第二十一話「栄光の第一歩 3」
企画審査会への彩の乱入より、時は少しさかのぼる。
審査会が始まる直前、彩は会議室の外でハラハラしながら行く末を見守ろうとしていた。
その時――。
「おい。これ、シュレッダーにかけて来い。業務命令だっ!」
「あああ……待ってください!」
唐突に部長さんの怒声と真宵くんの悲鳴が聞こえ、慌てて会議室の扉に視線を注ぐ。
その直後、開け放たれた扉から一人の男性が飛び出してきた。
手には書類の束。
見間違えるはずもない、あれは私たちが命がけで作った企画書――!
『デスパレート ウィザーズ』のすべてだった。
「あ、あのっ、待って!」
とっさに声をかけるけど、その人はわき目もふらずに走り去っていく。
必死に追いかけてたどり着いた先で目にしたのは、私たちの企画書がシュレッダーのけたたましい音に飲み込まれていく瞬間だった。
やめて!
やめて!
それは私たちの夢。
あの小学生の男の子たちに贈りたい夢を、壊さないで――!
シュレッダーにかける人が許せない。
こんなことを命じた部長さんが許せない!
あふれた涙で視界が歪む。
凶行を止めようと駆け寄ろうとした時、突然背後から誰かに取り押さえられた。
私は口をふさがれ、ものすごい怪力でシュレッダー室から引きずり出されていく。
もう取り返しのつかない時間が経ったであろう頃、何者かの力が弱まった。
私はとっさに邪魔をした人物を振り返る。
……そして、驚きを隠せなくなった。
「田寄……さん?」
「心配になって様子を見に来れば、案の定だよ……。ただ、今は妨害しないほうがいい」
「ふぐぅぅ……。でも、でも私たちの夢がぁぁ……」
「泣かないで。……大丈夫。なくなっちゃいないよ」
そう言って彼女が取り出した書類の束……。
それは無くなってしまったはずの、私たちの企画書だった。
田寄さんの話によると、彼女はこのことを想定していたらしい。
いざという時のために、あらかじめ私たちの企画書のコピーを用意してくれていたのだ。
部長さんの部下の凶行を止めなかったのは『私たちの企画が確実に消えた』と部長さんに思い込ませるため。
切り札は最後まで隠しておくもの。
そして、ここからが反撃のチャンスらしい。
「碇部長のやり口はよく知ってる。……こんなこともあろうかと思っていてね。役に立ってよかったよ」
「田寄さん……!」
「彩ちゃんはこれから、会議室に飛び込んで企画書を見てもらうんだ。でも、決してうちのお偉いさんに渡しちゃいけない。部長側の人間だからね。……必ず、ルーデンスのプロデューサーに手渡しするんだ」
「どうやって見分ければいいの?」
「首からぶら下げてるカードキー。ゲストって書いてある人だよ」
私たち従業員は社屋に入るために、必ず社員証付きのカードキーを首からぶら下げている。
ルーデンス・ゲームスの人たちは親会社の社員といっても普段ここで働いてるわけではないので、入館の際にはゲスト用のカードキーを使うことになっていた。
「さあ、涙をおふきよ。負けるんじゃないよ!」
「ありがとう、田寄さん。……行ってきます!」
……そして会議室に乱入したことによって、この状況が出来上がったのだった。
◇ ◇ ◇
「見て欲しい物があるんですっ!」
私は息を切らしながらも、抱き枕の中に手をつっこむ。
そして中に隠していた企画書の束を取り出した。
プロデューサーさんに手渡すまで絶対にバレないように、ここに隠していたのだ。
その時、真宵くんをひきずりながら部長さんが詰め寄ってきた。
「新人が失礼しました! それは無関係の企画でしてね。回収させていただきます!」
そして、私の肩に痛いほどにつかみかかる。
……でも、もう時は遅かった。
企画書は私の元を離れ、プロデューサーさんの手の中にある。
プロデューサーさんはパラパラっと企画書を眺め、顔を上げた。
「無関係って言うには、今回求めてる企画の条件をちゃんと満たしてるよぉ? それに、こんな売れそうな絵を見過ごせるわけないじゃ~ん」
――売れそうな絵。
その一言が何よりも嬉しい。
天にも昇りそうな気持ちになって、ついつい口元が緩んでしまう。
「この絵を描いたの、君でしょ?」
「は……はい!」
「そうだと思った~。君、プランナーって感じはしないもんね」
ニヤリと笑うプロデューサーさん。
すると、奥に座っている白髪交じりの男の人が咳払いをした。
「こらこら。
その年配の男の人はゲーム会社なのに背広を着ていて、それだけでかなり偉い人なんだと分かる。
「今回の審査会はあくまでも碇くんと、そこの……マヨイくんといったかね? この二人のプレゼンの場なのだ。部外者の企画を扱っていい場ではない」
「そ、そうだとも。……
部長さんが顔を歪めながら私の腕をつかむ。
その時、真宵くんが穏やかな口調で声を上げた。
「そういうことなら問題ありません。その企画のプランナーは僕です。資料に記名もあります。そこの夜住 彩さんの名前も」
「どういうことかね?」
「きちんと企画書を準備していましたが、シュレッダーにかけるよう碇部長に突然命じられたんです。でも、共同企画者である彼女が持ってきてくれて、間に合いました」
「おやおや~? 碇部長。それってパワハラなんじゃないの~?」
パワハラ。
プロデューサーさんのその一言に、周囲がざわつきだす。
白髪交じりの人の表情もこわばったように感じられた。
「碇くん。それが本当なら、見逃すことはできないねぇ」
「鬼頭局長!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
鬼頭局長と呼ばれたその人は立ち上がり、周囲を見渡す。
慌てる部長さんを無視するように、深々と頭を下げた。
「みなさん。我が局の局員である碇くんが大変なことをしてしまいました。誠にお恥ずかしい……。ここはこの若者たちの企画を審査するということで、お許しになってはいただけませんかな?」
その言葉が決定打になり、真宵くんと私の企画は正式に審査されることになった。
真宵くんの方を見つめると、彼は静かに微笑んでウインクを返してくれる。
部長さんに屈さず、堂々と名乗りを上げてくれた真宵くんに感謝の気持ちが止まらない。
この後、私も審査会に同席することを許されたのはいいけれど、さすがにフザけすぎっていうことで抱き枕を没収されてしまった。
抱き枕は私の電池のようなもの。
あれがなくては気力が持たないので、残念ながらここから先、私の意識はない。
薄れゆく意識の最後の記憶――。
それは今にも泣きそうな部長さんの顔だった。
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