たんだ。その心意気を汲み取ってやったのに、このていたらくをどう説明つける?」

「あの……その……」


 頭の中が真っ白で、なにも思い浮かばない。

 そして、局長は立ち上がった。


「……伊谷見ディレクター。現時点でお前を更迭こうてつする」

「こ……更迭っ!?」


 更迭……つまりディレクター職を降ろされるということだ。

 その残酷な言葉に、身が震える。


「阿木内くんも、異存はありますまいな?」


「う~ん。ボクとしては心配の種が増えるだけですけどね~。……ま、鬼頭局長が『口を出さないように』とのことなので、静観させていただきますよ。最終的にプリプロダクションの審査で開発力を証明いただければ、特に言うことありませ~ん」


「ふむ。では決まりだな」


 二人の間でどんどんと話が進んでいく。

 ぼくはすがり付くような思いで割って入った。


「い、いやちょっと待ってくださいよぉっ! こんな中途半端な時期にディレクター不在だなんて意味が分からないですよぉ……。チームを把握してるぼくが続投したほうが……」


「ふん。お前よりもまともな人材を充ててやるから安心しろ。お前がチームを把握してるんなら、後任ディレクターの部下・・としてサポートに回れば十分だろう?」

「サポート……」


 いやだ。

 栄光のディレクターを降ろされるのも我慢ならないのに、恥をさらしながらチームに残るなんて死んでもいやだ。

 ぼくは首を横に振る。


「なんだ、嫌なのか? お前は以前も『ディレクターになるから』と言って残務を古巣に押し付けたよな? またもや責任を放棄して去るつもりか?」


 ……そんなことを言われたら、ぐうの音も出ない。

 これ以上逆らったら、追い出し部屋に追放されてしまう。

 それだけは嫌だった。


 ぼくは、改めて床に額を付ける。


「う……ぐぅ……。い、い、嫌では……ござい、ません。万全にサポートして、みせますですぅぅ……」

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