第二十六話「え、企画したのに追い出すんですか?」

「え、企画したのに追い出すんですか?」

「理解がはやくて助かるよぉぉ~。真宵くん。君はクビ~」


 いよいよゲームの開発が始まると思っていたのに、出社した僕を待っていたのは唐突な追放宣告だった。

 僕の席にはなぜか先輩プランナーの伊谷見いやみさんが座っていて、僕の荷物はダンボールにぞんざいに放り込まれている。


「伊谷見先輩って、ブラウザゲームのプロジェクトにいたんじゃ……」

「せんぱいぃぃ? ぼくはこれから君の企画のディレクターになってあげるんだよ? 他のプロジェクトで忙しかったぼくが! わざわざ! ほら、伊谷見ディレクターって呼びなよぉ」


 伊谷見さんはその丸い巨体で押し迫り、僕の顔に書類を叩きつけた。

 思わずつむった目を開けると、そこには見慣れたイラスト――僕と彩ちゃんで作った企画書が押し付けられている。


「や、やめてください……」

「だいたいねぇ。新人が企画を出すだけでも身の丈に合ってないのに、先輩を差し置いて自分のゲームを作ろうだなんて、早すぎなんだよぉ~」

「いや、あの……。碇部長が作るチャンスをくれただけでして……」


「ぶちょ~? あの人、もう部長じゃないし島流しにされたじゃな~い。それにねぇ、そもそも頼まれてないモノ作るなんて、ルール違反でしょぉぉ?」


 頼まれてない……。それはそうだ。

 部長に秘密で企画書を作り、企画審査会に無理やりねじ込んだんだから、自分でもまっとうなやり方じゃなかったって思ってる。

 でも、その情報は碇部長や彩ちゃんなど、限られた人物しか知らないはず。

 そこまで詳しい情報を知られてるってことは、部長がバラしたんだろうか?


「……でも、正式に審査は通過したんです!」


 そう、なにも後ろめたいことはやってない。

 それに立案者本人を追放するなんて意味不明すぎるっ!


「だいたい僕がクビになる理由が分からないです!」


 僕は顔に叩きつけられた企画書を押し戻し、叫んだ。

 ……だけど、いつの間にか僕の周りを屈強な男たちが取り囲んでて、鋭い眼光を投げかけていた。


「開発の経験がないド新人に大きな予算を任せられるわけないだろう?」

「で、でも僕と彩ちゃんのアイデアがつまった企画で……」


 すると伊谷見さんはまるまると大きな顔を接近させる。


「アイデアだけなら素人でも出せるんだよぉ。鬼頭局長は君が頼りない『迷いくん』だと知らないから承認してくれただけ~」

「そうそう。優柔不断な真宵が混じってたら、いつまでも仕様が決まらないからな!」


 まわりの男たちも同調するようにうなずき続ける。


「いるだけでお荷物だったから、捨て企画しか頼まれなかったんだ。邪魔する前に出て行けよ。さあっ!」

「……だいたい、夜住 彩は追い出し部屋の住人だろ? そいつに手伝わせたことが偉い人の逆鱗に触れたって噂だけどな!」


「な……なんですかそれっ? そんな理由で追い出すなんて、意味が――」


 あまりにも不条理で理不尽な行為!

 僕は必死に抵抗する。


 ……だけど伊谷見さんの巨体の圧には歯が立たず、なすすべなく廊下まで押し出されてしまった。

 伊谷見さんは閉じる扉の向こうで、企画書に頬ずりしながら笑う。


「真宵ちゃんの企画はぼくがうま~く作ってあげるから、心配しなくていいよぉ。半年後のプリプロ審査会の結果、楽しみにしてて、ねっ」



 ――そして僕は企画も自分の居場所も奪われ、追放されたのだった。



   ◇ ◇ ◇



 キャリア開発室――通称『追い出し部屋』

 今日も機材管理室から送られてきたキーボードのほこり取りをしていると、うなだれた顔の真宵くんがやってきた。


「彩ちゃん……ごめん……」

「あれ、真宵くん! その大荷物はどうしたの? 大掃除?」


 彼は大きなダンボールを抱えて立ち尽くしている。その箱の中には物がぞんざいに詰め込まれていた。


「大掃除じゃないんだよ……」

「でも、ここって倉庫区画だし、掃除以外に荷物を持ってくる用事なんて……」


「僕もキャリア開発室勤務になっちゃった……」

「ふぇぇ!? なんで!?」



 今日一緒に出勤した時には「いよいよゲーム開発開始! 彩ちゃんの席を準備してくるね!」……と彼は生き生きしてたのに、ほんの三十分も経たないうちに事態は一転していた。


