第四十一話「真実の扉を開こう 2」

「マヨイくん、君のことも知ってるよ~。僕は神野かみの ゆう。よろしく!」


 そう言って僕を見つめるのは、ショートカットで元気な女性だった。

 かなりのベテランディレクターだと聞いてたけど、想像以上に若く見える。

 どことなく、空気が彩ちゃんに似ている気がした。


「みんな、入って入って! かなり散らかってるけど気にしなくていいよ」


 神野さんはにっこりと笑うと、僕らの手を引いて部屋の中に招いてくれる。

 その間取りは一般的な住宅用と同じで、事務所という感じではなかった。


 通路には本だなが敷き詰められ、本やゲームが収納されている。

 通された応接室も漫画やゲーム、アニメ、それ以外にも色々な雑誌や書籍。

 背の高い本だなに囲まれたリビングで、僕らはソファに腰かけることにした。


「マヨイくんも戦力として狙ってたんだけど、当時は他のプロジェクトにとられちゃったんだよ。在職中にご一緒できなかったのが残念って思ってたんだ。……あ、飲み物いれるね」


 神野さんはそう言うと立ち上がった。


 戦力として狙ってたなんて、伝説のディレクターに言われると恐縮すぎる。

 ……でもまあ、配属されてたら僕の迷い癖に幻滅されてたかもしれないので、むしろ良かったかもしれない。


 ふとキッチンに向かう神野さんを目で追うと、キッチンは使った形跡がなく、コーヒーとお菓子が山のように積まれている。

 田寄さんは呆れたように声を上げた。


「神野さ~ん。お料理してる? コーヒーとお菓子だけじゃ、いつか死ぬよ?」

「平気だよタヨちゃん。ちゃんとサプリも飲んでるから!」


 ……伝説のディレクターは、ふたを開ければ食生活が限界のお姉さんだった。

 田寄さんは思いっきりため息をついている。


「はぁぁ。体壊す前に病院行きなね。今度料理を作りに来るから、好き嫌い言わずに食べるんだよ」

「だったらいっそのこと、僕と結婚してよぉ。さっさと旦那さんを見つけちゃって、僕は悲しいよ」

「はいはい」


 なんというか、神野さんと田寄さんは仕事仲間という以上に友達同士という感じだ。

 神野さんも伝説のディレクターという雰囲気はまったくなくて、とても気さくで可愛いお姉さんに感じられた。


 そうこうしているうちに、神野さんはみんなにコーヒーを淹れてくれる。


「ごめんね! うちは飲み物、水かコーヒーしかないんだ。お水がよかったらそっちにするよ」

「神野さんって昔から好き嫌いが激しくてさ~。……開発中もお菓子しか食べないから、アタシも会社で駄菓子屋開くことにしちゃったんだ」

「うん。最初は僕専門のお店だったよね」

「……食べずに倒れられるよりはマシだったからねぇ」


 追い出し部屋で営まれている謎の駄菓子屋さん。

 あの田寄さんの副業めいた行動は、どうやら神野さんが原因だったらしい。


 僕は緊張も解けてきて、ふと室内を見回す。

 マンションは本当に住宅用で、事務所という感じではない。

 それに『スタジオ スフィア』の看板を出しているが、他に従業員のような人は見当たらなかった。


「あの……。神野さんぐらいの人なら退職後も引く手あまただと思うんですが……個人の事務所を立ち上げられたんですね」

「うん。……まあ、今は気分転換も兼ねててね。一人で新企画の立案作業をしてるわけだけど、休養も兼ねてるんだよ。……ずっと仕事漬けの毎日だったからね」


 神野さんはソファに座り、くつろいだ様子で彩ちゃんに密着する。


「タヨちゃんもあまり話してくれなかったから、心配してたんだ。ヤスミンの顔が見られてよかったよ~」

「えへへ。実は今、追い出し部屋のみんなで……」


「あ、それ以上は言わないでいいよ。さすがに内部の開発情報を漏らすのはダメ。僕も聞き出したいわけじゃないから」


 神野さんの話を聞くと、現状の会社の状況には詳しくないようだった。

 田寄さんと仲がいいといっても、やっぱりお互いに機密情報を扱う開発者。モラルは守ろうとしてるのだろう。

 昔のチームメンバーが追い出し部屋に追放されてることぐらいは把握されているようだけど、ドラゴンズスフィアシリーズやスフィアエンジンのその後については知りたくても聞けないということらしい。


「神野さん、いろいろと話したいですよぉ」

「ヤスミンの気持ちだけで嬉しいよ。じゃあ、今日の本題をはじめようか」


 そして、神野さんは僕に向き直った。

 彼女の表情からは急に緩さが消え失せ、僕も背筋が伸びる。


 僕は改めて神野さんに向き直った。


「……僕らは神野さんと会社の間に何があったのか、知りたくてここに来ました。率直に言うと、神野さんの退職とキャリア開発室……いわゆる『追い出し部屋』の存在が関係してるんじゃないかって、にらんでいます」


「うん。タヨちゃんからそのあたりは聞いてるよ。せっかく来てくれたんだ。ありのままの出来事を伝えようと思う。……ただ、今から言う話は僕にとっては事実だったけど、証拠があるわけじゃない。その点だけ気を付けて欲しい」

「……はい」



 そして、神野さんは口を開く。


「まず結論から言うと、僕の退職と追い出し部屋の成り立ちには関係がある。……タヨちゃんのような僕のチームメイトが追放されたのは、僕の退職に異議を唱えて会社の上層部に抗議したからだもんね」

