第二十話「栄光の第一歩 2」
「……という企画でありまして、かっ軽々と、十万本の販売本数を超え、わが、我が社、我がグループに貢献できるものと……考えております」
ようやく一通りの説明を終え、一息をつく。
まるで酸欠状態だ。
俺としたことが、こんなことはあり得ない。
企画のプレゼンを終了した頃には、疲労で頭がもうろうとしていた。
「碇くん……大丈夫かね?」
「はぁ……。いえ、ご心配なく。それよりも、審査を……お願いいたします」
そして局長やプロデューサーたちの言葉を待つ。
鬼頭局長には事前に企画書を見せ、承認をいただいている。この審査会はあくまでも儀式的なもの。
なのに、この不安感はなんだ……?
「ふむ。碇くんの企画はそつなくまとまっていて、いいんじゃないかね」
「鬼頭局長! あっ……ありがとうございます」
「発売後の運営計画はうまくいきそうかね?」
「はい、もちろんです! スマートフォン用のRPGの運営実績もあり、チームも成熟してきております。ご期待に応えられるかと」
行われた質疑応答はあくまでも念押し程度のもの。
鬼頭局長は満足そうにうなずいている。
他の局長たちも同様のようだ。
無事にプレゼンを終えられて安堵する。
これでようやく採決がとられる。
そう思った時、一人の男がおもむろに手を挙げた。
「その運営実績とやら、ボクはちょっと心配だな~。今なんて、ちょうど炎上中じゃ~ん」
その若い男はニヤニヤしながら銀髪をかき分ける。
親会社ルーデンス・ゲームスのプロデューサー、
担当したゲームがヒットしているせいで態度がデカい男だ。
伝統ある我が社の企画審査会でこうも軽薄な言動をとられると、不愉快でたまらなかった。
しかし親会社のプロデューサーである以上、不快感をあらわにすることもできない。
「あのですね。炎上と言いましても、それはイラストの出来の悪さに起因しておりまして……」
「あの炎上をイラストだけのせいにするんだぁ。追加レアリティのせいだと風の便りに聞いたんだけど?」
「そ、それは別のプロジェクトのこと。この企画と関係ないでしょう?」
「そうだけどさぁ。同じ人が関わるんなら心配なんだよね~」
そして阿木内は俺の企画書のページを大きく広げた。
「あと、気になるのが絵ね。……これ、ボクの言ってた課題が解決されてないんだけど」
くそ、目ざといな。
俺はついつい舌打ちしてしまう。
どうやら井張のアホの力不足に気付いたらしい。
「ああ、申し訳ありません。ごく一部に粗の残る絵素材がございますが、もちろんプロトタイプの中で練り上げていきますのでご安心を」
「いやいや~。ごく一部っていうか、全部なんだけど~?」
「全部……ですと?」
なにを言われたのか分からない。
仮素材はごく一部で、そのほかは俺が念入りにチェックしたはずだ。
すると、俺と阿木内のやり取りを
「なんだね阿木内くん。……その『言っていた問題』とは?」
「ああスミマセン、鬼頭局長。……実はボク、先日こちらにお邪魔した時に途中経過の絵を見ちゃったことがありまして。ついつい、助言しちゃったんですよ~」
「ほう。助言とは?」
「『みんなに好かれそうな絵』だけど、ターゲットにちゃんと刺さるか心配……って、言ったんです~。だって今回想定しているメインターゲットって『小学生高学年男子』ですよ? その『高学年』ってところに響くのかがカギだったんですけどね~」
なにを言ってるんだ、この阿木内のボケが。
よりにもよって、鬼頭局長に何を吹き込むんだ!
局長も局長だ。
そんな
それなのに、局長は俺の企画書をまじまじと眺め、思案し始めた。
「ふぅむ。阿木内くんに指摘されると印象が変わるな……。碇くん。この絵で売れる保証はあるのかね?」
「いや、そう言われましても……」
こんなことを問われるなんて想定していない。
だいたい『万人受け』の何が悪い?
多く売るには、より多くの客が好ましいと思う絵にするべきだろう?
子供はいつまでも穏やかで、子供らしいゲームを遊ぶべきなのだ!
その瞬間、忘れていた悪寒がふいに襲い掛かった。
真宵の、あの
ターゲットに刺さる絵。それはまさか、あのような絵を指すのか!?
己の信念を揺らがせる妄想がちらついてうっとうしい。
まったく亡霊のようだっ!!
俺はその妄想を必死に追い払った。
認めるわけにいかない。
捨て企画を用意してまでこの会議に臨んだんだ。
俺の努力を無駄にするものか!
「俺の企画は、我が社のブランドイメージを何よりも尊重して作り上げたものだ! これを採用しないなど、我が社の歴史を捨てるも同じ。この企画こそ、最良の選択なのだ!」
「碇くん、落ち着きたまえ」
「しかし鬼頭局長。対案があるわけでもないでしょう? 出せたとしても、この真宵のようなろくでもない企画が上がってくるだけです。ここは俺を信じて……」
その時、背後でけたたましい音が鳴り響いた。
呆気に取られて振り向くと――そこには一人の女が立っている。
身の丈ほどの抱き枕をかかえる若い女。
それは、まぎれもなく……夜住 彩だった。
「おっおっ、おじゃましまーっす!」
「貴様! ここは神聖な企画審査会。お前のような無能が入っていい場ではない!」
一喝するものの、夜住は俺の声が聞こえてないのか、会議室の奥へ視線を送っている。
そしてどこか一点を見つめたかと思うと、急に走り出した。
なにをする気だ?
腕の中にはいつも持っている抱き枕ひとつ。他には何もない。
狙いがさっぱり分からないが、とにかく行かせるわけにいかない。
俺はとっさに夜住へ駆け寄る。
「待て! 早く出ていけっ」
「彩ちゃん! ここは僕が抑える。行って!」
「なんだ真宵、邪魔だ! 離れろ!」
真宵は俺に飛びつき、羽交い絞めにしてくる。
この男、見かけは
これが若さか? それとも俺が老いただけか?
動けなくなった俺の横を、夜住はわき目もふらずに通り抜けていった。
「あ、あ、あのっ! プ、ププ、プロデューサーさんでしょうか?」
「ビックリしたなぁ~。そうだけど、なんだい?」
「見て欲しい物があるんですっ!」
夜住は阿木内の前に立つと、おもむろに抱き枕の中に手をツッコむ。
そして取り出されたのは書類の山――。
それは俺が真宵から取り上げたものと同じ企画書の束。
表紙には『デスパレート ウィザーズ』と書かれていた。
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