 真宵くんの話を総合聞いても、まったく理解ができない。

 この会社、絶対におかしいよ!


 彼は可哀想なぐらいにうなだれていて、壁際でダンボールを抱えながら座り込んでいた。

 その落ち込み具合は、部長さんに捨て企画を作らされていた頃の彼を思い出させる。

 あの時は彼に元気になってもらいたくて企画作りを提案したのに、その結果がコレだなんて悲しくなってくる。


「ごめんね……。私が企画を作ろうって焚きつけちゃったばっかりに、真宵くんを巻き込んじゃった……」

「違う! 僕は彩ちゃんに救われたんだよ! 君と一緒じゃなかったら、僕はもっと前に死んでいた!」


 ふいに顔を上げた真宵くんが私の手を握る。

 その目はとっても真剣で、まっすぐに私に投げかけられた。

 うわわ……。そんなこと、現実に言われるなんて初めてだ。


 ドキドキしてると、いつの間にかまわりが騒がしくなっていた。

 見回すと、追い出し部屋のみなさんがムズ痒そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「ひゅ~ひゅ~。若いっていいねぇ。熱さに焼かれちゃいそうだよ」

「田寄さんも皆さんも、茶化さないでくださいよ……。僕は真剣なんですから」


 田寄さんはニコニコしながら駄菓子の棚を運んできてくれて、真宵くんの前に立つ。


「ひとまずさ、駄菓子でも食べなよ~。歓迎の気持ちをこめて、今日は無料! 好きなだけ持っていきなっ」

「そっか、これから私たち一緒の職場だね! 私も秘蔵のビッグカツあげる!」


 追い出し部屋の皆さんもめいめいにお菓子を持ってきて、真宵くんに慰めと歓迎の言葉をかけていく。

 ほどなくして真宵くんのダンボールはお菓子でいっぱいになり、彼もだんだん落ち着きを取り戻していくのだった。



   ◇ ◇ ◇



「そういえば……その伊谷見さんって先輩が言ってた『半年後のプリプリ審査』ってどういうこと?」


 真宵くんのために彼の座席を整えてた時、ふと彼の話を思い出した。

 その単語は……確か受容性調査の日にも聞いたことがある。


「プリプじゃなくって、プリプ、ね。『プリプロダクション』って言って、ゲームの開発本番の前にやる『本当にコンセプトを達成できるのかの確認段階』のことだよ。半年後に審査会があって、通過しないと本格的な予算がもらえないんだ」



