第二十二話「栄光の第一歩 4」
俺の企画が却下も同然の『判断保留』となっている今、新人どもの企画が取るに足らないゴミだと期待するほかない。
しかし目の前の企画書のページをめくるたび、心がかきむしられていく。
これは売れる。売れてしまう。
表紙を見た時の俺の危機感は正しく機能していたわけだ。
なんでこれを、あの新人どもが?
どのページも隙がない上に、書面だけでも面白さの予感がある。
市場の分析と販売見込みに関する資料など、まるで何十年と一線を走り続けたような風格を感じさせる。意味が分からない。
プレゼンする真宵の声も、捨て企画の時とは比べ物にならないほどに生き生きしていた。
何よりも絵だ。
俺が求めている物と全く違うのに、それでも視線を離せない。
魔力と呼べるものが宿っていた。
しかも膨大な数のイラスト素材。
夜住を追放してから二週間しか経ってないのに、どうやってこれを作り上げたんだ?
複数人での分担も考えたが、それにしては絵柄がそろいすぎている。
仮に一人で描きあげたとすれば、それはもう化け物というほかない。
夜住の様子を横目に見ると、今は魂が抜けたように脱力しており、マヌケ以外のなにものでもない。
この神聖な場にふさわしくないからと抱き枕を取り上げたが、こうしてみると、やはりただの無能女にしか見えなかった。
真宵のプレゼンが終わった瞬間、阿木内はニヤリと笑った。
「こっちを採用しましょっか~。みなさん、異存はあります~?」
異存が出るわけがない。
大勢はすでに決している。
しかし、だからこそ俺がここで折れるわけにはいかない!
今まで何のために頑張ってきたというのだ。
神野を退職に追い込み、奴の仲間を追い出し部屋送りにしてきた。
すべては俺が成り上がるためじゃないか!
栄光の第一歩。この第一歩でつまづくなんて、あってはならない!
俺は新人どもの企画書をつかみ、力いっぱい握りしめる。
「阿木内さん、ちょっと待ってくれ! 元々の要件に合致してるのは、明らかに俺の企画だろう? こんな暴力的なビジュアル、小学生に向けて出せるわけがない!」
そう、俺の目に魅力的に見えるのも無理はない。
俺は大人だからだ。
暴力的な表現にも目が慣れており、刺激にも強い。
安らかな成長を促すべき子供に、こんな刺激を与えていいはずがない!
「まあそうだね~。現状ならレーティングは『
「だろう?」
「でもね、それは飛び出た部分を直せば済む問題なんだよね~。刺激のない退屈な物に頑張って足すより効率的さ。何よりも、子供たちは多くの場合、刺激を求めてる。それに応えてあげるのがエンターテイナーの役目じゃないの?」
刺激のない退屈な物。
阿木内が言う
俺の企画のことだ。
神経を逆なでされて、我慢も限界を超えそうだ。
それでも阿木内はニヤついた顔をやめることなく、さらに
「っていうか、そういう分析をする前に感じないのぉ? これ、絵だけでも売れるよ?」
「それは我々が大人だからだ! 大人がいいと思っているものが、子供と同じであるわけがない! 子供の視線に立てないバカが語るんじゃない!」
「うわぁ、残念。これでも調査で生の声に触れてるし、市場のデータも持ってるんだけど、傷つくなぁ~」
阿木内の大げさな態度が腹立たしい。
こいつはきっと、こんな調子で人々を
しかし俺は揺らがない。
切り札を使うときがやってきたのだ。
阿木内から視線を外し、鬼頭局長へ向き直る。
「受容性調査の実施を申請いたします! 絵柄の問題は多分に感覚的なもの。この会議室でああだこうだと言っていても仕方がありますまい。メインターゲットである子供たちの生の声を聞けばいいのですよ!」
受容性調査。
コンセプト受容性調査とも呼ばれるそれは、調査会社の協力の元、メインターゲットとして選定した人々の反応を測定する方法だ。
多数のターゲットからWEBアンケート形式で数値を導き出す手法と、少数のターゲットを一か所に集めて座談会形式でコメントを拾い上げる手法のふたつが同時に行われる。
秘密を守られた調査によって、発売前でもユーザーの反応をうかがうことができるわけだ。
「碇くん、
鬼頭局長は眉をひそめ、俺をなだめるように言う。
そう言われることぐらいわかっている。
しかし、もう引き下がることなんてできない!
俺は深々と頭を下げた。
「これでダメなら、俺はプランナーとしての筆を折る。その覚悟です!」
調査さえ実施されれば勝てる。
親会社が何と言おうと、調査結果を前にすれば文句は言えない。
プロデューサーはしょせん、ゲームを
売れる確証が得られれば、たやすく態度を変える風見鶏でしかないのだから。
しんと静まり返った会議室に時計の針の音だけが響き渡る。
そしてどれぐらいの時間が経ったのだろうか――鬼頭局長が口を開いた。
「碇くんがそこまで言うなら、やってやろうじゃないか」
「あ、ありがとうございます!」
「だがな。結果を出せなければ……わかっているな?」
これまでの柔らかな口調とは異なる、暗く重い一言。
心臓が握りつぶされるような威圧感の中で、俺はさらに深く頭を下げた。
「……はい。覚悟しております」
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