第十九話「栄光の第一歩 1」

 ついに迎えた企画審査会の日。

 会議室に捨て企画の書類を並べている最中、俺はふいに背中に鳥肌が立った。

 真宵が脇に抱えていた見知らぬ企画書・・・・・・・を見たとたん、目が釘付けになってしまう。


「おい真宵。それ、見せろ」

「部長!? いや、あの、それは!!」


 巧妙に隠しているようだったが、俺の目はごまかせない。

 審査員の人数分はあろうかという書類の束を奪い、そして戦慄した。


「デスパレート……ウィザーズ? この企画書はなんだ、真宵っ!? 俺はこんなものを作れと命じたか?」

「あの……ち、違うんです!」

「何が違う、だ……。こんなもの……」


 これは売れる。売れてしまう。

 表紙に描かれている絵を見ただけで、瞬間的に確信してしまった。

 こんなもの、ここにあってはいけないっ!!

 俺の栄光の第一歩、こんな所でつまづくわけにはいかないのだ!


 とにかく即刻、この企画書を隠さなくてはならない。

 ……いや、この世から抹消しなくてはならない!


 俺はすかさず、近くにいる部下に企画書の束を手渡す。


「おい。これ、シュレッダーにかけて来い。業務命令だっ!」

「あああ……待ってください!」


 真宵は悲鳴を上げるが、俺は部下に「行け」と伝える。

 これで一安心。

 ……そう思った時だった。



いかりくん、何かあったのかね?」


 ――柔らかくもあるが、重々しい男の声。

 ハッとして顔を上げると、白髪交じりの男性が会議室の奥から俺をじっと見ていた。


鬼頭きとう局長……。い、いえ、なんでもございません」


 鬼頭局長。

 我がユニゾンソフトの『コンシューマゲーム開発局』の局長であり、俺を部長に推薦してくれた大恩人。

 今回の企画を通すことについても内々に話がついている。

 それなのに、大事な会議の前にこんな醜態しゅうたいをさらすとは、我ながら不用心だった。


「神聖な場で慌ててしまい、申し訳ございません。……無関係の書類が混じっていたので捨てに行かせたまでのこと」

「そうかそうか。まあ落ち着き給え。完全新作の審査は我がグループとしても重要だ。碇くんの企画も楽しみにしているからね」


 鬼頭局長はゆったりと笑った。


 改めて見回すと、この広い会議室にはそうそうたる顔ぶれが並んでいる。

 我が社の各事業局の局長のほか、親会社ルーデンス・ゲームスのプロデューサー陣が勢ぞろい。

 この正念場を乗り切らなければ、俺の栄光はありえない。


 そしてプレゼン側には俺と真宵の二人。

 真宵は捨て企画のプレゼンのために呼んだわけだ。

 俺は気を引き締め、局長たちに一礼する。


「では本日の企画審査会、よろしくお願いいたします」



   ◇ ◇ ◇



 今回の企画審査会で検討に上がる企画は三本。

 そのうち二本は真宵に作らせた捨て企画だ。

 新人のつたないプレゼンも予想通りに効果を発揮し、二本目の審査を終える頃には場の空気は冷え切っていた。


「いやぁ、とんだお目汚しになってしまいましたな。事前にお伝えしていたとはいえ、さすがに新人の企画は粗も多く、誠に失礼いたしました」


「いやいや、碇くん。これも一種の武者修行だと聞いておるよ。……真宵くんといったかな? 若々しさにあふれて微笑ましかった。若者に経験を積ませようとは、碇くんも後進の育成に余念がないな」


「新人には勿体ないお言葉。先ほどまでの鬼頭局長の厳しいご指摘、真宵にもいい勉強になったと思います」


 当の真宵を横目に見ると、すっかり意気消沈してうなだれている。

 くく。

 俺に黙って企画書を作った罰だ。

 本来ならプレゼンを手厚くフォローしてやるつもりだったが、裏切り者には用はない。

 もうお前にチャンスはやらんから、そこでみじめったらしくこうべを垂らしていろ。



 ……さて、ここまでは全て計画通り。

 俺の『本命企画』が最も輝いて見えるように、わざとダメな企画を用意したわけだ。


 問題はここから。

 俺の企画書は、井張のアホのせいで完璧にはできなかった。

 仮素材で穴を埋めたものの、指摘されないことを祈るばかり。


 なによりも、捨てさせたはずの真宵の企画・・・・・が頭にこびりついて離れない。

 表紙を見た瞬間に悪寒が走ったことは、今までなかった。

 いつまでもまとわりつく気配を振り切ろうと、俺は声を張り上げる――。

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