第二十三話「栄光の第一歩 5」

 企画審査会の成り行きを真宵くんから聞いた数日後――。

 私と真宵くんは都内のとあるビルを訪れていた。


 今日は『受容性調査』の当日。

 メインターゲットである小学生高学年の男の子たちを集めてのグループインタビューなのだ。


 実施している会社名がバレないように、調査は会社とは無関係のビルの中で行われる。

 子供たちが円卓で向かい合って話し合う部屋と、マジックミラーを挟んでもう一つの暗く狭い部屋。

 この暗いほうの部屋に開発スタッフが詰め、ゲーム企画や絵に対する反応を肌で感じながら観察するのだ。

 マジックミラーなので、こちら側の部屋を暗くしておけば子供たちからは『ただの鏡』にしか見えないらしい。ただ、声は届いてしまうので、物音ひとつさせてはいけないと注意された。


 開発側は先日の審査会に参加したメンバー全員に加え、古巣のアートリ-ダーである井張さんも追加で参加している。今回の調査は『絵の印象』も調べられるので、担当デザイナーとして井張さんと私も呼ばれたわけだ。

 すでに調査は開始しており、六名ほどの子供たちに向かって司会役のおじさんが企画内容を説明していた。



 真宵くんから聞いた話によると、部長さんは「これで結果が出せなければプランナーとしての筆を折る覚悟だ」と言っていたらしい。

 その部長さんは、さっきからずっと青ざめた顔をしている……。

 目の前では、部長さんの企画へのコメントが飛び交っているところだった。



「『みんなでワイワイ』って書いてあるけどさ。対戦するとすぐ殺伐とするし、ワイワイどころじゃないんだよな~」


「そもそも絵が子供っぽくてカッコ悪いよね。リアルじゃない。簡単そうなゲームっぽい」

「武器が丸っこくてダサいんだと思うよ」

「服もダサい。っていうか、キャラが全体的にダサいよな~」


「どっかで見たことある感じで、新鮮味がないですね。たぶん小さいときに見たことがあるんだと思います」

「絵が優しくて血も出ないっぽいから、子供でもできそうな感じがする~」

「こういう子供っぽいものって友達にバカにされるし、やりたくないなー」


「あ、でもあまりゲームをしたことのない人なら興味を持つかも」

「そうそう。逆に大人の女の人とかがやりそうだよね」

「友達が買って、よっぽど評判がよかったら買うかも?」



 ううん……。部長さんの企画、一言でいえば酷評だなぁ。

 この酷評具合、聞いたことがある。

 それは田寄さんの息子さんたちとのインタビューそのままだ。

 私たちはあの時小学生の生の声を聞いていたけど、案の定の結果だった。


 ところで部長さんの企画内容。

 私は今回初めて全貌を知ったんだけど、普通にまとまってて、ものすごく悪いってほどじゃなかった。

 たぶん私自身が子供じゃないから「悪くない」って感じるんだろうな。

 部長さんの企画の問題って、ひとえにターゲットのことをちゃんと分かっていなかっただけだと思う。


 当の部長さんはというと、もう泣きそうな顔になっている。

 井張さんはどこか諦めたような無表情で、ぼんやりと空中を眺めていた。



 ……さて、次は私と真宵くんの企画。

 絵については小学生向けだと過激すぎるかもってプロデューサーさんに指摘されたので、表現をマイルドに調整してある。

 そしてその結果。これはもう、控えめに言っても大絶賛だった。


「現代的な魔法使い、超カッケー!」

「すげぇ……カッコイイ! カッコよくない? 背景もリアルでいいし!」

「うん。さっきのより全部がリアルでかっこいい」

「大人向けっぽい感じがして、やりたいです」


「でもさ、外国のゲームより絵柄が親しみがあって、とっつきやすそう」

「そうそう。うまく言えないけど、全然クドくないっていうか!」


「俺たちはもうガキじゃないし、こういうのを求めてたんすよ!」

「あの。この作品は覚えておくんで、ゲームで出たら絶対に買います!」


 うわわわわ……。なんか圧が凄い!

 鏡越しなのに、こっちにグイグイ来る感じがして、たまらなく嬉しい。

 これは大変だぁ……。顔がニヤケちゃって、誰にも顔を見せられない。

 嬉しすぎて、たまらなく抱き枕をぎゅううっと抱きしめた。



 ――その時、ドンッと激しい音が響き渡った。

 絶対に音を立てちゃいけないはずなのに、誰かがなにかを落としたの?

 そう思って横を見ると、部長さんが握りしめたこぶしを机に押し付けていた。


「こんな……こんな追放女を評価するのかあぁっ!!」


 激しい怒声に空間が震えたようだった。

 マジックミラー越しに子供たちが一斉にこちらを向く。


 部長さん、まずいよぉ!

 そう思った瞬間、同席していた局長さんたちが一斉に部長さんにとびかかっていた。

 手足や口を押さえられ、完全に身動きができなくなっている部長さん。

 その青ざめた表情は、自分がしでかしたことに驚いているようだった。

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