第十四話「タイムリミット 2」

 ――それから丸二日をかけて、ついに世界観やモチーフの方向性が定まった。



 モチーフは『現代の魔法使い』


 現代社会に蘇った『凶悪な悪魔』に立ち向かうべく、自らも『悪魔と契約』して魔法を身に着けた『魔法使い』の戦いの物語。

 空を自在に飛び回り、強力で派手な魔法や近接攻撃で戦闘を彩る。

 忌まわしい力に振り回されながらも、人々を守るヒーローとなって戦うのだ。


 ランキングのための得点は『人々の感謝の想い』や『悪魔から削り取った力』を数値化して入手する。

 要救助者や敵の数が限られているので、ある意味でプレイヤー同士の争奪戦にもなる。

 そして最も優れた働きをした魔法使いには、屈服させた悪魔との契約権が与えられる。

 またプレイヤー全体のモチベーションの維持のためにも、順位の低い人たちも低確率だけど強力な魔法が入手するチャンスを与えられる……。


 これが、世界観で彩った、私たちのゲーム企画の骨子である。



「うん。僕はいいと思う。……さんざんアイデア出しをしたもんね」

「そうだね~。翔太くんたちも大人っぽくてリアルっぽい物が好きだし、興味を持ってくれると思う!」


 真宵くんも晴れ晴れとした顔つきで、見ているだけでうれしくなる。


「あとは企画書にまとめるだけだね!」

「……あ。……うん、そうだね」


 真宵くんの顔が青ざめている。

 さっきまで楽しそうだったのに、コロコロと変わって忙しそうだ。


「真宵くん? ……急にどうしたの、お腹を押さえて。おトイレ?」

「……冷静に考えるとさ。あと三日しかないんだよね」

「三日。……ふぇ、三日!? そ、そっか! どどどうしよう」


 企画書用の絵素材をこれから準備するんだけど……。

 表紙用のメインビジュアルの他に、主人公、敵、舞台のイメージボードをそれぞれ複数。

 さらにゲーム内容の説明用のカットを含めると、必要な絵素材は十枚とか二十枚とかになりそうな気がする。

 あと三日で全部を終わらせるなんて、絶望的だった。



 私は頭の中で、作業時間を必死に見積もってみる。

 ……せめて、あとまる一週間は欲しい。

 例えば残り三日をそれぞれ15時間勤務すれば、一週間の作業時間ぐらいになるかもしれない。


「……真宵くん。私、これから三日間、泊まり込みで作業するよ!」

「そうか……。じゃあ僕も……」


 真宵くんが言おうとした時だった。


「絶対にダメだよ!」


 厳しい口調の大声が響いてきた。

 声の元をたどると、部屋の奥で怖い顔をしてる田寄さんが立っている。


「真宵くんが残業するぶんには、法律の範囲内なら許可してもらえる。……だけど彩ちゃんはすでに会社に目をつけられてんだ。そのことを自覚するんだよ」

「田寄さん……。でも」


「本来与えられてない仕事のせいで残業したら、どうなると思う? 当然、君たちが相手しようとしてる部長さんにもバレることになる。そうなれば、きっとこの部屋にも監視がついて、何もできなくなると思うよ」


「そうか……。どうしよう、彩ちゃんにそんなリスクを背負わせられない……」


 真宵くんも目を伏せる。

 ここまで頑張ってきたのに、もう時間切れなんて……。


 諦める?

 せっかくここまでたどり着いたのに?

 まだあと三日も残ってるのに?


 そのとき脳裏に浮かんだのは男の子のゲームに熱中する姿。

 そして、私にサインをねだる翔太くんのいい笑顔だった。


 彼らの笑顔が見たい!

 そのためにここまで頑張ってきたんだ。

 企画審査会っていう本番を迎える前に、あきらめてなるものか!


「……審査会に企画書を出した時点で、どうせバレちゃうんです。だったら審査に勝って、自分の居場所を自分で作ります! 私はゲームを作りたいから!」


「だ……だから残業はダメだって」


 そんな田寄さんの言葉を真宵くんが振り切る。


「だったら残業した痕跡を残さなければいい。サービス残業しよう! このキャリア開発室に泊まり込んで、合宿をするんだよ!」

「バカ言ってんじゃないよ! うちの会社がブラックな体質から抜け出ようと必死にもがいてるときに、何言ってんのさ!?」


「その影響で追放された田寄さんがそれをいいますか!?」

「……サービス残業は絶対にダメだ! 働いて報酬を得ることはなにより尊いんだよ。無報酬で働くなんて論外だし、従業員の体を想うからこそルールが決められてるんだ」


 でも、真宵くんは首を縦に振らない。

 私も引き下がるつもりはない。


 ルールに背いても、私はやりたいことをやるんだ!

 だって作りたいんだもんっ!


「嫌です。僕は彩ちゃんと一緒にゲームをつくるって決めたんだ。今が最大の、そして最後のチャンスかもしれないんです!」

「私も合宿したい! 会社で泊まり込むのは慣れてるし、守衛さんの見回り時間も知ってるから、バレずにやり過ごせます!」



   ◇ ◇ ◇



 ――私たちと田寄さんのにらみ合いはいつまでも続いた。


 やがて終業のチャイムが鳴った時、田寄さんは「はぁぁ……」と深くため息をつく。


「深夜の作業の時には、扉から光が漏れないように隙間をふさいでおくんだよ」

「田寄さん……!」


「トイレはすぐ脇にあるからいいとして、給湯室と休憩室は途中でカードキーの扉を通るとバレるから、使えない。ポットぐらいは用意しておくんだよ。……駄菓子とカップ麺は自由に食べちゃって。少ないけど、アタシからの残業代だから」


 田寄さんは呆れつつも、「しょうがないな」とつぶやく。

 それは見逃してくれるということだった。


「ありがとうございます!」

「勘違いしないように。アタシらができるのは、君らの暴走に目をつむるだけだ。二度とやるんじゃないよ。……あと、絶対に七時間は寝ること! 彩ちゃん、徹夜はお肌の大敵なんだからね!」


「はい!」


 二人そろって声を上げる。

 あと三日。

 ――絶対に企画書を完成させてみせる。

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