第十一話「忍び寄る崩壊の足音(古巣の凋落2)」

 夜住やすみ 彩と真宵まよいが本気の企画を着々と作っている頃――。

 アートリーダーの井張いばりは新しい部下の泣き言にほとほと困り果てていた。


「いくら修正依頼を出しても、直してくれないんです……」

「修正依頼の指示出しだろ? 新人の夜住ができてたのに、お前ができない訳ないだろ」


 こいつは夜住の後任としてうちのチームに加わった、中堅どころのプランナー。うちで運営しているスマホRPGのイラストチェック業務を担当してもらっている。

 チェック業務といってもデザイン資料との違いを指摘するだけの楽な仕事なので、正直言って中堅レベルの人材を充てるのも贅沢なほどだ。

 なにせ、イラストの外注先は俺が腕を見込んで契約したわけだからな。


 以前は夜住もこいつと同じようなことを言っていたが、「うちはクライアントなんだから、ガツンと言うだけでいいんだ」と伝えた後は順調にイラストが納品されるようになった。

 だから、こいつもさっさと慣れて欲しい。


 とにかく俺は部長の企画で忙しい。

 今は話しかけられると困るんだ。

 ……しかし、彼はなおも追いすがってきた。


「直しをお願いしても『工数が増えるから請け負えない』の一点張りなんです」

「はぁ? 細かいとこを直すだけだから、たいした工数じゃないだろ? 俺は忙しいんだから、お前が何とかしてくれ」


「でも、この絵を見てくださいよ。全体的になんか違和感が凄くて……。デッサンが狂ってる気がするんですけど、僕は絵が描けないので具体的な指摘ができなくて」


 プランナーのくせにデッサンがどうとか、本当に分かってるのか?

 不愉快に思いながらプリントアウトされた絵を見て、愕然とした。


 設定との間違い探しをするどころの話じゃない。人体の構造に違和感がありすぎる。よくよく見れば整合性は取れてるが、一見しての魅力が全くなかった。

 これは……あれだ。

 3Dモデルにポージングさせてトレースした絵の典型だ。肉も関節も固すぎて、人形っぽさが隠しきれてない。

 キャラの魅力がないなんてものじゃない。ぎこちなくて不自然すぎる。

 これを描いた絵描き本人はデータを信じて立体的に正しいと思い込んでるから、無意識にこの違和感に蓋をしてしまうわけだ。



「これ、先方のイラストレーターが変わったのか?」

「いえ、去年からずっと変わってないそうです。依怙地いこじさんって人で……」


 ……違う。

 最初に紹介された担当者の名前じゃない!

 でも、つい最近まで最初のイラストレーターと同じ絵柄だったはず……。

 なにがなんだか意味が分からなかった。


「とにかく次の締め切りがもう間近に迫ってるんですっ! 井張さん、助けてくださいよ~!」

「くそ、俺は企画書の絵作業がある。この一週間が勝負なんだ! ……と、とにかく外注先に修正させろ。わかったな!」


 ――そう声を荒げた時だった。

 部長が作業部屋の入り口に立ち、いぶかしげにこちらを見つめていた。



「井張、何か問題があったのか?」


 マズい。

 本当のことを報告するわけにいかない。

 報告すれば俺まで現場に投入され、今やっている企画に関われなくなる。

 それは嫌だ。絶対に嫌だ!


「ちょうどよかったいかり部長! あのですね、外注先が……」


 くそ。

 空気を読まない部下が部長に歩み寄る。

 俺はとっさに進路をふさいだ。


「あー問題ないです! 外注先が武器のデザインを勘違いしてたので、修正を依頼するところでした」

「いや、あの。ちが……」

「パパっと伝達すれば済むことだろ? 締め切りも近いんだ。さっさと仕事しろ!」


 不満そうな彼を、その場でUターンさせる。

 空気を読まないバカが!

 ……そんな苛立ちを隠し、笑顔で部長に向き直る。



「部長、ところでご用件は……?」

「ああ。企画書の絵素材の進捗確認だ」

「承知しました。……ここは騒がしいですし、部長のお部屋にでも移動してよろしいでしょうか?」

「……そうだな。まあ少しの時間だったら問題ない。行こうか」


 現場のもめ事を部長の耳に入れさせるわけにはいかない。

 俺は栄えある『キャラクターデザイン』に内定しているとはいえ、現場に遅延があれば駆り出されてしまう。

 俺が動けない隙に誰かにポジションを奪われるなんて、絶対に許せないのだ……。

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