第八話「誰がために企画はある? 4」
今日は小学生男子の調査ということで、田寄さんのお宅訪問だ。
小学六年生の一人息子とそのクラスの友達が集まってゲームしてるというので、ぜひ取材させてもらおうということになった。
そして玄関に入った途端――。
「おまっ、待てよ! 死ぬ死ぬ死ぬ」
「ちょっちょっエイム正確すぎ!」
「げははははは死ね死ねぶっ殺す! おらららら」
「おースゲー。マジ神。神プレイ」
賑やかどころの話ではない。
おサルの群れみたいだよぉ。
一軒家の奥の方からけたたましい声が響いてくる。
私はなんだか恐ろしくなって、真宵くんの後ろで小さく縮こまる。
今日は外出ということもあって、さすがに巨大な抱き枕は持ってきてない。
抱きしめてるのは程よい大きさの枕だった。もちろん推しキャラのイラスト付き。
これならリュックに詰めて運べるので、毎日の通勤のおともになっていた。
田寄さんに案内されて廊下を進むと、さらに話声が聞こえてきた。
「おい、大人が来るんだろ? どうする?」
「オレらのこと聞き出そうってんだろ? 従うわけねーだろ」
「翔太カッケー」
「シャーやりぃ! オレらの勝ちー!!」
ふぇぇ……。あんなこと言ってるし!
ちゃんと答えてくれないどころか、ボコボコにされる気がする。
奥の扉についている小さな窓からのぞき込むと、四人の男の子がゲームで大騒ぎしている。
その中で、奥に座っている癖っ毛の子がリーダー格のようだった。
「あっはは。ごめんね~。息子らに『話を聞きたい人がいる』って言ったら、妙にイキり始めちゃってさ……。あ、奥の癖っ毛が息子の翔太ね」
部屋の中を見ると、大きなモニター2台とゲーム機も2台。画面を分割しながら2チームに分かれているようだ。
画面に映っているのは、血みどろのFPS……一人称視点のシューティングゲームだった。
「え、あれってCERO Dでは?」
「セロ? なに?」
「彩ちゃん、さすがに仕事なんだから覚えようよ~。レーティング……ゲームの対象年齢の区分のこと。Dの場合は『十七歳以上が対象』なんだよ」
「あ、そうなんだ! 気にせず買ってたよ~。……じゃあ小学生は遊んじゃダメなんじゃ」
「禁止ではないけど、過激だから推奨されないんだよね」
二人でしゃべってると、田寄さんが笑いだす。
「あはは、アタシが緩いからね~。ほかの子供らは親がゲーム自体にうるさいし、だからウチに集まってんだよ。ほらアタシは仕事柄、ゲーム推奨派だし。ゲームハードは全部そろってるし」
そして、豪快に扉を開け放った。
「おーい少年たち。インタビュアーの到着だぞー」
田寄さんの一言で一斉に振り返る男の子たち。
彼らの目つきは警戒心であふれているように見えた。
「こんにちは! 色々とゲームの話をしに来ました。僕は真宵 学。よろしくね」
「あっそう」
ふぇぇ……怖いぃ。
うまくいくのかなぁ。
でも、いつまでも真宵くんの後ろでおびえてるわけにはいかない。
「こんにちはー。えっとえっと、夜住 彩っていいます。よろしくー」
挨拶すると同時に、私に視線が集まる。
すると、急に彼らは体をビクッとさせて背筋を伸ばし始めた。
「あっ……」
「……ちわっす」
「おいおいおい、涼も陽介も勢いどうした!」
「ども……」
「大地も顔赤くしてんじゃねーよ! お前ら、女が来たぐらいでキョドんなよ」
リーダー格らしい癖っ毛の翔太くんは慌てたように左右を見回すけど、他の子たちは全身がカチコチに固まったみたいに動かない。
そう言えば小学校時代。私のクラスの男の子たちもけっこう純情だったなって思い出し、なんだか微笑ましくなった。
◇ ◇ ◇
そうして無事にインタビューが始まったと思いきや、真宵くんには相変わらず辛辣なままで、まともに取り合ってくれなかった。
真宵くんが半泣きになりながら「彩ちゃん、先にお願いしていいかな……」と言うので、こうなったら引き受けるしかない!