「派手にやりあったら、目を付けられちゃったみたいでね~」


 田寄さんは自虐的に笑った。


「冷遇されるぐらいなら辞めたほうがいいって僕は言ったし、半数以上は実際に辞めたんだよね。でもタヨちゃんはスフィアエンジンが気がかりだからって残っちゃって……」

「あはは。アタシも我ながら青臭いと思うよ~」


 神野さんと田寄さんは笑いながら話しているが、ただ事ではなかった。

 反対運動を起こしたぐらいで追放されるなんて、許されていいことじゃない。


「そもそも、神野さんは自主退職なんですか?」

「ううん。解雇だよ。業務命令違反と、会社に大きな損失をもたらしたことでの懲戒ちょうかい解雇かいこ


 いきなりの重大事実に僕は戦慄せんりつした。


「懲戒……解雇? 業務命令違反って、何をされたんですか? ……いや、そもそも神野さんが会社の経営を悪化させたって噂が流れてます。……それは真実なんですか?」


 疑問点が多くて、質問の的を絞り切れない。


「う~ん。わかりやすく説明するなら、時系列順がいいかもだね。ちょっと話は古くなるけど……」


 神野さんは難しい顔をして天を仰いだ。


「まず、会社の経営が傾いてたのは元々なんだよ。近年は業界全体で家庭用ゲームの開発費が高騰し続けてて、それなのに思ったように売れず、当時はどのプロジェクトも予算未達が多かった。……たぶん、ほとんどの会社の悩みだったんじゃないかな?」


「大きくなりすぎた恐竜が、環境の変化についていけずに絶滅した感じさ」

「おお、さすがタヨちゃん。わかりやすい例えだね。……まあ、当時は全社的に赤字だったんだ」


 そして、一度言葉を区切って続ける。


「……それでもね。僕は自分の製品だけは責任をもって、確実に利益を出そうと頑張ってたんだよ。……だけど開発初期に『集金のための仕組み』を入れる入れないで揉めちゃったんだ」


 集金の仕組み……。

 そう言われて、近年のスマホ用のゲームでガチャのような追加課金の仕組みが流行しているのを思い出す。

 僕らが今作っているゲームでも高騰する予算の回収のため、継続して利益を獲得する仕組みが必要だと阿木内プロデューサーから説明されているのだった。


「まあ僕もね、追加課金自体はユーザーが納得してくれるなら問題ないと思うんだよ。……でも、会社から相談・・されてたのは、もっと『良くないやり方』だった。そのあたりを上手く交渉するのに時間がかかって、気がつけば相当時間がかかってたんだ……」


 神野さんが在職中に手掛けた最後の作品は『ドラゴンズスフィアⅦ』だ。

 前作の『Ⅵ』から数えて五年以上は間が空いていた気がする。

 二年おきに新作をリリースしていたシリーズとしては、異例のブランクだった。


 それを聞いて、シリーズのファンである彩ちゃんも眉をひそめた。


「……私、てっきり新旧のハードで同時発売するから時間がかかってたんだと思ってました」


「……新ハードへの対応は、どっちかというと予算超過の直接的な原因かな。スケジュールの遅延の先に待ってたのは、ゲームハードの世代交代だったんだ」


 それを聞いて思い出す。

 昨年は人気ゲームハードの新機種が登場し、『ドラゴンズスフィアⅦ』も新旧両機種で同時のリリースとなっていた。

 人気シリーズの最新作が新機種発売にあわせていきなり遊べるということで、話題になったものだ。


「……実はあの作品、新機種に対応する計画じゃなかったんだよ。新機種の登場前に発売して、成熟していた旧機種の市場で確実に売っていこうと思ってた。……でも、上層部の判断は『新機種のローンチタイトルとしての発売』だった」


 その神野さんの言葉を受けて、田寄さんが言葉を続ける。


「会社の思惑は、新ハードの『同時発売の作品ローンチタイトル』として発売することで、新ハードの購入者を一気に引き込む戦略だったのさ。……確かに、最初から計画してれば勝ち目はあるよ。でもね、元々は旧ハードのスペックに合わせていたわけで、アップグレードには無理が生じる。時間がないなか、会社命令で長時間残業の温床になってしまった……」



「ヤスミンも泊まり込みしてたよね。……ごめんなさい」

「ふぇっ? ……いや、全然嫌じゃなかったですよぉ。なんか部活の合宿みたいで楽しかったし……」


「ううん、そんな個人のモチベーションに頼ってしまってはダメなんだ。……理由はどうあれ、現場に残業を強いてしまったのは僕に責任がある。本当にダメだった」


「神野さんも色々悩んでたよね。……でも、開発末期の大きな仕様変更に、対応できるやり方は多くなかった。……長時間残業をしても間に合わないものだから、物語の終盤部分を丸ごとカットして無理やり作品としての体裁を整えることになってしまったりね」


 物語の終盤部分のカット。

 そんな大きなことが行われていたなんて知らなかった。

 神野さんの表情は重く沈んでいる。


「……シリーズのファンは当然モヤモヤした気持ちを抱えてしまい、不評の原因となって、販売本数が伸び悩んでしまった。……悔しいな」


 重く沈む空気。

 彩ちゃんは当然その作品を作っていたわけで、当時を思い出しているのか悲しげな表情をしている。



 予算超過の原因は、聞く限り、神野さんに責任はないと思えた。

 すべては会社の判断なのだから……。

 僕は重い空気を打ち破ろうと、神野さんに語り掛ける。


「……でも、神野さんたちは会社都合に巻き込まれただけです。神野さんが辞める理由はないと思いますよ」


「そうですよぉ! ……そもそも、一番気になるのは『良くない集金方法』ってヤツ! いったい何があったのか、私知りたいですっ!」


 彩ちゃんも憤慨したようにこぶしを振り上げた。

 そう、僕が気になっていたのも同じ『良くない集金方法』のことだ。


 しばらくすると神野さんは視線を上げ、口を開いた。

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