第三十七話「真宵の作戦」
「
真宵くんが唐突に切り出して、私はビックリした。
その話を聞いたのは創馬さんが加入したしばらく後のこと。
退勤時刻になって会社を出た私は、真宵くんに呼び止められて話すことになった。
会社近くの公園で、まわりに誰もいないことを確かめて話を聞く。
「労基……?」
「労働基準監督署。まあ働いてる人が困った時の相談先って考えればいいよ。ほら、僕らってありえない環境で働かされてるでしょ。……だから、普通にそういう機関に頼ればいいって」
真宵くんの一言に目から鱗が落ちる想いだった。
そう言われれば当然だ。
いままで自分の力で突破することばかり考えてて、そんな基本的なことを忘れてた。
「それで、どうだったの?」
恐る恐る尋ねると、真宵くんの表情は明るくなる。
「うん。力になってくれると思う。明らかに追い出し部屋の存在はおかしいもんね。……今は秘密で開発も進めてるし、
その言葉に安堵しかない。
彼はディレクターとしても多忙な毎日を過ごしてるのに、職場環境の改善に動いてくれてたとは、頼もしいとしか言えなかった。
「真宵くん……。さすがの行動力って言うか、もう全然迷ってないね!」
「彩ちゃんが希望をくれたおかげだよ。企画が通って、自信が出てきたんだ」
「えへへ。そう言われて嬉しいよ~。私にも手伝えることある!?」
「彩ちゃんは仕事に専念してくれるだけで十分うれしいよ。その迷わず前進する姿が僕の力になるんだ」
「そうかぁ……」
そう言われると、真宵くんばかりに負担させていて申し訳なくなる。
だから私もとっさに頭をひねってみるけど、頭をひねっても、なんのアイデアも出てこなかった。
正直なところ、法律とか難しい話はよくわからないし……。
「……そうだ、彩ちゃん。そういえばグラフィックチームはいい感じだね~。キャラモデルがどんどん出来上がってるし、ボスモンスターも出来てきたから、ゲームの検証が段違いに進んでるよ~」
私が無理に考え込んでるのが分かったのか、真宵くんは話題を変えてくれた。
そして彼の言う通り、今はとっても順調なのだ。
「ね~! 創馬さんってやっぱり凄いって思う。背景班の皆さんも刺激されてノリノリだし、私ももっといいものにしなきゃって思えてくるの~!」
「うん。……これであとはアニメーションさえクオリティが上がればゲームの手触りも格段に良くなるんだよな。高跳さん、どうにかして戻って来れないかなぁ……」
高跳さんは格闘ゲームのアニメーション制作も経験している凄腕アニメーターだ。
アクションゲームの気持ちよさはキャラの動きや敵のリアクションに左右されるので、真宵くんは高跳さんの参加を切望していた。
でも、今の職場環境だと参加が難しい。
真宵くんが労基に相談しているのも、そのあたりの改善を願っているからに思えた。
高跳さん……、労働基準監督署……。
もやもやと考えていた時、私はふとひらめいた。
「そうだ。労基に相談って言えば、高跳さんの土下座事件のことも相談できるんじゃないかな? いろんな話を聞いてると局長さんが一番悪そうだし、局長さん本人とやり合ったわけだから、悪い人を狙い撃ちにできそう……」
いいアイデアだと思ったけど、真宵くんは浮かない顔だ。
「うん。もちろんそう思って、高跳さんに話を聞いたんだよ。……でも、どうやら高跳さんは自主的に謝罪をしたらしいんだよね。土下座も命じられてやったことではないって」
「う~ん。でも、偉い人がそういう空気を作ったから土下座したんじゃないかなぁ?」
「もちろんそう思うよ。……とはいえ、客観的な証拠がないんだ。鬼頭局長が諸悪の根源だとしても、今ある情報だけだと追い詰められないんだよね……」
土下座が強要されたのでなければ、それは客観的な証拠にならない訳か……。
局長さんが悪人だと証明するのって、なんだか難しい。
でもその時、ふと疑問がわいた。
「そういえば高跳さんと創馬さんって、なんで追放されたんだろう? ……神野さんのチーム出身じゃないのに」
「彩ちゃん、それってけっこう重要かも! ……今まで僕は『神野組だから追い出し部屋に追放される』って思ってた。でも、あの二人は関係がないんだね」
「うん。もしかして神野さんのチームが悪者扱いされてるけど、実は別の理由が隠されてるんじゃないかなぁ?」
「すごい! 彩ちゃん、冴えてるね~」
「えへへ」
私でもヒントをつかめて嬉しくなる。
これがなにかの突破口になればいいな。
真宵くんも真剣な表情で立ち上がる。
「今夜にでも、二人に電話で確認してみる。二人が追放された時に何があったのか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます