第四十話「真実の扉を開こう 1」
「え、そんな大胆なっ」
「ろ、露出高いね……。
「やっぱり胸全開はマズいかぁ……。チラ見せぐらいがちょうどいいよねっ」
「隠すと、それはそれで想像が搔き立てられてヤバイですね」
胸全開!?
チラ見せ!?
怪しげな単語が聞こえてきて、僕は耳を疑った。
横目に見ると、追いだし部屋の一角に
彩ちゃんの声も聞こえるので、あの集団の中にいるらしい。
この僕こと真宵 学は新人とはいえディレクター。
チームを任せられている身として、職場の風紀の乱れを放っては置けない!
とっさに現場へと駆け寄る。
「彩ちゃん、ししし、仕事場でなにやってるの!?」
人ごみをかき分けていくと、机に向かう彩ちゃんが振り返った。
「あ、真宵くん」
「こ、こんなところで胸とか見せちゃダメ!」
「ダメかぁ~。ディレクターがそう言うなら仕方ないなぁ。カッコいいだけよりもアクセントになると思ったんだけど……」
「……え、どういうこと?」
とっさに彩ちゃんの胸元を見るけど、別に何の問題もない。
相変わらず抱き枕をかかえながら絵を描いてるところだった。
「ふぇ? キャラデザのアイデア出しだよ?」
そう言って見せてくれた紙には、肌色面積の広い少女の絵が描かれている。
胸元は修正されているのかジャケットの前が閉じられてるけど、逆に胸の横の隙間からふくらみが見える絵になっていた。
……これは、彩ちゃんが得意とする『ちょっとエッチ』だ。
あくまでも健全だけど、男の心理をくすぐってきて想像を膨らませる。
彩ちゃんはこういうストレートな表現も抜群にうまかった。
「おぉぉ……。これ、メチャクチャ人気出るタイプのヒロインだよ。……って、ヒロインをプリプロで作る予定はないよ?」
「今後のネタ出しだよ~。えっと、本制作向け?」
「え? もう本制作のアイデア出ししてるの? プリプロの仕事は?」
「全部終わっちゃったよ~」
あっけらかんと答えてるけど、まだ残り三か月も余ってる。
プリプロの仕事はそう少なくないのに、それを全部?
まさかと思ったけど、確かに僕が発注している分はすべて納品されてることを思い出した。
彩ちゃん、なんて恐ろしい子……。
「た……確かに、デザインは全部終わってたよね。変わらず神がかってて最高だった……」
「えへへ。審査会の発表用のイラストも昨日チェックしてもらったので終わったし、実はモデル班のテクスチャ制作のお手伝いも、できるところは終わっちゃったの」
「そうなんだよ。夜住さんって2Dの絵だったらなんでも描けちゃって! だからわたしたちモデルチームもすごく助かってるんだ」
そういって片地さんが微笑んだ。
……片地さんの笑顔、ヤバいな。
本当に女性に微笑まれてるようで、胸がムズムズしてくる。
あ。ちなみに片地さんは、会社では男性の格好をしている。
女装は基本的に秘密らしい。
さらにほかのグラフィッカーさんたちも、彩ちゃんがいかに凄いかを熱弁してくれる。
「最近、画面のクオリティが格段に上がったと思いません? 夜住さんの指示が的確で、言う通りにするだけでクオリティが上がるんですよ!」
「しかもテクスチャ作成がはやくて上手くて、僕らがモデルを作る手が間に合わないぐらいなんです~!」
「お待たせするのも申し訳ないですし、『本制作のアイデア出しをしては?』って、提案してたんですよ~」
グラフィッカーさんたち、完全に彩ちゃんのとりこになってる……。
うん、その気持ちは凄くわかるよ。
僕だって同じだから。
そして同時に、そんな彩ちゃんでさえ泊まり込みで残業していた時代を思い出した。
「もしかして彩ちゃん、作業のスピードが上がってる? ……確か以前にやってたソシャゲの仕事は泊まり込み必須って言ってたよね?」
「あ、あれはねぇ。普通に一人で全部やってたから量が多かったし、他の人の絵に完全に似せるのは難易度が高いんだよ~。だから、自分の絵柄のままならスピードが出せるんだぁ」
さすがだ。
さすがすぎる。
すると、片地さんが思い出したように口を開いた。
「そういえば、ここ最近は追い出し部屋の雑用が一切来なくなったのも大きいよ。わたしが会社に来なくなる前は多すぎる無駄作業で一日が終わるぐらいだったもの」
「うん。創馬さんとも『不思議ですね』ってお話してたの」
そう言って不思議がる二人。
でも、僕はその真相を知っていた。
「ああ。それなら機材管理室の
「
「ほら、僕らの秘密の開発のこと、長屋さんは応援してくれてるでしょ? 雑用は機材管理室を通して来るわけだから、長屋さんが止めてくれてるんだよ。書類に『作業完了』って書いて送り返してくれてるらしい」
「そうだったんだ……。作業してないこと、バレないのかな?」
「どうせ結果なんて調べられないよ。元々どうでもいい雑用だったんだから」
「長さんには絶対に恩返し、しなきゃだね……」
彩ちゃんが言う通り、本当に長屋さんや機材管理室の人たちには感謝しかない。
そもそも、ネットがつながらないはずの追い出し部屋にLANをつなげてくれたのも機材管理室の人たちなのだ。
