第九話「誰がために企画はある? 5」

 インタビューが終わり、男の子たちが帰っていく。

 その背中が見えなくなった頃、唐突に翔太くんが頭を下げてきた。

 その腰の角度、45度なんてものじゃない。

 直角90度……いや、それ以上?


「本当にすみませんでした!!」

「ふぇぇ? な、なんのこと?」


「先生の絵のとき、友達が無反応で本当にごめんなさい! こんな神絵師を前にしてコメント一つ残せないなんて、アイツらダメダメですよ!」

「あ……。でも、反応は分かったし、観てくれて嬉しかったよ」


 急に礼儀正しくなってビックリする。

 ……っていうか、先生・・

 いま、私のことを『先生』って呼んだのかな?


 すると、翔太くんはおもむろに一冊の本を取り出す。

 それは私が表紙イラストを手掛けたライトノベルだった。


「イロドリ先生ですよね? 絵でわかりました。……実は先生のファンなんです!」


 えーーーー!?

 確かにあの『ちょっとオタク風味なテイストのイラスト』の時、彼は堂々としてたけど!

 むしろ照れて黙ってしまった他の子を叱ってくれたけど!


 いきなりプライベートな活動がバレてしまい、焦って真宵くんを見る。


「えっとえっと……。真宵くん、どうしよ? ナイショだったんだけど……」


「彩ちゃん個人の問題だし、秘密にしてもらえば大丈夫だと思う。……翔太くん、秘密にしてくれる……よね?」

「もちろん!」


 真宵くんの問いかけに、翔太くんはいい笑顔で大きくうなずいた。

 ……まあ相手は職場の同僚の息子さんなので、ちゃんと秘密にしてくれそうな気がする。

 改めて翔太くんに向き直り、お辞儀した。


「………はい。その絵、描かせていただいております」

「やっぱり! ふひょおおぉぉぉぉ!! マジすかマジすか! 女の人だったのかーー!いや、マジで衝撃っす。もちろん秘密にするんで、この本にもサインください!」


 うわわ、グイグイくる! さっきまでと全然印象が違うよぉ。

 彼は満面の笑みで本を突き出してきた。

 私は照れながら、『イロドリ』としてのサインをする。


「うおぉぉぉ、マジでお宝体験! 先生のご尊顔を拝めたの、オレだけなんじゃね? いつも謎のマスクとボイスチェンジャーつけてるから、サイン会でも謎だったんですよ!」

「え、彩ちゃんってそんなことしてたの?」

「……うん。……ほ、ほら、バレたくないし」


「抱き枕はさすがに持ってなかったのかな?」

「あ、そういえば謎のマントを羽織られてましたけど、あの中に抱き枕があったんだ! 謎解けた――!」

「彩ちゃん……」

「わかってる! ……ツッコまないでぇ」


 もう恥ずかしくって、頭を抱えるしかない。

 確かにサイン会で小学生らしき子が並んでたのはビックリしたけど、顔を覚えるのが苦手だから今日まで忘れてた。

 翔太くんはご満悦でサイン本を抱きしめている。


「はぁ~~。神絵師のサイン本なんてお宝、ゲットできても自慢できないのがキツいっすよ。もちろん今日のことは秘密としても、サイン会のことだって自慢できないし!」

「そういえばけっこう黙っちゃってたね。オタクって恥ずかしいのかな?」


「まあ、みんな硬派ぶってカッコつけたがるんで。可愛いヒロインの絵が好きなんて、口が裂けても言えないんすよね。実際にクラスでも『オタク野郎』って揶揄からかわれてる奴がいるし。みんな、ほんとはそう言うの好きな癖に、素直になれないんだよなー!」


 ……『オタク野郎』って言葉に胸がズクンと傷んだ。

 昔に比べればオタクは市民権を得てきたって言われるけど、私の学生時代も肩身の狭い想いをしたものだ。


「……その揶揄からかわれてる子、心配だな」

「……まぁ、今はあんまり良くない感じっすね。オレはほんとは友達になりたいんだけど、他の奴らの目もあるからさ。話しかけづらいんだ」


 そしてしばし沈黙した後、翔太くんは口を開く。


「でも、そいつが揶揄からかわれてるのは、なんかイヤでさ。……どうすればいいかな?」



 唐突に深刻な相談を受けてしまい、言葉が出ない。

 真宵くんもむずかしそうな顔になり、腕を組んで考え込み始めた。


「……なんかイジメに繋がりそうなのは良くないからさ。『やめろ』って言えばいいんじゃないかな」

「そんなこと言ってもさ。やめろって言ったヤツが同じ目にあうなんてよくあるぜ」

「……確かに。大人の世界でもあるもんなぁ……」


 真宵くんは腕を組んで悩み始めた。

 そういう難しい問題に答えを出せない私は、ひとまず『好きなものを好きって言いづらい世界』について考えてみる。

 私は自分自身の今までのオタク人生を振り返ってみた。

 そういえば自分の趣味を声高にアピールすることはしなかったけど、ネットでは趣味の話ができて幸せだったし、ネットで知り合った友達も『好きな気持ち』を発散できてるのか、幸せそうだった。


