第十七話「タイムリミット 5(終)」

「……なんだ、抱き枕が転がってるだけか。……って、なるか~っ!!」


 守衛のおじさんの声が響く。


 ……結果から言うと、バレた。

 当たり前だよね。わかってた。

 懐中電灯で照らされるなか、私は恐る恐る顔を出す。



 だけど、いつまでも怒られることはなかった。

 守衛のおじさんは私の顔をまじまじと覗き込んでくる。


「おや、君は夜住やすみさんでしょ?」

「な……名前、覚えてもらえてたんですか?」


「いつも夜遅くまで頑張ってるからねぇ~。……でも、この部屋の人って残業していいんだっけ?」

「ふぇぇ……ナイショにしてもらえませんかっ? バレると私、大変なことになっちゃうんです~」


 必死に頭を下げる私。

 すると、守衛のおじさんはとっても優しそうに笑った。


「ははは。なにか事情があるんだろ? もちろんいいとも!」

「え、いいの?」


「ああ。素敵な絵描きさんに頼まれたらダメとは言えないからね。実はおじさん、君の絵のファンなんだよ」

「……ファン?」


「いやぁ……本当は皆さんのお仕事を見てちゃダメなんだけど、君の絵は自然と吸い寄せられる魔力のようなものがあるのかな。いつの間にか目に入ってたんだ」


 ……そうだったんだ。

 確かに夜中の見回りで会った時はお互いに会釈していたけど、そこまで見られてたとは思わなかった。


「ところで、残業は長く続きそうなのかい?」

「今週中が山場なので、できれば泊まり込みを……」

「うんうん。わかったよ。ぜ~ったいに他言しないから、頑張るんだよ!」


 ……なんて嬉しいんだろう。

 この感謝は絶対に忘れない。



「……そういえば夜住さん。その格好は何かの遊び……かな?」

「ふぇ?」

「抱き枕……カバー? ……ああ、うん。なるほどなるほど。……疲れると色々ハジけたくなるもんね。うんうん、わかるよ。ぜ~ったいに他言しないから、元気になってね!」


 守衛のおじさんは苦笑いをして去っていった。


 ……そうだ、私って抱き枕になってたんだ。

 うぅ……。恥ずかしいよぉ。

 見られた事実は絶対に忘れよう……。



「あれ? ……なんか、思いついたよ?」


 急にピン・・ときた。

 いま作っているゲーム企画は『魔法使いを操作するアクションゲーム』

 そして魔法使いと言えば『魔法陣』だ……。

 

 何の前触れもなく魔法が使えるんじゃなくって、空中に『魔法陣』を描いてから魔法を使えることにしよう。

 そして、その魔法陣が『しばらく空中に残る』ことにすればどうだろう?

 自分自身や自分の魔法が『残っている魔法陣』を通り抜けた時、『すっごく強化される』ことにすればどうだろう?


 魔法の強化のために自分で魔法陣を準備してもいいし、味方に準備してもらってもいい。

 そして、見ず知らずの他プレイヤーの魔法陣を利用しちゃってもいいわけだ。

 ……これこそ『協力でもあり、味方を踏み台にもできる』というアイデアに繋がらないだろうか?



 なんで急にピン・・ときたのかって?

 私が今まさにそんな状態なのだから。

 『抱き枕魔法陣』を通り抜けようとしている『魔法使い』!

 うん、間違いない!



 ……のちに振り返った時、この真夜中のテンションと意味不明な発想を恥ずかしく思うようになる。

 だけどこの時は「すごいぞ私っ!」ってノリノリだった。

 アイデアというものは、時として疲れた頭に宿るのかもしれないね――。



   ◇ ◇ ◇



 あくる日の朝、私は真宵くんに両手を握りしめられてた。

 夜中に思いついたアイデアを披露したところ、感激して我を忘れたようだ。


「ありがとう、ありがとう彩ちゃん! なんか行けそうな気がする!」


 真宵くんの少年のような笑顔を見るだけで、なんだか照れてしまう。

 二人なら無敵。

 彼の寝言を思い出し、胸がくすぐったくなってしまった。

 お礼を言うならこっちの方だ。

 夜中の憂鬱な気分を解きほぐしてくれたのは、まぎれもない真宵くんだったのだから。



「これは今日、企画がまとまっちゃうかもしれないな……」


 興奮した真宵くんは、おもむろに立ち上がり、ブツブツとつぶやきながらウロウロと歩き始める。


「うんうん、やっぱり面白そう。ソロで自由にプレイもできるし、味方用に魔法陣をつくるサポートプレイもできる。そして魔力の消費を抑えつつ強力な攻撃を続けるテクニカルプレイもできるわけか……」


「えへへ。真宵くんをお手伝いできて良かったよ~」


「……だったら、魔法の強さにリスクとリターンのバランスがあってもいいな。強い魔法ほど魔法陣が大きく且つ消えにくくなって、他人に利用されやすくなる。弱い魔法は利用されにくいけど弱いまま。……ああ、でもそれだと、踏み台にされたくない人は弱い魔法しか使わなくなって地味なゲームになっちゃうな。……むしろ逆か? 小さい魔法陣を狙うのは難しいから、成功すると強化率がグンと伸びる。ちょっとこのあたりは詳しく検討しないとな……」


「あれ、真宵くん? お~いお~い」


 ダメだぁ。

 没頭しすぎて声が届いてないみたい。

 でも迷いが消えた彼の凄さを知っているので、私は安心して見つめることができる。



 ――そして最終日の夜、ついに企画書は完成したのだった。


 ゲームの企画タイトル

『デスパレート ウィザーズ』



 デスパレートとは『絶望的』、『崖っぷち』という意味で、同時に『相手に助けを求める』という意味もあるらしい。

 崖っぷちで共闘する魔法使いたちの物語。


 私たちはこの企画で反撃する。

 部長さんとの対決は目の前に迫っていた。

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