第四十八話「真宵の覚醒 1」
『悪質な課金計画』と『怪しげな作家リスト』に鬼頭が関与している証拠の入手。
……それが僕、真宵 学の最終目標になった。
鬼頭に近づくために、奴が望んでいる『ユニゾンエンジンを使ってのプロトタイプの完成』と『外部作家との完璧な連携』を実現する。それが当面の目標だ。
だが、ユニゾンエンジンの高速化はさっそく暗礁に乗り上げることになった。
エンジンチームとの交渉で何の成果も得られないまま、僕は伊谷見のいる開発室に戻る。
「真宵さん、エンジンの高速化……いかがでした?」
開発室ではプログラマさんたちが期待と不安の表情で僕を見つめた。
「すみません。エンジンを使ってるプロジェクトが何本も開発末期らしく、それ以外のチームの要望はどうしても優先度を下げざるを得ないと……」
交渉がうまくいかなかった経緯を手短に話すと、彼らはあきらめたようにため息をつく。
「その開発末期のタイトルって3Dアクションじゃないんです。シビアな高速化を後回しにしちゃったんでしょうね」
「いや、エンジンチームが高速化の必要性を知らないわけがない。でも、おそらく手に負えないんだ。ああ……こんな時に田寄さんがいてくれれば!」
「くそ、社内の万全のサポート体制なんてないも同然じゃないか……」
プログラマさんたちの話を総合すると、ユニゾンエンジンを本作に採用することは見送ったほうがいい。
しかし鬼頭がなかば押し付けてきたエンジン。これを使わないと反感を買うことになる。
仮に使わないとしても、土台を今から変えては審査会に間に合うわけがなかった。
ユニゾンエンジンはこのまま継続するしかないのか……。
僕が苦悩していると、伊谷見がしたり顔で、その巨体を揺らしながら迫ってきた。
「真宵く~ん。だから言ったじゃないか、無駄だってぇ。ぼくの言った通り、プリプロはプレイヤーキャラ一体と敵一体でのバトルとして仕上げるしかないってぇ」
「しかし、それだと凡百の3Dアクションと何ら変わりない。このゲームならではの面白さを表現するには、他プレイヤーの存在が必要不可欠なんです」
「言うだけなら素人でも言えるよぉ。……あ、真宵くんは新人だったぁ。ごめんごめん。ちゃんと現実を見て判断するのも、ディレクターの能力なんだよぉ?」
くそ。
開発をここまで追い詰めたのは自分の癖に、なんで偉そうなんだ?
腹が立ってくる。
そもそも、こいつがユニゾンエンジンではなく、社外のまともなエンジンを使っていれば済んだ話なのに。
どうせ局長に気に入られたくてエンジンの選定を誤ったってところだろう。
伊谷見を見ていても不愉快になるだけなので、開発中の画面に視線をそらす。
画面では作り込まれた風景の中に敵とキャラが一体ずつ表示されている。
……それだけだ。これでは味方との駆け引きは存在しない。
敵との一対一の戦闘を面白くできたとしても、これだけでどんな独自性を出せって言うんだ?
現実を見れない僕がバカなのか?
……こんな時に田寄さんがいれば、何の問題もないのに……。
「いいだろぉ? キャラは局長からも評価をいただけててねぇ。これだけで予算がもらえるんじゃないかな?」
伊谷見が訳の分からない話をしてきた。
画面を見続けている僕が、キャラに見惚れているとでも思ったのだろうか。
不愉快な気分になりながら、画面の中のキャラを眺めてみる。
キャラを評価?
あの絵を見る目がない鬼頭が?
仙才先生からデザインが来ていないので、デザインは企画書に最初から描いてあった彩ちゃんの絵を元に作られている。
でも絵柄の再現はとっくに諦められており、フォトリアルに作られていた。
衣装のデザインがいいのは当たり前だが、鬼頭が評価しているのはそういうセンスの部分じゃないだろう。
もっとわかりやすい部分のはずだ。
よくよく見ると表情は豊かに動き、衣装も本物の布でできているように滑らかに動いている。髪の毛も一本一本まで表現されていてリアリティがあった。
なるほど。
おそらく現実世界にどれだけ近いかだけを見ているのだ。
しかし、フォトリアルな絵柄は調査の時に賛否両論だったことを思い出す。
目の前のキャラは僕らの調査結果と
本作のメインターゲットのことをまるで考えていないことは、よくわかった。
鬼頭のことを考えるだけで、追い出し部屋に追放されたみんなを思い出して悔しくなってくる。
……その時、追い出し部屋で積んだ経験を思い出した。
ベテランの田寄さんから、僕はすでに多くを学んでいる。
鬼頭のご機嫌をうかがっているだけでは、ゲームは完成しないと理解できた。
「……キャラのクオリティを削りましょう」
「はぁ? ぼくの言葉、聞いてた!?」
「ゲームで動かせないデータを作って意味あるでしょうか? とりあえず
それは追い出し部屋での開発でも経験したことだ。
最新の物理表現はリアルでクオリティが高いけど、処理負荷も跳ね上がる。
安易に採用せず、ゲーム性とのバランスを考えるのが重要だった。
……というか、そんな罠にはまってるなんて、伊谷見は素人なんだろうか?
