14・突然のお誘い

 あたしが天空の世界に来て天使になってから、四か月が経った。


 ここの暮らしにも大分慣れたし、みんなもあたしの存在に慣れたみたい。美麗な天使さまの中で、平凡顔のあたしだけやはり見かけが浮いてしまうのは仕方がないと諦め、距離を縮めてくれそうな人とは積極的に話をしていくうちに、結構色々な層と仲良くなれた。あたしがエドガーのおやつを作る為に厨房を借りるので、厨房係たちともよくお喋りするようになったし、時々ペガサスを見に行ったりするので、厩舎係や騎士様たちとも顔馴染になった。


 カステリアさま達はあたしをエドガー派の仲間と認めてくれて、しょっちゅうお茶会なんかに呼ばれて楽しく過ごせるようになった。


 村娘だった頃には、こんな豪華な貴族令嬢の仲間に入れるなんて想像すら出来なかったけど、シャルムさまの初期教育が行き届いていたので、短期間で一通りの作法や話し方も身につけられていて、今はお喋りにもついていける。みんなは主に、エドガーが私邸でどんな風に過ごしているのかとか、どんな私服がお好みかとか、朝食で好きなものは何なのかとか聞いてきて、他愛もない噂話で盛り上がる。これって、村に住んでいた頃に、人気の高い男の子の噂話をしていたノリと、上品さの差はあれど根本的には同じな気もする。人間でも天使でも、村人でも貴族でも、女子は女子、という事でしょう。


 ただ……最初は、本当に単純に、キャッキャはしゃいで盛り上がっていると思っていたのだけど、どうも、たまに違和感を感じる。例えば、遠い将来はどうなっているんだろうなとか、エドガーはいつ頃どんな王様になるのかな、なんてあたしが言うと、変な空気になってしまう事があるのだ。いつもカステリアさまがうまく話を引き取って話題を逸らしてくれるので、その変な空気は一瞬に過ぎないんだけど、なんだか引っかかってしまう。

 あれだけカステリアさまに釘を刺されたので、流石にあたしも円環の事は口に出さないけど、やっぱり関係があるのかなあ。まさか、エドガーがその儀式に失敗したら、王様になれないとか?? 或いは、国が大きな不運に見舞われちゃうとか??

 この思い付きは、なかなかいい線いってるような気がした。もしそうなら、エドガーは思っていたよりもっと大きな責任を背負っている事になる。みんなはそれを知っているので、エドガーに期待したり、うまく行かなかった時に失望したりする。でも、あたしはそれを知らなければ、みんなみたいに、『エドガーさま、大丈夫かなあ』という目で見ずに済むので、それが、みんなからの期待を一身に受けているエドガーの癒しになってる……と。

 うむ、なるほど。論理的だ。あたし、頭いいじゃん。

 大丈夫、大丈夫、あたしはエドガーを信じているもん。大丈夫かなあ、なんて目で引いたりしないのに。むしろ、より元気に振る舞って、癒しのペットになってあげようじゃないの。口も態度も悪いけど、いい奴だし優れた奴だって、この四か月、毎朝一緒に過ごして色々助けて貰って、あたしはきちんと理解しているつもり。未だに、悪態つかれると応戦してしまって口喧嘩は絶えないけど、尾を引くような事はない。あたしはエドガーを信じているし、応援している。


 ところで、カステリアさまのお茶会の常連の令嬢たちは、『エドガーさま派のカステリアさま派』であり、他にも派閥があるそうだ。

 カステリアさま派の令嬢たち曰く、「自分たちは心からエドガーさまをお慕いしているけれど、他の者たちは、王太子妃の座を目的にしているのだ」と。はあ。まあ、彼女たちには彼女たちの言い分もあると思うんだけども、いつの間にかあたしもカステリアさま派になってしまっているので、ふむふむと頷いておくしかない。この辺は、女同士の醜い争いでもある訳なのでしょう。

 令嬢たちは、「エドガーさまとカステリアさまは一番のお似合い」と言いつつも、エドガーがふと自分を見初めてくれないか、という淡い期待と切ない恋心を持ちつつ、集まって、エドガーを褒め称えつつ牽制し合う、という日々を送っているようだ。勿論、女を磨く事も忘れる筈もなく、日々、美容や教養や自分の特技を磨く事にも励んでいる。将来誰の妻になるとしても、結婚した令嬢は、天使としてのそれぞれの務めがある夫を支えるべく働かないといけないようで、いわば花嫁修業という奴ですね。


 花嫁かぁ。いつかあたしも誰か天使と結婚するのだろうか? 王子のペットポジであるあたしの将来は全然見えてこない。エドガーはなんか、「おまえの先行きはちゃんと考えてある」なんて言ってたけど、もしかしたらずーっとエドガーのペットのままなのだろうか。まあ、それでもいいと思うけど。あたしみたいな天使もどきをお嫁さんにしたいなんて、奇特な天使もいないだろうし……。

