第二十五話「戻ってきてと頼まれても、もう遅い!」

「……彩ちゃん、おつかれ」

「うん。真宵くんも!」


 受容性調査が終わり、偉い人たちも全員帰っていった。

 私と真宵くんは空っぽになった控室で一息をつく。


「今日はなんだか大変だったね。局長さんは頭が噴火したみたいで怖かった~」

「ははは。大変なのはこれからもだよ。企画立案プランニングが終わった後はプリプロダクション。そしてαアルファβベータ、デバッグ、マスターアップ後の運営と……まあ色々あるからね」

「プリプロ……? アル……ファ?」

「いいよいいよ。今度ゆっくり教えるから」


 むむぅ。真宵くん、もしかして私をあなどってるなぁ?

 ……まあ、それはその通りなんだけど~。

 私が「むぅ~っ」と唇を尖らしてると、控室の扉が開いた。


「審査通過、おめでとう」

「井張さん!」


 なんと、入室してきたのは井張さんだった。

 彼は以前のようなトゲトゲした雰囲気はなくて、丸くなった感じがする。

 今日なんて、意外なことに助けてくれたのだ。


「……私こそ、ありがとうございます。部長さんにひどく言われた時、フォローしてくれて」

「そんなことないよ。俺もさんざん嫌なことを言ってきたんだ。部長と同罪さ……」 


 そして井張さんは深くため息をつく。


「それにしても完敗だよ。追い出し部屋行きになったのに、自分で企画を立ち上げるなんてさ。……俺はもう行き場がないっていうのに」


 行き場がない……その意味深な言葉が気にならないはずがなかった。

 井張さん自身も聞いてほしそうにチラチラとこちらを見ている。

 たぶん控室に入ってきたのも、この先の話が目的なのだ。


 どうしたんですか、と聞こうとした時、真宵くんが口を開いた。

 彼らしからぬ警戒心をあらわにして、苛立ち交じりに言葉を放つ。


「井張さんが関わってるソシャゲ、サービス終了の話が出てるらしいですね」

「えっ、そうなの!?」


「この前の炎上騒ぎから売り上げがガタ落ちだし、責任者の部長は今回の企画ばかりにかまけてたから、イラスト以外のパートもボロボロらしい。そもそもSSSレアの追加実装自体も低迷した運営のV字回復を狙ったかららしいんだけど、それがとどめを刺しちゃったわけだ」

「君の言う通りだよ……。まぁ、いきなりすぐに終了とはならないし、持ち直せば継続もあり得るらしいんだけど……」


 真宵くんは目を据わらせながら井張さんの前に立つ。


「そんな話を僕らに……いや、彩ちゃんに話して、どうして欲しいんです? ただ愚痴をこぼしに来ただけじゃないんですよね?」

「お見通しか……」


 井張さんはあきらめたように天を仰ぎ、そして私に向き直った。



「チームに、戻ってきて欲しいんだ」

「ふぇっ? ふぇぇぇっ!?」


「俺はとっくの昔に部長の企画立案から外されて、潰れかけのソシャゲ運営チームでイラストのチェック作業をしてる。はは。知っての通り、チェック作業という名の描きなおし作業だよ。デザインチームにも愛想をつかされ、一人で粛々とね。……でも、もう限界なんだ。疲れてるんだ」


 そして深々と頭を下げた。


「ずっと一人でイラストを直し続けてきて、夜住さんの凄さと頑張りを思い知った。俺はなんてものをないがしろにしていたんだと気付いた。俺がバカだった。ごめんなさい! 許してほしい!」

「えっとえっと。だからって戻るって、それはちょっと……」


「あのソシャゲが本当にサービス終了になったら、俺は行き場を失うんだ。助けてください! 戻ってきてください! ……そうか土下座か? 土下座でもすればいいのか?」

「いやいや、あの、やめてくださいぃぃっ」


 私が何も言ってないのに、井張さんは勝手に椅子を降りて土下座してしまった。


 ううぅ~ん。これは困った……。

 古巣のピンチと元上司のなりふり構わない姿にどう反応すればいいのか分からない。

 少なくとも明らかなのは、サービスが終了すると更新を楽しみにしてるお客さんたちが悲しむだろうってことだった。

 お客さんの悲しみにはトコトン弱くて、私にできることはないかと考え始めてしまう。


 その時、私を守るように真宵くんが前に出た。


「理不尽に追い出したのに、戻ってくれなんて勝手すぎる!」



 彼の後ろ姿に頼もしさを感じる。

 でも同時に、彼に頼りっぱなしじゃいけない、と思った。


 こんな時、私は無意識なのか、いい子ぶって強い言葉を避けてしまう。

 真宵くんが私の代わりに拒絶の言葉を発してくれることを、心のどこかで期待してるのかもしれない。

 ううん。頼ってるのは真宵くんばかりにじゃない。部長さんに怒鳴られた時には井張さんの助けも借りてしまった。


 自分の想いは、自分の口から伝えなきゃいけないんだ――。



「真宵くん。いいよ、私が自分の言葉で言うから。言ってもらうなんてズルすぎるもん」


 私は真宵くんの肩を叩き、そして彼の前に出た。


「井張さん。私は今日来てくれた子供たちの期待に応える責任が生じちゃったんです。……だから、これから忙しくなっちゃいます。戻ってきて欲しいって言っても、もう遅いです……よっ」

