第十五話「タイムリミット 3」
この僕、真宵 学は自分の企画を目の前にして、頭を悩ませていた。
刻々と迫る企画審査会。
時計を見るだけで心が擦り切れそうになる。
何も浮かばない。
せっかく彩ちゃんが素敵なイメージボードを描いてくれてるのに、僕自身はこのゲームに「オリジナリティ」を与えられないままでいた。
僕はやっぱり、自分の名前の通りに迷ってばかりのダメ
だけど、それでも部長に勝ちたい。
勝って、僕と手を組んでくれた彩ちゃんに報いたい。
彼女は迷ってばかりの僕の世界に、文字通りに
僕は改めて机の上のメモ帳に視線を落とす。
6:味方の『何らかの行動』を利用すると、非常に強い攻撃になる。
これによってプレイヤー同士が連携できたり、
ライバルプレイヤーの行動を踏み台にすることができる。
この『何らかの行動』がオリジナリティの鍵なんだと思う。
何らかの行動何らかの行動なんらかのこうどうなんらかの……。
あぁ、ほんとにダメだ。
文字の上を目が滑るだけで、なんにも浮かばない。
――その時だった。
「おい、真宵。何やってんだ?」
「ぶちょっ?」
威圧するような男の声で顔を上げると、背後に碇部長が立っていた。
席を長く外していると怪しまれるので、僕は見かけ上の退勤時間までは本来の座席で仕事せざるを得ない。
部長は基本的に部長室にいるはずだけど、僕の元に『捨て企画』の進捗状況を見に来るので、普段の僕なら注意を怠らなかったはずだ。
ヤバイ。
悩みすぎて、気が散漫になっていた!
メモ帳を見られた!?
慌ててメモ帳を腕で隠すが、部長は眉をしかめながら見下ろしてくる。
「なんだ変な声を上げて。怪しいな」
◇ ◇ ◇
「そ……それで、大丈夫だったの?」
深夜のキャリア開発室でお茶をすすりながら、真宵くんの顔を覗き見る。
彼から今日の出来事を聞かされて、私は背筋が凍る想いがした。
真宵くんは深くため息をついた後、安堵の表情で顔を上げる。
「危機一髪だったよ……。ビクッとした時に手がマウスにあたってさ。パソコンのスクリーンセーバーが消えて、捨て企画の画面が映し出されたんだ。……だから部長も『なんだ捨て企画か』って言ってたよ」
「はぁ~よかった……」
本当によかった。
部長さんもわざわざ捨て企画をつくるぐらいだから、自分の企画に必死なんだと思う。
対抗してることがバレた時点で、強引に潰されちゃいそうだ。
「部長のチェックの目は厳しいよ……。捨て企画でさえも『そのアイデアは面白そうだから消しとけ』とか言うし」
「真宵くんもやりづらい環境なんだねぇ……」
「仕方ないよ。でも、どうしても彩ちゃんとの企画を成功させたいからね。そのためなら何でもやるさ」
そう言って、真宵くんはノートパソコンを開く。
勤務時間の間は追い出し部屋への電子機器の持ち込みが厳重にチェックされるけど、今は見張り役の受付の人もいないボーナスタイム!
こうしてこっそりとパソコンを持ってきてくれたのだ。
画面に映し出された私たちの企画書には、今日描いたばかりの私の絵がスキャンされて貼られている。
「あ、狙い通りにいい感じ! こうやって書類になると、本当にゲームが作れそうな気になってくるねぇ~」
「ほんとにゲームを作ってるんだよっ」
「えへへ、ごめんごめん。でも先は長いねぇ。表紙と主人公と敵は描いてみたけど、まだまだ絵はたくさん必要……」
描きやすいところから始めてるだけで、後半のゲームシステムの説明イラストは未完成のまま。一度描いた絵もあとで手直しが必要になってくるから、なるべく前倒しで進めたいところだ。
ページをスクロールしていくと、見慣れないページが追加されていた。
「本作のメインターゲットとサブターゲットそれぞれの市場規模……、販売目標本数の見込み……」
資料の冒頭にはターゲットユーザーの分析や類似タイトルの市場規模、そしてこのゲームにどれだけのユーザーを取り込めるのかの根拠が手短に……しかし説得力をもって書かれていた。
それぞれの数字が正しければ、「この製品は売れる」と確信させられるような内容だ。
「真宵くん、本当にすごい。十万本どころじゃなく、その何倍も売れそうに思えてくる。いつの間にこんな資料を!?」
「い……いや彩ちゃん、そんなキラキラした目で見ないで! 田寄さんにもらった資料のおかげだから……」
「資料? ……田寄さんが!?」
「うん。しかもその資料、あの神野ディレクターが退職直前までまとめていた市場調査書だったんだ。……すごかったよ。とにかく予算を通すための技術の結晶だった」
真宵くんが言うには、ゲームの企画審査で重要になるのは企画の面白さそのものと言うより『利益が出る根拠』のほうらしい。
お金を出す偉い人が審査するのだから、それは当たり前と言える。
要するに「面白いかもしれないけど、売れんの?」って問われるわけだ。
神野さんの資料はその『利益が出る根拠』を示すための物で、これがなければ審査会は門前払いを食らっただろうということだった。
「あと田寄さん自身もちょくちょくアイデア出しに協力してくれてさ。すごいよ田寄さん。元々は何の職種だったんだろう。やっぱりプランナーなのかな……」
真宵くんは目がキラキラしている。
以前の彼の目は濁った泥のようだったので、ここまで元気になってくれて嬉しくなる。
「あ、そうだ。アイデア出しと言えば、プレイヤー同士の連携に使う『何らかの行動』……。あれは決まった? 私もそろそろ説明イラストの案出しをしたいんだよ~」
「ううっ……」
「真宵くん?」
私の質問がまずかったせいか、彼の目はあっという間に光を失い、濁ってしまった。
「まだ……決まってないんだ。田寄さんともブレストしてみたんだけど、なかなか思いつかなくって……。なんかこう、出そうで出ないんだよね。彩ちゃんのイメージボードにヒントがあるような、ないような。『魔法使い』がモチーフである必然性も欲しいし、パッと見でわかりやすくもあって欲しいし、協力しつつも『してやったり感』も欲しいし……」
う~ん。
真宵くん、また迷いモードに突入しちゃってる。
私も力になりたいけど、パッとアイデアが出なくてもどかしい。
ふと時計を見れば、もう午前一時をすぎちゃっていた。
「寝よう、真宵くん。寝れば頭スッキリ。明日の自分を信じて! 明日は私もアイデア出ししてみるから!」
そうだそうだ。
頭を使うとき、徹夜してもいいことなんてないのだ。
真宵くん持参のタオルケットを彼にかぶせ、問答無用で電気を消す。
「ちょっ待っ! 彩ちゃん暗い暗い」
「いいから黙って、机の下にもぐって。守衛さんが見回りに来るから、バレないように出てきちゃダメだよ!」
私も非常灯の明かりを頼りに寝袋を広げ、別の机の下に潜り込む。
「……こんなギリギリの状況なのに、肝が据わってて凄いね。僕は自分が情けなくなるよ……」
「そんなことないよー。寝て寝て~」
「うん、おやすみ……」
そして私は目をつむる。
このまま何事もなく朝を迎えると思ってた。
夜中にひと騒動が起こるなんて、思いもよらなかったのだ――。
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