私は枕の中からファイルを取り出す。
「えっ!? その枕、カバンだったの?」
「あ、うん。大事な物は大事な物の中に保管しなきゃね」
真宵くんがなんだか驚いてるけど、私は緊張でそれどころじゃない。
……自分の絵を見せるからだ。
さすがに会社で描いた絵は機密の漏洩になるので、これはプライベートの時間で描いた未発表の作品だ。
これなら子供たちに見せても問題ない。
……問題ないのだけど、酷評されたら泣く自信がある。
今回の絵の調査では、絵柄と方向性が全く異なるイラストを順番に見せて、それぞれの反応を見るのが目的だ。
全部で六パターン。
緊張のお披露目会が始まる――。
まずは一枚目。
ポップな絵柄で低頭身キャラの、ファンタジー風のイラストだ。
たぶん小学生向けと言えばこういう頭身だろうという代表的なもの。
元上司の井張さんもこういう絵を描いていたので、まずは反応をうかがってみたかった。
イラストを見せると、途端に男の子たちの視線が集まる。
でも、なんだか冷めた空気が漂ってきた。
「あー。こういうやつね。低学年向きじゃね?」
「チビファンタジーは嫌いなんだよな。女子供が好きそう」
「なー。俺たち向けじゃねーよなー」
ちょっと意外な反応。
私はメモしながら、次のイラストを取り出す。
二枚目はもっと可愛いマスコットキャラ風のイラスト。
これは一枚目の反応をみるに、いまいちな感想は火を見るよりも明らかだった。
「これは違う」
「俺らをバカにしてんの? こんなの好きな奴いる?」
「幼稚園児向けじゃね? うちの妹とか好きそう」
うぅぅ……。違うとわかってても、酷評が胸にグサグサ刺さってくる。
これでも頑張って描いた作品なんだよね……。
次の一枚を見せるのが怖くなってくる。
三枚目。
これは私の本来の絵柄に一番近いイラストだ。
漫画的な絵柄で、かっこいい少年と可愛いヒロインの絵。ネットでもすっごく高評価をもらえてた絵柄だ。
ちょっとオタク風味の味付けなので小学生男子的にはちょっと恥ずかしい絵かもしれないけど、調査のためにも反応をうかがってみたい。
……すると、彼らは顔を赤らめながら食いついてきた!
言葉少なでコメントがほとんどないけど、明らかに興味を持っている。
だけど興味津々なのは明らかだった。
「おい、いつまでも黙ってんじゃねーよ。感想ぐらいちゃんと言え。大人を困らすなんてガキのやることだぞっ」
一喝したのは、意外にも癖っ毛の翔太くんだった。
言ってることが最初と真逆なのでビックリだけど、おかげで場が収まる。
ありがとう翔太くん!
「う……うん。いいと思う」
「ま、まあ……好き、かもな」
「今のとこ、一番いいよ」
他の子は照れながらも感想を言ってくれた。
なんというか、潜在的には好きだけど、友達の前では素直に言えない感じらしい。
この辺はネットでの反応と違ったので、友達同士で遊ぶゲームの場合は表現をマイルドにしたほうがいいのかもと思った。
四枚目は『重厚なタッチで描いたミリタリー風のイラスト』
これは「かっこいい。受けそう。リアル」と評判になった。
ちょうど彼らが遊んでたFPSの印象に近いので、この反応は納得できる。
五枚目は『海外を意識した、かなり厚塗りのファンタジー風イラスト』
これは「なんかクドい。外人っぽい。なんか地味」という意見と、「兄貴がやってる死にゲーっぽい。好き! 超リアルで大人向けって感じ」と好反応に別れた。
最後の六枚目……これは『アニメテイストで血しぶきたっぷりの少年漫画風イラスト』
どっちかと言うと中高生向けの絵だし、かなりアニメ調に寄せた絵柄だから「オタクっぽい」って感じで酷評になるかと思ってたけど……なんと一番の好評となった!
「かっけー。リアル」
「リアルだよな~!」
「けっこう好きかも」
「いや、かなりいいんじゃね? こういうゲームが出れば買うし」
わわっ。なんか嬉しいっ!
今までの酷評が嘘のようにひっくり返り、幸せに包まれていく。
こういう『好き』のオーラに包まれることが嬉しくって、モノづくりしていると言っても過言じゃないと思う。
面と向かって言われると、心がムズ痒くなって仕方なかった。
――その後。
絵を見せたことで場が温まったのか、真宵くんのインタビューもスムーズに進んだらしい。
私は目の前でイラストを見られるっていう羞恥プレイで消耗しきったのかボンヤリしちゃってて、気が付けばインタビュー会は終わっていたのだった。
まさかこの後、あんな意外な展開になるとは……。
この時には思いもよらなかった。
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