第十二話「プロデューサーの指摘(古巣の凋落3)」

 部長室に逃げ込んだ俺は、最新の絵素材をミーティングテーブルに並べる。

 部長はいつものように一瞥いちべつし、たくさんのイメージボードの中で一枚を指さした。


「ボスは右の案がよさそうだが、真ん中の案との折衷せっちゅう案も見たいな。……しかしステージ案はピンとくるものがない。もう少し案出ししてくれ」

「あの……例えばどんな感じの物を……ご用意いたしましょうか?」


「そういうアイデアを考えるのはお前の仕事だろう?」

「承知……いたしました」


「急げよ。来週頭には審査会なんだ」


 頭を下げながら、「まだこの段階でアイデア出しかよ」と心中でうめいた。

 また……。またこれだ。


 部長の企画……ちまたで人気のゲームを参考にしているので完成像をイメージしやすくていいが、そこからの差別化のために随分と遠回りさせられてきた。

 部長自身はと言うと、自分からはアイデアを出さずに部下から拾い上げてくるだけ。絵に関しても、ここまでたどり着くのにどれだけのデザイン案を捨ててきたことか。

 しかも残業に目を光らせる癖に、自分が出す指示の影響をまるで考えてない。

 時間的に厳しいから優先度をつけて欲しいのに、お願いしても「全部最優先だ!」というだけだ。

 クソ、この無能が!



 ……だが、企画さえ通ればいいのだ。

 方向性が確定しさえすれば、あとはゴールまで一直線なのだから……。



 その時、扉がノックされた。

 振り返ると、そこには若い男。

 髪を銀色に染めて、薄ら笑いを浮かべている。


「こんちは~。次の審査会の段取りについて決めに来たよ~」

阿木内あきないさん、約束の時間にはまだ早いですよ!」

「あれ、そうだった? ごめんごめ~ん」


 軽薄な態度で入室してきたのは、この新企画をユニゾンソフトうちの会社に持ち掛けてきたプロデューサー・阿木内という男だった。

 俺と同じ三十歳ぐらいだろうか。

 大会社『ルーデンス・ゲームス』にいるってだけで偉そうなのは腹が立つ。


「お、もしかして次の企画のイメージボード? ちょっと見せてよ~」

「待ってくれ。まだ事前に見せるわけには……」

「碇部長、ケチくさいな~。あ、もしかしてプレゼンの作戦があったりするのかな?」

「当然だとも!」


 部長はそう言って慌てて絵をかき集め、俺に手渡す。

 そう言えばこの企画を確実に通すため、わざとダメな捨て企画を用意すると言っていたな。

 見せる順番を間違えればプレゼンの効果が下がってしまうので、ギリギリまで企画内容を共有しない考えなのかもしれない。



 とにかく、この先はお偉いさんたちの打ち合わせ。

 俺はさっさと仕事場に戻ろう。

 急いで部長からの修正要望を叶えなくてはならないのだ。

 ……そう思い、退室しようとした時だった。


「ああそうだ。キミがデザイナーさんかな? 絵がちょっと万人受けを狙いすぎな気がするよ~」


 指摘されるなんて意外過ぎて、思わず立ち止まる。


「はぁ……。万人受け……ですか?」

「よく言えば『みんなに好かれそうな絵』だけど、ターゲットにちゃんと刺さるか心配ってこと~」

「阿木内さん! まだ審査会ではないんだ。現場を混乱させないでほしい。井張はさっさと行け!」


「あの……部長。もしかして方向性が変わるなんてことは……」

「ありえん! 万人受け、結構なことじゃないか。我が社のブランドイメージそのものだ。ユーザーが我が社に求めている物は、俺が一番わかっているんだ!」



   ◇ ◇ ◇



 ――今から変える必要はない。

 部長のお墨付きをもらって、俺は退室した。


 絵の検討のために今まで膨大な時間をかけてきたのだ。

 言われるまでもなく、今から方向性を変えるのは時間的に無理だ。

 だから、変更なしの判断に安堵する。

 ……と同時に、一抹の不安がよぎっていた。


 一枚程度でも修正案を用意しようか。

 そう思って仕事場に戻った時、俺を迎えたのは部下の悲壮な叫び声だった。



「井張さん! 修正データが提出されたんですが、酷くなる一方なんです!」

「はぁ?」


 そして目の前に突きつけられたのはスマホRPGのイラスト。

 その修正された絵を見ると、本当に酷いものだった。

 確かに変わってはいるのだが、それは絵を切り貼りして変形させているだけに過ぎない。そのせいで不気味に歪み、何が正しい形なのか分からなくなっていた。

 これは『修正』とは言わない。『改悪』と言うんだ。


「こんな……。最初から描き直さないと、どうしようもない……」


 マズい。

 この絵は今週のガチャ更新で使う予定だ。時間がない。

 しかし、うちで修正を請け負うわけにはいかない。

 部長の企画書を完成させるためには、うちのデザインチームを総動員させる必要があるからだ。


 かといって、こんなものが世に出れば俺の信頼が失われる。

 下手すれば部長の企画を下ろされるかもしれない。

 ……手が震える。

 ……握った拳が手汗でぬめり、心臓が締め付けられるように痛い。



 いてもたってもいられなくなり、俺は外注先に電話をかける。


 出ろ!

 早く電話に出ろ!

 とにかく事実確認しなくては。

 最初に担当したイラストレーターが担当すれば何とかなるはずだ!



 この時、まだ俺は気付いていなかった。

 いや、忙しさにかまけて気付かないふりをしたかったのかもしれない。

 ――最初のイラストレーターがすでに外注先を辞めていたことに。

 ――そして、夜住 彩がそのイラストレーターの絵柄に合わせて修正し続けていたことに。


 忍び寄るチーム崩壊の足音を、まだやり過ごせると信じていたのだ。

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