「そん……な……。俺は、どうすればいいんだ……」


 井張さんは床の上で体を丸め、唸り始めてしまった。

 でも、私は彼の手を取れない。取らない。

 ――そう決めてしまったから。



「まぁったく、言葉が優しいなぁ。『プロデューサーに気に入られたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!』……ぐらい、言いなよ~」


 振り返ると、背後にはさっきのプロデューサーさんが立っていた。

 うわわ……。

 偉い人たちは帰っちゃったと思い込んだのに、いつから聞かれてたんだろう?

 ハラハラする私を尻目にして、プロデューサーさんは井張さんの肩を叩く。


「土下座なんてするもんじゃないよん。ただカッコ悪いだけで、いいことなんて一つもないし~」


「あの、プロデューサーさん。あまり言いふらす話ではないので、どうかナイショに……」

「わかってるよん。っていうか、そういえば名乗ってなかったっけ?」


 プロデューサーさんはニヤリと笑うと、私たちの前に向き直る。

 銀髪が揺れ、鋭い眼差しが光った。


「ボクは『ルーデンス・ゲームス』のプロデューサー、阿木内だよ。阿木内あきない みやび。よろしくね~」


「よ、よ、よろしくですっ。私は夜住やすみ あや。こちらの彼は真宵まよい まなぶくんです」

「真宵です。よろしくお願いします!」


「知ってる知ってる。企画書に書いてあるもん。それにしても、碇さんが言ってたよ。あの企画書の絵素材を全部、たった二週間で用意したんだって? 『ありえない、なんでなんだ』とか独り言を言ってたよ~」


「い、いえ違います……」

「あ、そうなんだ。……それもそっか。さすがに二週間だと無理だよね~」


「いや……あの。前半はアイデア出しばっかりだったので、手を動かしたのは一週間だけでした……」

「――はっ!? え、うそ。ほんと!? 君、どんだけ手が速いの?」


 常に余裕のありそうな阿木内さんが、私の知る限りで初めて動揺した。

 私はちょっと照れくさくなり、抱き枕に顔をうずめる。

 本当は最後の三日間で描いたんだけど、さすがに会社に泊まり込みしたことはナイショなので、黙っていよう。



 すると、井張さんが聞いてきた。


「あのさ、夜住さん。聞いていいか? 追い出し部屋に追放されて、普通ならモチベーションは無くなるはずだ。なんでそんなに頑張れるんだ?」


「……私はモノづくりだけが生きがいなんです。作品を作ることでつながれる、作品の向こうにいるお客さんたち。その人たちの笑顔を想像するだけで、元気が湧いてくるんです。……頑張れる理由なんて、それだけです」


 私はいつも考えてることを一息に吐き出した。

 すると、井張さんは急に自嘲気味に笑いだす。

 そして天を仰ぎ、つぶやいた。


「はは……は……。完敗だな。俺も部長も、結局自分のことしか考えていなかったんだ。誰のために作っているのか、それを忘れちゃだめだよな」


 そして言葉を区切り、私たちに向き直った。


「……今ならその気持ち、わかる気がする。実はさ、俺が直したソシャゲ用のイラストがネットで『良くなった』って言われて、嬉しかったんだ。あの人たちに届けてるんだって分かって、やる気が出る自分がいたんだ。……俺、今のチームで必死に頑張るよ。イラスト制作会社の人たちとしっかり協力して!」

「そうですね! 応援してます!」


 井張さんはガッツポーズする。



「おおっと。ちょっと待って待って~。なんかいい空気のところで悪いんだけど!」

「ふぇ?」


 急に阿木内さんが割って入って驚く。

 いったい何を言い出すのだろうと思っていたら、阿木内さんは井張さんの肩を叩いた。


「君が井張くんだよね?」

「え? ……ええ」


「君、そのイラスト制作会社に出向だって~。碇さんと一緒に!」

「はぁ?」


「さっきね、鬼頭局長が決めてたよん。『夜住くんに免じて首だけはつなげてやるが、まずはソーシャルゲームの制作立て直しをして来い。それまで戻るなぁぁーーっ!』……だって。でも戻れるのかな。あのイラスト制作会社って経営状況もボロボロみたいなんだけど……」


