第三十五話「仮面の職人 2」

創馬そうま、なんで女装してんだよ!?」

「奇遇ですねっ! 今朝の電車では楽しかったですっ」

「ちょ、ちょっと。勝手に人の家に上がらないで……」

「彩ちゃん、とにかく落ち着いてっ!」


 ワンルームのお部屋に四人が上がり込んでの大騒ぎ。

 部屋主の片地かたち創馬そうまさんがオロオロしてる中、真宵くんがみんなを静止した。


「ホントにすみません。出直すので失礼しますっ」

「――あ、そうかぁっ! つい勢いで入っちゃいました……。かか、帰りますぅぅ……」


 自分が明らかに不法侵入を犯していると分かって、慌てて玄関に向かう。

 すると、創馬さんが私の手をつかんだ。


「……いや、むしろ今帰られると困るかな。こんな姿を見られちゃったし、誤解を解いておきたいよ」


 創馬さんは長い髪の毛を指先でクルクルといじりながら困っている。

 そして私たちはお部屋の中で向かい合い、お話を聞くことになった。



   ◇ ◇ ◇



「……そんなわけで、片地さんのお力を借りられないかなと思って、お伺いしたんです」


 真宵くんは私たちの自己紹介と、訪問した理由を説明してくれる。

 それを聞く創馬さんと高跳さんは終始困ったような表情をしていた。


 創馬さんはうつむいたままなので、金髪の高跳さんが頭をかきながら話し始める。


「オレは高飛たかとび羽流はねる。アニメーターっす。……で、こっちの彼……彼女? が、キャラモデラーの片地……創馬でいいんだよな?」

「……まあ、うん」

「ちょっと前までは女装するキャラじゃなかったんで、オレもビックリしてるんすけどね……。よろしくっす」


 高跳さんは以前、私が機材管理室に侵入した時に知り合ったお兄さん。

 創馬さんは今朝の電車でお話したお姉さんだ。

 こうして再会するなんて、偶然ってあるもんだなとしみじみ思った。


 高跳さんがアニメーターだと聞いた真宵くんは、身を乗り出して尋ねる。


「それにしても、追い出し部屋のキャラモデラーさんとアニメーターさん、二人に一気に会えるなんて思ってもみませんでした! お二人も神野さんのチームにいらっしゃったってことは、彩ちゃんのことは以前から知ってるんですか?」


「いや。オレと創馬は神野組の出身じゃないんすよ。格ゲーチーム出身で、創馬とオレは最高のタッグだったんすよ~」


「格闘ゲーム! アニメーションの力量が問われるジャンルですね! 僕らはアクションゲームを作るので、是非参加して欲しいですっ!!」


 真宵くんは興奮している。

 アクションゲームはキャラの動きの気持ちよさが面白さに直結するから、ディレクターとしては喉から手が出るぐらいに高跳さんが欲しいんだろうな。


 だけど、高跳さんは渋い顔をして首を横に振った。


「……無理っす。参加したい。したいけど……戻れないんす」

「え……? どういうことですか?」


「オレは会社の偉い人に服従を誓って釈放された身なんすよ。……今でも監視されてる。わざわざ出たのに、戻ろうとすれば怪しまれるんす。『なんの用があるんだ』ってね」


 聞けば以前に「仕事をさせてください」と頼み込み、あの・・鬼頭局長に土下座までして『追い出し部屋』を出たということだ。

 私もモノづくりをする人間だから、何もさせてもらえない辛さは痛いほどわかる。

 彼は機材管理室のちょうさんから私たちの企画のことを聞いた時、自分の勝手な行動で仲間が困っていることを知ったのだという。それ以来、ずっと悔やんでいたらしい。

 だからせめてキャラモデラーの創馬さんだけでも連れ戻そうと、連日のように説得しに来ていたということだった。



「……あれ、でもちょっと変です」

「彩ちゃん、どうしたの?」


「どうして釈放されたのに、アニメーションを作らないで機材管理室にいたんですか?」

「……それは……っすね。クソ、思い出しただけで腹が立ってくる……」


 何気ない疑問を口にすると、高跳さんはこぶしを握りしめ、顔を歪めた。

 その時、ずっと黙っていた創馬さんが口を開く。


羽流はねるは干されたんですよ。土下座までしたのに作業を与えられず、見せしめにされた。頭を下げたくない相手に服従を誓って、それなのに約束を守ってもらえなかった。……許せるわけ、ないですよ!」


 創馬さんの口調はどんどんと熱を帯びてくる。


「羽流が酷いことされた。だからわたしは抗議しに行ったんです。会社の入り口で張り込んで、あのクソ鬼頭の胸倉をつかんで、『ふざけんな』って!!」

「オレとしては怒ってくれて嬉しかったんすけどね。……そんなこんなで創馬、出勤停止処分っすよ」


 ……それがおよそ三週間前の出来事。

 私が追い出し部屋に追放された頃のことだったという。



 自分の代わりに怒ってくれたからか、高跳さんは冷静さを取り戻したように創馬さんを見つめる。


「……でさ、創馬。…………なんで女装してんの? 姉が引っ越してきたってのも嘘だったしさ。……まさか、鬼頭と関係あんの?」


 その問いに創馬さんはコクリとうなずいた。

 そして「くっくっく」と肩をふるわせたかと思うと、長い髪を振り上げて笑い始める。


「あの……クソ鬼頭ォォ……! 『君が作ったキャラなど、どう頑張っても本物の美男美女に勝てないと思うがね』? 『本物をスキャンすれば一瞬で済むのに、どうしていつまでも手で作るのかね』? ……ヤツの言葉は一字一句忘れねぇ! かっこいいは作れる! かわいいは作れるんだよぉ! その証明のためだ! クリエイティブをなめんなあぁぁぁぁっ!!」