雑用作業のためのダンボールに紛れ込ませて機材類を持ち込んでくれて、床下にケーブルを仕込んでくれた。
その時知ったのだけど、この追い出し部屋、元々は倉庫じゃなかったらしい。
ちゃんと開発ができるように『OAフロア』という床下配線が敷けるような構造になってた。カーペット下のパネルを外したら空洞があったので、ビックリしたものだった。
「機材管理室って言えば、高跳さんにお話聞いた?」
彩ちゃんが僕の耳元でこっそりと囁く。
その声がくすぐったい。
ちょっと照れくさくなりながら、僕は彩ちゃんの手を引いて部屋の隅に連れて行った。
今はチームの空気がいい感じに温まってる。
だから、デリケートな話題で水を差したくないと思ったからだ。
◇ ◇ ◇
「高跳さんと片地さんの追放はね、神野さんの退職を巡る反対活動がきっかけだったらしいんだ」
それは
僕は高跳さんと片地さんに追放当時の話を聞いたのだ。
「反対運動?」
「うん。『神野さんは間違ってないのに、辞めさせるのはおかしすぎる』って。で、納得できないから偉い人に直談判してたら、いつの間にか『社内風紀を乱す危険人物』って空気ができてて、最終的に追い出し部屋送りになったらしいよ」
「うわぁ……。なんかひどすぎる」
これには、さすがの彩ちゃんも顔を曇らせた。
「ね。……あと、二人の話を聞く限り、神野さんは噂のような悪い人じゃないんだよね……」
「それはそうだよぉ! 私の憧れの人だもん」
「いやね。僕のように外側にいたら、悪評しか聞こえてこなかったんだよ」
そして僕は社内に蔓延する『神野さんの悪評』を説明した。
内容としては、こんな感じだ――。
神野さんは会社の看板タイトルをずっと支えてきた優秀なディレクターだったけど、予算管理に疎くて、湯水のように予算を使う困り者だった。
在職中の最後の作品である『ドラゴンズスフィア Ⅶ』はヒットしたものの、予算を回収しきれず、会社を傾かせた。
しかも開発末期の長時間残業によって労基の立ち入り調査を許すことになり、会社は是正勧告を受けるなど恥をかかされた。
そして最終的に神野さんは会社を辞め、会社に不利益を与えた神野組のコアメンバーは社内での信用を無くし、『キャリア開発室』……通称『追い出し部屋』に追放されることになった。
……それが、僕のような『外側にいた人間』が耳にする悪評だった。
本当の神野さんを知っているはずの彩ちゃんは、当然のようにふくれっ面になる。
「ええ~、違うよぉっ! 神野さん、そんな人じゃなかったもん! 確かに私は開発末期のチームにいたし、残業も多かったけど……。遠くから見てた限りだけど、神野さんは色々と困ってる感じに見えたなぁ……」
「実は、僕も不思議だったんだ……」
「どういうこと?」
「僕らの企画立案の時、神野さんがまとめてた市場調査書を元にしたって覚えてる?」
「そういえば、そういうこともあった気が……」
「あんなに正確で説得力のある資料を作れる人が、予算にだらしないなんておかしいと思ってたんだよね」
市場調査書だけではなく過去の企画書を見ても、その人柄が偲ばれるようだった。
お客さんのことを第一に考え、そして同時に、しっかり利益を出す責任を持っている人。
開発歴の短い僕では神野さんの凄さを計り切れないけれど、資料を見るだけで凄いと思えた。
その時、僕らの背後に大きな気配を感じた。
驚いて振り返ると、そこには背の高い女性の姿。
「おやおや、若者たち~。なにを壁際で密談してんのさ。アタシも混ぜなよ~」
「田寄さん! ……いや、あの。おおっぴらに話してるとみんなの空気を壊しちゃうので……」
言葉を濁していると、見透かされているのか、田寄さんはにやりと笑った。
「神野さんのことでしょ?」
「ええ、まあ……」
「会ってみる? 本人に」
「ふぇっ?」
「そ、それってやっぱり……?」
「そう、神野さんに。……まあ、アタシから色々と話してもいいんだろうけどさ。やっぱりそういう個人の話ってデリケートだし、本人からすべきでしょ?」
そして、田寄さんは小さな声で囁いた。
「そ、れ、に。君たち、なんかコソコソと動いてるみたいだし~? せっかくだからアタシもまぜてよっ」
コソコソと動く……。
それは、僕が進めている『労基への相談』のことに思えた。
◇ ◇ ◇
そして数日後。
僕らはマンションの一室を訪問していた。
『スタジオ スフィア』
そう書かれたロゴと、神野さんの名前が表札に並んでいる。
ここがうちの会社を辞めた後に設立された、神野さんの個人事務所らしい。
そして扉が開くなり、ショートボブの若々しい女性が飛び出して、田寄さんと彩ちゃんに抱き着いた。
「タヨちゃん、待ってたよ~! ヤスミンもおっ久しぶりだねぇ!」
「か、か、神野さん! ぐるしいですぅ」
彩ちゃんは力いっぱい抱きしめられて目を白黒させている。
そして、飛び出してきた女性は僕を見て微笑んだ。
「マヨイくん、君のことも知ってるよ~。僕は
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