第十六話「タイムリミット 4」

「ふひゃあぁぁっ!?」


 血みどろの怪獣バトルに巻き込まれて、私は跳び起きた。



 額をぬぐうと汗でじっとりと濡れている。

 暗闇の中で目を凝らすと、非常灯のかすかな明かりに事務机が照らされていた。


 ああ……ここは私、夜住やすみ 彩の今の職場。

 真夜中のキャリア開発室追い出し部屋だ。


「はぁっはぁっ……。夢……かぁ……」


 腕時計のバックライトをつけると、時計の針は午前四時を示している。

 中途半端な時間に起きてしまったみたいだ。


「やけにリアルな夢だったなぁ……。なんだろ。怖い悪魔やバトルの絵ばっかり描いてたからかなぁ……」


 いや、それだけじゃない。

 目覚めてしまった理由は自分でも分かってる。

 ――不安なんだ。

 いま描いてる絵が本当に合って・・・いるのかと。



 絵を一枚描くのは簡単なことじゃない。

 アイデアをいくつもひねり出し、ピンとくる形をさぐり、何枚も何枚もスケッチを重ねる。

 そして膨大な試行錯誤の上に浮かび上がってきたデザインを、今度は魅力的に見せられるよう線を描き、彩を与えていく。


 しかも今はタイムリミットが迫る中、一枚の失敗も許されない。

 なるべく冷静でいようとしてるけど、精神は確実に削られているみたいだ。



 真宵くんは私を「凄い」と言ってくれるけど、全然そんなことない。

 不安でたまらないから抱き枕に頼ってるだけだし、こうやって夜中に目を覚ますと、井張さんのチームの頃を思い出してしまう。


 助けを求めても、ただの一度も手を差し伸べられなかった。

 来る日も来る日も机の下で寝泊まりして、『お客さんが待ってる』という気持ちだけで動き続ける。

 リーダーの井張さんはまともに相手してくれなくて、頑張った果てには部長さんに追い出されてしまった。

 この真っ暗闇は、きっと私の心そのものなのだ。



「本当に部長さんに勝てるのかな……。もしダメなら、もう……」


「んにゃ~。彩ちゃんは、絶対に勝つ……んにゃ~」

「ふぇ? 真宵くん、起きてるの!?」

「二人なら……無敵……んごごごご……」


 どうも様子がおかしいので様子を見に行くと、それは真宵くんの寝言だった。



 絶対に勝つ。

 二人なら無敵。

 ……寝言だとしても嬉しい言葉だ。


「……真宵くん、ありがとう」


 彼を起こさないように、小さくお礼を言った。


 そうだね。今の私は一人ではないんだ。

 共に夢を見てくれる彼がいる。

 その事実を噛みしめると、勇気が湧いてくるようだった。

 ……うん。明日こそ頑張ろう。



 ところで今が午前四時なら、守衛さんはそろそろ見回りに来るはず。

 以前の私は泊まり込みの常連者だったので、守衛さんの見回り時間を把握していた。

 見つかるわけにいかないので、机の下、なるべく奥に隠れて眠ろう。


「彩ちゃ~ん」

「ふぇっ!?」

「ぶちょーきらい……。んが。嫌いなんにゃ~むにゃ」

「わ、分かったから静かにしよっ?」

「彩ちゃんなら、なんでも、んご、できる……んがが」

「真宵くん。気持ちは嬉しいけど、もうだまってぇぇ~」


 ふぇぇ……どうしよう。

 真宵くんの寝言が止まらない。

 守衛さんに見つかっちゃう!


 何とか黙らせる方法はないかと近寄って、そして驚いた。

 寝言を言いながら、机の下からゴロンゴロンと飛び出してきたのだ。

 なんて寝相が悪いんだろう!


 押し戻そうとしても私の手を振り払う。

 そして寝言が全然止まらない。


「彩ちゃん彩ちゃん彩ちゃ~ん」

「はいはい、分かったから静かにしようね」


「んがっ……。僕、頑張る……んぐぐ。……ちょう! ガンバルっから!」

「ダメだあぁぁぁ」



 その時、廊下の方から音が聞こえてきた。

 カツン……カツン……。響く足音。

 守衛さんの見回りだった。


 とにかく真宵くんを机の下に押し込もう。

 私は思いっきり彼の体を押し転がす。


「んにゃ~部長、押すにゃ~。女神は僕が守るんにゃ~~むにゃむにゃむにゃ」

「はいはい、ゲームの話は起きてからしようねっ」


 彼の体を奥に押し詰めて、思い切って真宵くんの口をふさぐ!

 そのタイミングと全く同時に、扉が開け放たれたのだった。



 ゆらゆらと動く懐中電灯の光、見覚えのある帽子。

 やっぱり守衛さんだ。


 そして私は自分の状況に絶望する。

 真宵くんを机の下に押し込んだのはいいけど、私自身は目立つ通路の真っただ中。

 身を隠せるものもないし、真宵くんの口から手を離せば、また寝言が始まってしまう。



 どこか、どこか隠れる場所はないの!?

 ――その時、私の目に飛び込んできたのは抱き枕だった。


 枕の中身を一気に引き抜いて、すかさずカバーの中に潜り込む。

 片手は忘れずに真宵くんの口をふさいだまま。

 そして体の凹凸が見えないように形を整える。


 私が――私が抱き枕になるんだっ!!

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