第三十話「老兵の夢 4」
――何もできず、ついに終電の時間になってしまった。
エンジニアさんたちは退勤の打刻をして、機材管理室を退室していく。
金髪エンジニアさんも、室長さんに頭を下げて出ていくところだ。
「終わんなくてスイマセンっす……」
「いいって。あとはどうせアプデだけだ。放置しとけば終わる。俺も見守るだけだから気にすんな」
「じゃあ長さん、お疲れ様っす……」
そして金髪エンジニアさんは出ていき、部屋の中には室長さんと私の二人きりになった。
室長さんはほかの人たちに帰らせ、後は自分一人で残りのセットアップをこなすつもりらしい。
「おい終電だ。嬢ちゃんも早く帰んな」
「何も出来てないのに帰れないですよぉ」
「……ったく。退勤時間でさっさと打刻したかと思えば居座るし。さてはサービス残業の常習だな?」
「さすがに最近はサービスしてないですよぉ。……田寄さんからもサービスダメって言われてるし」
「
「だって……。……あ、ゲームするんですか?」
歩く室長さんを目で追ってると、彼は古いゲーム筐体の前でしゃがみ込んだ。
メンテナンス用の蓋を開け、中をのぞき込んでいる。
「あ~あ。中のネジ、勝手に外しやがって……」
「うぅ。長さん、ごめんなさい」
「気安く長さんって呼ぶんじゃねぇ」
「でもみんな室長さんだから『長さん』って」
「ふん。確かに室長だが、呼び名の由来は俺が
室長さんがカチカチと何かを動かしていると、ゲームの筐体が起動した。
そしてピコピコと軽快でポップな曲が流れ、室長さんはおもむろに遊び始める。
これが気にならないはずもなく、私も吸い寄せられるように横からのぞき込んだ。
「ただの動作チェックだよ。……なんだ、気になんのか?」
「うん。ドット絵って言うんですよね? 見たことはあるけど、実際に遊んだことは……」
「……。ちょっとやってみるか?」
「うんっ!」
室長さんは不愛想ながら、場所を空けてくれる。
私は満面の笑顔で返事した。
◇ ◇ ◇
「えぇ~、今ので死んじゃうのぉ?」
「やめるか?」
「もう一回だけ!」
「そう言ってずっと続けてるじゃねぇか……」
このゲーム、シンプルだけど奥が深い!
これはいわゆる横スクロールシューティングという奴らしい。
自分が操るのは戦闘機じゃなくって、ちょっと可愛いキャラクターになっている。
すぐにキャラが死んじゃうけど、敵の動きを覚えていくことでちょっとずつ上手くなってる実感があり、面白い。
私がゲームオーバーになって一息ついた時、室長さんは感慨深げに筐体を撫でた。
「……こいつも、どっかの倉庫に埋もれて終わる人生かと思いきや、社長の気まぐれで引っ張り出されるとはご苦労なもんだぜ。社長室に飾られるだけマシなのかもな」
「え、自由に遊べないんですか?」
「無理なんじゃねぇか?」
「じゃあ、今のうちにいっぱい遊ぼう! やりごたえがあって面白いです!」
「そ……そうか?」
「うぅ~2面がクリアできない。悔しーっ!」
2面の最後のボスの弾が多すぎて、全然避けられずに死んじゃうのだ。
それは悔しいったらなかった。
「……ボスの目の前が安全地帯だぜ。動きもパターンがあるから難しくない」
「うわあぁぁ~~そうだったのか! 長さん詳しいですねっ!」
「別にこのぐらいの攻略は誰でも知ってたよ。……それに、これは俺と今の社長が作ったゲームなんだ」
「ふぇ? 長さんって開発をされてたんですか?」
「また長さんって言ったな?」
「ふぇぇごめんなさい。呼びやすくって……」
「……まあ、いいや。……俺はこういうオールドゲームの時代から頑張ってたんだが、今じゃ技術についていけねぇ老いぼれさ。俺もこいつも、とっくに現役を引退してるんだ。だから、遊んでもらえてうれしいよ」
――とっくに引退。
室長さんのその言葉が気になった。
今日来ていた伊谷見さんも『トップが時代についていけないクリエイター』と言っていたことを思い出す。
それはきっと、室長さんのことなのだ。
「引退なんて、とんでもないですよ! こんなに面白いのに、倉庫に埋もれさせちゃうのってもったいないし、オールドゲームだって需要ありますよ!」
「んなこといっても、こんなゲームが好きなのは俺らみたいな懐古ジジイばっかだろ」
「だって私が遊びたいもん! ドット絵も好きですし、むしろ新しい感じがするので!」
「お嬢ちゃんも物好きだな。さては中身は俺と同年代か?」
「むむぅ」
別に自分の中身が何歳でも、それはどうでもいいんだけど……。
でも、確かにいろんな年代にアピールできてもいいかもしれない。
「……じゃあ、今風にして若い世代にアピールするってどうですか?」
世の中にも、そうやって今の時代を取り込んで続いてるゲームはいっぱいある。
試しに目の前のゲーム画面を見ながら、紙に絵を描き始めた。
「……む。それは……」
横からのぞき込んでくる室長さん。
心なしか、食いついてくれてる気がした。
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