 五百年、王子のペット。なんだか想像がつかないな。


 最近はダラダラするのにも飽きたし、相変わらずエドガーのおやつを作ったりはしているけど、もっとあたしに出来る事はないかなって考えて、刺繍なんか始めてみた。

 あたしの村には、それぞれの家に伝わる文様があって、あたしの家は、百合の花。勿論、辺境の貧しい村だから、王侯貴族サマにお見せするようなものでは本来はないのだけど、お城の立派な布と立派な糸でやってみると、結構上等な出来栄えになりました。元々、細かい作業も意外と得意なのだ。

 ハンカチに刺繍をしてエドガーにプレゼントすると、「おまえ、こんな事も出来たのか。こんな柄見た事ない!」ってすごく喜んでくれた。なんだか、天使の国には、実際にある物をモチーフにして刺繍をするという概念がなかったらしく、やたらと幾何学模様ばかりだなとは思っていたけれど、この為にあたしの刺繍はあっという間にお城で人気になって、色んな人が「作って欲しい」って頼みに来て、急になんだか忙しくなった。ほんとはエドガーにだけ作るつもりだったんだけど、無邪気に頼まれたら断りにくいし。

 なので、お世話になったシャルムさまとレガートさまにも、心をこめたものをプレゼントした。勿論お二人とも喜んでくれた……のはいいんだけれど、この事が、意外な展開に結びつく事になった。


―――


 レガートさまが、あたしの所に来て、


「エアリスちゃん。明日暇?」

「あ、はい、明日はお茶会とかも特に……」

「だったら、僕と出かけない? 明日は休日なんだよ」

「えっ」


 突然のお誘いにびっくりする。今まで、エドガー以外の男の人と外出した事はない。


「あーいや、この間の刺繍のお礼だよ~。たまには僕も外の空気を吸いたいし、別に難しく考えなくていいよ。エドガーさまには言っとくから」

「そんな、お礼なんて。あたしの方がお礼のつもりだったのに」

「僕はエアリスちゃんにお礼を貰う程の事はしてないよ~。エドガーさまに言われた事をしただけだからね」

「……はあ。でも、他にいくらでもお相手がいらっしゃるのでは?」


 真っ直ぐな栗色の髪に知的な切れ長の瞳を持つレガートさまは、このお城で一番のモテ男と言われている。勿論、エドガーやシャルムさまもモテるんだけど、エドガーは基本的に令嬢にはつんけんして「おまえら」とか言うし、シャルムさまは真逆に誰にでも紳士的だけど一定の線を崩す事がなくて、一方で、レガートさまは、『来る者拒まず』の主義らしく、甘い笑顔を振りまいて愛想よくしてらっしゃるので、狙っている令嬢がとても多いのだそう。近づく隙が多く見えるから、チャンスを掴めるかも、って事かな。尤も、長く特定の相手とお付き合いなさる事はない、という噂なんだけど。

 でもとにかく、休日を共に過ごす美女には事欠かない筈なのに、何故にあたし? と思うのだけど。


「いいじゃない。最近あんまり話してないし~、僕はエアリスちゃんをもっと知りたいんだよ」


 気障だなあ~。こんな台詞を言って回ってるとしたら、そりゃあ、相手ものぼせちゃうよね。まああたしは身の程を弁えているから、むしろ、何か試されるのではないかと気構えてしまうんだけども。


『俺は、エアリスちゃんには荷が重すぎると思います。そりゃあ、エドガーさまの癒しになってるのはいいと思いますけど、でも、気休めでしょう、結局』


 聞こえてしまったあの台詞。レガートさまは元々、本心が窺えない感じがするし、それでもエドガーの事は親友として部下として本気で為を思っているのは解っているので、『知りたい』なんて言われても、あたしがエドガーの傍にいるのが正しい事なのか見極めようと思っているように感じる。

 でも、そうまで言われて、断る理由も見つからない。


 翌日、レガートさまは迎えに来てくれた。でも、エドガーの時と違って、ペガサスは一頭だけで。


「えと……あたしの馬は……」

「相乗りでいいじゃない。エアリスちゃん小さいし。ほらおいでよ」


 レガートさまは馬上からあたしの手を引くと、ふわっと浮かせるようにして、自分の前に落とし込む。

 いやいやいや、何か色々おかしいでしょ! 密着しすぎでしょこれ。


「レ……レガートさま……。いつも、お出かけの時はこんな風なんですか?」

「うーん、まあ、その時の気分によるかなー」


 なんて相変わらず掴みどころのない雰囲気を漂わせながら、レガートさまはペガサスを空へ向けた。

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