「おい、このモデルを作るのにどれだけ時間をかけたか分かってるのぉ?」
「時間の問題じゃないですよ。さっきも言いましたけど、ゲームは動かなきゃ意味ないです」
さすがにきつく言ったので、伊谷見は顔を歪める。
でも、いつまでも伊谷見の相手をしてられない。
僕はプログラマさんと向かい合った。
「プレイヤーのキャラよりもローポリなモデルでいいので、仲間キャラを表示できませんか? 極論を言うと大まかな特徴さえ出てれば十分なので、何体ぐらい出せるか検証したいです」
「まあ、検証だけなら……」
これは『
粗が多少目立つ距離でも、思い切って表現を落としてしまおうと提案したのだ。
すると、伊谷見が鼻息を荒くして突っ込んできた。
「いやいや、それが何の意味があるのぉ? 現世代機でそんなみっともない真似、できるわけないじゃない!」
「あ、御存じなかったんですか?」
「な……何をだよぉ……」
「ゲームに集中してる時って自分と敵に意識を向けてしまうので、それ以外の粗は気が付きにくいですよ。特に本作はキャラ同士が密着することは稀なので、ほぼ気にならないはずです」
「そ、そ、そのぐらい! データの最適化の時にやるつもりだったさぁ!」
伊谷見は憤慨しているけど、果たしてそうなのか怪しい限りだ。
すると、別のプログラマさんが困った顔で話し始めた。
「……真宵さん。一番の問題って、実は他キャラクターの魔法陣を利用しあったときの魔法連鎖の仕様なんです」
それは指摘の通りだった。
今回のゲームでは複数キャラが同時多発的に魔法を反応させ合えるので、エフェクトがどんどん過剰になって、描画の処理落ちがひどくなるのだ。
複数のキャラを表示できない原因はここにあった。
「そうそれ! 真宵くんはゲーム作りに不慣れだから、こんな無茶なアイデアを出しちゃうんだよねぇ~。コンピュータは半透明処理に弱いんだから、そもそもエフェクト頼りのゲームなんてダメなのぉ!」
僕の落ち度を見つけたことが嬉しいのか、伊谷見は興奮気味に食いついてくる。
でも、その件はもう問題ない。
実は追い出し部屋で同じ問題に突き当たっていて、すでにアイデアによって解決済みなのだ。
「大丈夫ですよ」
「うんうん。だいじょ……はぁ?」
「基本は仲間キャラの扱いと同じで、自分以外のキャラのエフェクトは簡易的なもので十分なんです」
「……え? ……どういうことだよぉ?」
「要するに、プレイヤーにとって大切なのは『自分のキャラの魔法』と『利用可能な魔法陣』だけなので、他は限界値を低めに決めちゃうんです。処理が超えそうなエフェクトは目立たない物から順に消しちゃえばいい」
「確かにそれなら、処理を計算しやすくなりますね」
プログラマさんは理解してくれたのか、ウンウンとうなずいた。
それでも伊谷見は食らいついてくる。
「そ……その程度のことは、ぼくだってこれからやろうと思ってたんだよぉ! 問題はプレイヤー自身が起こす『魔法の過剰連鎖』での処理落ちでしょぉぉ?」
「一定レベルの連鎖になったら、専用の『大魔法モード』にしちゃえばいいんですよ」
「な、なに? 大魔法……モード?」
「名前は大層なものですけど、処理の重い連鎖状態を捨てて、単純な処理だけど見た目は派手な単発魔法でドカーンと一掃しちゃうんです。いっそのこと文字演出やキャラのカットインも入れて気分を盛り上げてみましょうか」
処理しきれない状態になれば、処理することを諦めればいいのだ。
プレイヤーは正確な結果だけを求めるわけではない。
限界を突破する爽快感を味わえるなら、むしろその状態を狙う遊びも生まれるという寸法だ。
すると、プログラマさんの表情が明るくなった。
「あ~、いいですね。それに、カットインで隠してる間に絵を切り替えれば違和感がなくなりそうです」
「そうそう、まさにその通り!」
「真宵さん、なんだかやれそうな気がしてきました!」
プログラマチームもエフェクトチームも、憑き物が取れたように表情が明るくなっている。
これから検証を始めるわけだから今すぐ解決とはいかないけれど、方向性を指し示すことがディレクターの役割なのだ。
……少なくとも、僕は田寄さんからそう教わった。
気が付くと、僕はチームメンバーに囲まれている。
「そうだ、真宵ディレクター。実は伊谷見さんの仕様で分からない部分が多くて……」
「じゃあ改めて整理しましょうか」
「真宵さん、オレも質問させてください!」
「いいですよ。じゃあミーティングテーブルへ行きましょう!」
いつの間にか、僕は自然にディレクターと呼ばれるようになっていた。
僕はこのあと伊谷見のフワフワと曖昧な仕様書を整理しなおし、みんなに感謝されることになる。
この後もいろいろと困難がありそうだけど、チームの団結が強まった今なら何とかなる気がしていた。
「おい、おい……。ディ、ディレクターはぼくなんだぞぉ……」
そんな伊谷見の声が、すでに遠い。
もう、誰も伊谷見のことを見ていなかった。
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