「創馬……おちつけ。な? わけわかんねぇよ……」


「出勤停止にしたぐらいで勝ち誇ってんじゃねえぞ、クソ鬼頭! いい機会だから自由に動いてやった! この姿で街中を歩いた。これがその成果だっ!!」


 荒ぶる創馬さんが取り出したのは名刺の束。

 パッと見ただけでも十枚以上はあろうか。

 しかも、そうそうたる芸能プロダクションのスカウトマンの名刺だった。


「えっ、このために女装を!? お前、何になろうとしてんの??」

「出勤停止期間中だけでも五枚はもらったんだ。全員わたしが本物の女と疑わなかった! これはクリエイティブの力の証明のため。作り物の『かわいい』が本物を超える証明だ!」


 かわいいお姉さんの口から繰り出される怒涛の罵詈ばり雑言ぞうごんに圧倒されてしまう。

 モノづくりの評価を求めるなら賞に応募するのもいいのではと指摘したけど、創馬さんが言うには「ああいう偉そうなおっさんは芸能関係に弱いって相場は決まってんだ」ということらしい。


「お前が追い出した人間は凄いんだぞって証明するんだ! ……で、言ってやるんだ。『連れ戻そうと思っても、もう遅いんだ』ってな!」



 創馬さんは肩で息をしながら腰を下ろす。

 ……ようやく気が済んだらしい。

 高跳さんにとってはこの荒ぶる姿は珍しいことではないらしく、「こいつ、根はバカなヤツなんすよ。オレもバカだけど、負けず劣らずで~」と笑っていた。


 とはいえ、本当に創馬さんの技術力は高いと思う。

 普段の創馬さんの写真を見せてもらえたけど、彼は整った顔立ちだけど、ちゃんと男性的だった。

 今とは全然違う。

 目の前のきれいな姿を見ると、本当に女性なんじゃないかと思えてくる。

 高跳さんも友達のはずなのに、時々ニヤニヤしているほどだった。


 それだけじゃない。

 創馬さんの机に並んでいるフィギュアはどれもオリジナルで、最高にクオリティが高かった。

 リアル系だけじゃなくて、アニメ・マンガ的な絵柄も見惚れるほどの完成度で、その技術力の高さがうかがえる。



 だから、私は企画書を自然と差し出していた。


「戻ってきて欲しいです。私たちのゲームに、創馬さんの力を貸してください!」


 創馬さんと高跳さんは二人とも、食い入るように企画書を見てくれる。

 その表情を見るだけで、私たちの企画に興味を持ってくれてると分かった。


「……すごい。作ってみたい」

「じゃあっ!」


 同じクリエイターからの最高に嬉しい一言に、私は身を乗り出す。

 でも、創馬さんはすっと身を引き、首を横に振った。


「いや、わたしは戻れない」

「ふぇ……? でも、作ってみたいって……」


「……わたしには無理だから。……辞めるから」


 そして創馬さんは口をつぐんでしまった。



 ……あれ、なんだろう。

 違和感がある。


 創馬さんの言動に筋が通ってない。

 単に力の証明だったなら、それは出勤停止の期間中に終わってるはず。

 だって、その時点で五枚も名刺をもらってるのだから。

 創馬さんの勢いから想像するに、むしろ局長さんにこれ見よがしに自慢してても不思議じゃない。

 だけど、今に至るまで会社に来ていない。

 見せびらかさずに会社を辞めようとしている。


 ……なぜ?



 考えあぐねて視線が泳ぐ。

 その時、私たちの企画書の絵が目に入った。

 ……そして、もしかして、と思った。

 たぶん、私と同じ・・・・なのだ。



「片地さん。僕からもお願いです。戻ってくれないと、ゲームが完成しないんです」

「……真宵くん。無理にお願いしちゃダメだよ」

「え……?」


 頭を下げる真宵くんをそっと制止する。

 そして私は創馬さんに向き直った。


「創馬さん。勝手にお部屋に入ってしまって、ごめんなさい。その格好のことは秘密にしますし、無理にお願いすることも、もうしません」

「う……うん。……そうしてくれると、助かる、かな」


 創馬さんはホッとしたようにうなずく。


 私は今日、勢いに任せて本当に失礼なことをした。

 ……何よりも本人の気持ちを大事にしたい。

 ……強引なことはしたくない。

 そう思ってたのに、間違った。



「……真宵くん。行こう」

「え……だって……」


 名残惜しそうな真宵くんの手を引き、玄関で靴をはく。

 すると、創馬さんが複雑そうな顔で歩み寄ってきた。


「どうして急に……諦めたの?」

「……勝手に想像しちゃったんです」

「想像?」


「クリエイティブの力の証明。それだけじゃ……なくなったのかもなって」


 そう告げた時、創馬さんはなんだか目を見開いていた。



   ◇ ◇ ◇



 翌日の朝。

 いつものように通勤電車で人ごみにもまれ、HPがゼロになる。

 フラつく足で会社に向かいながら、空を見上げた。


 本当にきれいな人だったな。

 私が持ってない造形のセンスがあって、クリエイターとして尊敬できる。

 もう会うことはないだろうな。

 切なくなるほどの青く高い空を見上げながら、そう思う。



 そして視線を落としたとき、その人はいた。

 目の前に。


 素敵なスカートを揺らす、長身の女性の姿。

 長い髪の毛に包まれた眼差しは、私を見つめていた。


「……創馬さん」

「別れ際の言葉。……その真意が聞きたくて、待ってた」

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