 真宵くんの説明はこんな感じだった。


 ゲームの開発にはとっても大きな予算と長い期間が必要になる。

 いきなり本格的な開発を始めるとリスクが大きすぎるため、試しに一部分だけを作って『面白さの確認』をしておくわけだ。

 そして一部分を作ることで『本格的な開発プロダクション』で必要になる期間や予算、技術もわかってくる。

 ……こういう『試しに作ってみる段階』が『プリプロダクション』というものらしい。


「へぇぇ。ちゃんと考えて作ってたんだねぇ」

「そりゃそうだよ~。何も考えずにお金を使ってたら、簡単に会社がつぶれる時代だからね」



 ――それは本来、私と真宵くんがやるはずだった仕事。

 企画が正式に認められたのに、子供たちにゲームを届けるって『夢』が理不尽に奪われてしまった。

 その悔しさが今さらながらこみあげてくる。


「ゲームの開発って、パソコンがないとどうにもならないんだよね?」

「うん……。このキャリア開発室って、ゲームを作らせず追い出すための部屋だから、当然なにもできない」

「さすがにアナログで絵を描いても、それはゲームじゃないもんね……」


 すると、真宵くんは深く深くため息をついた。


「はぁぁ……。なんか、もう会社、辞めようかな……」


 会社を辞める……。

 その一言が何よりも重くて、悲しくなる。

 でも、ここで引き止めるのも酷だなと思った。


「そっか。……寂しいけど、そうだよね……」


 その時、ふと真宵くんが顔を上げた。


「そういえば彩ちゃんって、どうしてゲームにこだわるの? そもそもウチの会社で! 彩ちゃんならどこにでも行けるし、イラストでも漫画でも食べていけそうなのに」


 彼は本当に不思議そうな顔をしている。

 そう言えば彼とは新人研修以来ずっと一緒に仕事をしていなかったので、教えていなかったことを思い出した。


「……実はね、ゲームに救われたんだよ。いろいろと辛かった時期、最後まで私に付き合ってくれたのはゲームだった」


「辛かったって、何があったの?」

「えへへ。別に詳しく言う必要ないよぉ。今では元気なんだし、平気平気! ……でね、中でも大好きだったのは『ドラゴンズ スフィア』シリーズだったんだ~」


「ドラゴンズ スフィア……! それってウチの。いや、神野さんのゲームじゃないか!」

「うん。だから神野さんは私の恩人で、憧れで、一緒に作りたくてこの会社に入ったんだ~」


 憧れの人、神野さん。

 神野かみの ゆうという凄腕のディレクターだ。

 一人称が「僕」だから初対面で面食らったけど、かなり年配のはずなのに若々しさがあふれてて、とても素敵な女性だった。



「そう……だったんだ。でも大好きなゲームっていうわりに、いつも大事にしてる抱き枕は別のゲームだよね?」


 真宵くんは私が抱きしめてる抱き枕を指さした。


「あ、これね。ずっと『ドラゴンズ スフィアドラスフⅣ』のキャラだったんだけど、神野さんが退職されるときに『僕の作品のグッズを持ってるとイジメられちゃうぞ』ってすっごく強く言われたの。だから……」


 そう言いながら抱き枕カバーをするするっとずらす。

 それを見た真宵くんはちょっと驚いたみたいだ。


「え、内側にもう一枚? カバーを二重に重ねてたの?」

「うん。どうしても持ってたいけど、使うなって言われたから……二番目に大好きな美少女キャラで隠してたんだっ!」


 ずっと隠してたけど、改めて『ドラゴンズ スフィアドラスフ』の絵を見ると心が癒される。

 私をずっと支え続けてくれた日々を思い出すようだった。

 この子がいるから、今も私は頑張れているのだ。


「神野さんが辞めてから会社を去った人も多かったけど、私はもうちょっとユニゾンここで頑張ろうって思ったの! ……へへ。まあ、追い出されちゃったんだけどね」



 その時、目の前で真宵くんがプルプルと震え始めた。

 拳を強く握りしめて、鼻息がどんどん荒くなっていく。


「真宵くん? ……どうしたの?」


「キレた」

「ふぇ?」


「彩ちゃんがそこまでの想いでゲームを作ろうとしてるのに、こんな理不尽な真似は許せない! 企画が盗まれたまま辞められないよ!」


 そして私の手をぎゅううっと握りしめた。


「僕らもプリプロを進めて、盗んだ奴らにぶつける! 企画審査で彩ちゃんがそうしたように!」


「え、でもパソコンがないって……」

「どうにかする! とにかく取り返す! やるぞぉぉぉっ!」


 真宵くんは「うおおぉぉぉっ!」と怪獣のように雄たけびを上げた。



 ――これが、これから始まる私たちの反撃の狼煙のろし

 そしてこの『追い出し部屋』が一丸となって会社に殴り込みに行くきっかけになる。


 真宵くんを追放した人たちは何もわかっていなかった。

 ――キレた彼の恐ろしさを。

 ――追い出し部屋の本気の力を。


 私たちは、自分の力で道を切り開いていくのだ。

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