「いや、俺はともかく部長が行ってどうなるんです? サービス運営の指揮は?」


「後任で優秀な人をつけるって言ってたよ~。あ、碇さんは役職を解かれてヒラになるみたい。プランナーなのに絵の仕事、できるのかな? 少なくとも井張さんと同じ立場だから気を使う必要はないんじゃない? よかったね!」



 そっか、阿木内さんがわざわざ戻ってきたのは、これを伝えるためだったんだ……。


 阿木内さんの言葉で、井張さんは魂が抜けてしまったように立ち尽くしてしまった。

 そのままフラフラと控室を出ていって、姿が見えなくなる。

 阿木内さんが大声で「あとでちゃんと正式な辞令があるみたいよ~」と伝えてたけど、何の反応もなかった。


 なんていうか……。

 私にはこれ以上はどうにも出来なさそう。

 井張さんの健闘を祈りつつ、私は自分のできることを頑張ろう。

 うん、そうしようっ!



   ◇ ◇ ◇



 その後、阿木内さんとは別れ際に名刺交換をした。

 ……といっても今の私は名刺を持っていないので、真宵くんの名刺の隙間に名前を書かせてもらうだけだ。


「ありがとね~。たぶんボクが担当プロデューサーになるから、今度ともヨロシク~」



 阿木内さんはちょっと軽薄そうで、笑った顔だけでは本心が見えにくい。

 ――なんか苦手なタイプかも、とちょっと思う。

 モノづくりの人間から見れば、商売人タイプの人は話題やノリが合わないことが多い。

 でもモノを作って売るためには大切なパートナーなので、うまくやっていけるといいな、と私は願った。



 真宵くんはというと、私と違って堂々と対面している。


「阿木内さん。企画書を褒めてくださって、ありがとうございます」

「はっはっは。まだまだ褒めてないよ~。さすがに企画内容は粗削りだし、君たちはゲーム開発の実績がないぶん、これからが大変だよ~」


「でも、次に進めていいんですよね?」

「うん。特に今回は絵に救われたね! ダークでカッコよくて、そしてリアリティも感じられる。……ま、そういう理由はともかくとして、『売れそう』ってピンと来たんだよね!」


 阿木内さんは私に向かって親指を立てる。


 その瞬間、胸のあたりがくすぐったくて仕方なくなった。

 警戒していた気持ちがいとも簡単にひっくり返り、小躍りしたくなるぐらいに軽くなる。


「ありがとう……ございます……」


 阿木内さんのことはよくわからないけど、色々な言動から察するに、きっと凄い人なんだろう。

 そんな人が『売れそう』って言ってくれた。


 私は高尚な芸術家を気取りたくはない。

 なるべく沢山の人に売れる・・・絵が作りたい。

 なるべく沢山の人に好き・・って言ってもらいたい。


 だからこそ、商売のプロに褒められてニヤニヤが止まらなくなってしまった。



「……ところでこの絵柄。夜住さんって、もしかして……」


 その唐突な一言で我に返ると、阿木内さんは私の絵をじっくりと見ていた。


 もしかして私の正体がイラストレーター『イロドリ』だって気付いたのだろうか?

 個人的なお仕事は絶対に秘密なので、バレるのはマズいなぁ……。

 今は副業的に仕事してるわけではないので会社は怒らないと思うけど、個人的に仕事とプライベートは混ぜたくないのだ。


 ドキドキしながら様子をうかがってると、阿木内さんは笑顔で顔を上げる。


「はっはっは。イロドリが素敵って思っただけー。これからも期待してるよん、神絵師さんっ」


 彼はそう言うと、颯爽さっそうと去っていくのだった――。



 ビルの入り口で二人だけとなり、私は真宵くんと顔を見合わせる。


「彩ちゃんがイロドリ先生本人だと……気付かれたのかな?」

「……どうなんだろう? 妙な間があってドキドキしちゃった」


 今回の企画書の絵はメインターゲットに合わせて普段よりもずいぶん絵柄を変えている。

 それなのに気付かれたのなら、無意識に癖が出てたのかもしれない。

 もしくは阿木内さんの目がよっぽど鋭いのか。


「もっと絵柄を変える?」

「う~ん。バレるのは困るけど、今日の子供たちの反応は大切にしたいよ。良さを維持しつつ、もっと煮詰めてみるっ!」


「じゃあ、僕も企画をもっと煮詰めていく。彩ちゃんの絵に応えなきゃね! ……それにプログラマやシナリオライターも見つけなきゃ。忙しくなるぞ~!」


 私たちはやる気いっぱいに拳を握りしめる。



 イラストのチェック作業もやりがいがあったけど、ゲームをゼロからつくる体験は何よりも刺激的で、面白い。

 これから私たちは『面白くていっぱい売れるゲーム』を作るのだ。

 そしていつか、必ず『神ゲー』と呼ばれるものを作って見せる。

 ――すべてはお客さんの笑顔のために!

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