揶揄からかわれるのを無理になくそうとしなくても、解決できると思うよ」

「彩ちゃん?」

「先生、どういうことですか?」


「翔太くんが向き合いたいのは『揶揄からかわれてる状態』じゃなくて、『友達になりたいけどできないこと』だと思うから。……だから、その子と普通に趣味の話をすればいいんじゃないかな」

「趣味の話……ですか?」

「別に内容がバレるような大声で話さなくてもいいし、他の人に見られないようにしてもいいし、色々とやりようはあると思う。……それに、翔太くんはクラスのリーダー格なんだよね? だったら翔太くんが話しかけてる限り、その子はいじめられないと思う!」


 翔太くんは少しうつむいた後、私の目をまっすぐに見つめて言った。


「……先生の言うことなら、ちょっとやってみます」

「無理しなくていいって~。変に目立つ必要なんてないんだし、初めはこっそりと話しかける程度でいいんじゃないかな」

「そうっすね。ボチボチ……。ボチボチやってみます! 先生、ありがとうございます!」


 笑顔でうなづき、翔太くんは家の中に走って戻っていった。

 田寄さんはその後姿を見て、しみじみとつぶやく。


「うちのひねくれ息子があんなに素直なのは珍しいよー。でも楽しそうだった。ほんと、ありがとね」

「こちらこそです! 本日はありがとうございました~」



   ◇ ◇ ◇



 田寄さんの家からの帰り道。

 夕日を浴びながら、疲れ切ってて聞きそびれてた真宵くんのインタビュー結果を聞いた。


 好きなゲーム作やジャンル、生活の中でゲームに触れる時間、一年間で買う本数。

 どういうメディアから情報を仕入れて、どうやって選んでいるのか。

 ……そういうデータ的なことは聞けたけど、いま何に悩んでるのか、何が欲しいのかっていう肝心なことは聞けなかったらしい。

 聞けなかったというより、子供たち自身もよくわからなかったようだ。


「漠然と……友達や親との人間関係の悩みはありそうなんだけどね。その奥にある『欲求』っていうものは見えにくかったなぁ」

「……そうなんだ。結局、わかりやすいニーズは聞けなかったんだね~」


「そんなもんだよ。ニーズって潜在的なものだから、表に出てるはずがないんだ。本当に欲しい物は、自分でも分かってないものだったりするんだよ」

「真宵くん、突然どうしたの? 先生みたい」


「実はさ、彩ちゃんに言われてからマーケティングの勉強したんだ……。わかったことは『具体的なターゲット像をイメージすること』なんだって。幅広いターゲットを漠然と考えるより、たった一人の購入者を想定して、その人に確実に突き刺さる物を作るほうが、作品の売り・・がはっきりして、いいみたい」


 ちょっと難しいけど、要するにあれだ。


「なんかモノづくりって、誕生日プレゼントを考えるのに似てるね!」

「誕生日プレゼントか。……確かにそうかも」

「ねっ。大切な人のことをよ~く考えて、一番喜んでくれそうなものを考える。大事だね!」


「誰にゲームを届けたいのか、なんか見えてきた気がするよ。あの子たちに面白いって絶対に言わせて見せる。……うん、やれそうな気がする!」



 そして真宵くんが急に立ち止まり、私の目を見つめ始める。

 その目は真剣そのものだった。


 えっ。ど、どうしたの真宵くん。

 大切な人って言ったから? え、私のこと?


 ドキドキしてると、真宵くんはなんだか爽やかに笑った。


「今まで、僕がなんとかしなきゃって思ってたんだよ。やっぱりプランナーだからね」


 そして少し間をおいて、空を仰いだ。


「でも、ゲームはやっぱり絵の力が強いって思った。だって、絵は一瞬でイメージを伝えられるし、作品の印象を左右してしまう力があるんだもんね。……プランナーである僕がやるべきなのは、一人だけ・・・・で考えることじゃない。仲間と手をつなぎ合うことだって思ったんだよ」

「真宵くん……」


 真宵くんはまっすぐに私に手を差し出した。


「最初に『手伝う』って声をかけてくれた時から、ちゃんと返事をしてなかった。僕は『お手伝い』はいらないよ。手伝いじゃなくって、本気で君とタッグを組んでみたい。神絵師に釣り合うように頑張るよ!」


 その言葉が嬉しくて仕方がない。

 そっか、私たちは今『チーム』になったんだ。

 二人で別々にアイデアを考えてきたけど、ついに歯車が嚙み合った……そんな音が聞こえた気がした。


「えへへ。改めてよろしくね、真宵くん!」


 私たちは固く手を握りあう。

 企画会議まであと一週間。

 私たちの逆襲が、ここから始まるのだ――。

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