6・遠乗りに誘われました

 エドガーが思った以上に喜んでくれたので、あたしも嬉しくて、あれからちょこちょこ早起きしては手作りお菓子を渡すようになった。なんだか最初の頃よりかれは食が進まなくなってるような気もして、疲れてるのかな、とか思ったりもしたけれど、相変わらずあたしのお皿からは盗み食いするし、お菓子はあたしの前で味見しては喜び、後はおやつにすると言って持っていくので、体調が悪いと言う訳でもないのだろう。

 あたしも、これといってする事もなかった毎日が、誰かの役にたつ事ができるようになった事に張り合いが出た。何しろエドガーの事は何もかもお世話係の天使さまがやってしまうし、他の天使さまと個人的に関わる機会も滅多にないので、いい加減暇を持て余していたのだ。


 あれこれレシピを考えていると、生きていた時に弟や妹によく作ってあげていた事を思いだして胸が痛んだりもした。みんな、元気にしているかな。父さん母さんは泣いたかな。……でも、死んでしまった事実は変えられない。若死にする事は珍しい事ではないので、いっとき経てばみんなあたしの事、忘れるかな。

 だけど母さんは、17歳のあたしに、『このままじゃ嫁き遅れになるよ! 強気はいい加減にして少し女らしくなさい』なんてよくお説教していたけど、嫁ぐ事もなく死んでしまったあたしのこと、忘れはしないだろう。そして、弟妹たちの面倒をみながら、時々思い出して泣くんだろう。

 あたしはここで命を貰ってエアリスとして過ごしているよ、って教えられたらどんなにいいだろう。でもそれは禁忌に触れる事なので、そんな事をしたら、あたしばかりか知った家族も魔界行きになってしまう、とシャルムさまに釘を刺されているので、それは出来ないのだった。


 シャルムさまはあたしと同じくらい、エドガーはそれより少し年上に見える。でも、天使さまの寿命は、約500年、見かけの姿は年齢通りではなく、好きな時に成長を止められる便利な仕組みになっているらしい。

 あたしは、あたしに対して最初程冷たくなくなくなったと思った侍女天使のマニーさんと仲良くなりたいと思って話しかけてみた。ちょうど同じくらいの年齢かと思ったので。そうしたら話しているうちになんと彼女は324歳だと知った。侍女天使として生まれ、一生そうやって侍女の仕事をして過ごすつもりなので、若いうちに成長止めちゃったんだって。最早感覚が違い過ぎて付いていけない。

 それならば、エドガーやシャルムさまも、実は300歳くらいだったりするのだろうか……何だか知るのが恐ろしい気もしたけど、知らないでいるのもずっともやもやしたままになってしまうので聞いてみた。すると、


『いいえ、エドガーさまは19歳、シャルムさまはエアリスさまと同じ17歳でいらっしゃいます』


 と、何とも意外な返事が返ってきた! まさかの見かけ通り。

 すると、マニーさんにとっては、エドガーも赤ちゃんみたいなものではないのか、と思って訊いてみると、


『そんな、畏れ多いことを。エドガーさまは立派な方です! エアリスさまにはまだぴんと来られないのかも知れませんが、あのお若さで重責に耐えて立派に振る舞ってらっしゃる。時にびっくりするような事をなさって、わたくしたち、戸惑ったりも致しますけど、城の者は皆、エドガーさまを尊敬しています。年齢は関係ないのです』

『尊敬……』


 床にしゃがんで落ちたお菓子を拾っている王子さまなのに。でも、確かに、態度は偉そうだけども、余計な口出しと感じた時以外は、周りの従者を叱ったりするのを見た事ない。ミスにも寛大だし、ちゃんとみんなを見ていて、『おまえ、今日顔色悪くないか? 調子悪いんなら無理すんな』なんて声掛けしたりしてる。

 最初はただただ傲慢な奴だと思っていたけど、意外と慕われているんだなあと、マニーさんの言葉にあたしはやや認識を改めた。


『エアリスさまがいらっしゃってから、エドガーさまは笑顔を取り戻されたように思います。これはこちらの王太子宮で働く者しか知らない事ですので、まだまだ風当たりはきついかも知れませんけど、わたくしどもはエアリスさまの味方になろうと思っていますのよ。あの、それは最初は、穢れた人間がここに住むなんてとんでもない、って思って、少しきつく当たってしまった事もあったかも知れませんけど、今は違います。エアリスさまの方からお声がけして頂いたので、お怒りな訳でもないようだと判ったので、ようやく言えますけれど』

『えっ、いや、人間だった事は事実なんだし、それは仕方ないとしか……マニーさんこそ、あたしに様付けなんてしなくっていいのに』


 すると、マニーさんはくすっと笑って、


『人間なんて、エドガーさまのご寵愛を受けたら、すぐに傲慢になると思ってましたのに。いえ、人間だからではなく、エアリスさまだからそうなのでしょう。そこを、エドガーさまは見抜かれたのですわ』


 なんて言ってくる。照れくさいったらない。


『ご寵愛だなんてとんでもない。あたしはただのペットですよ?!』


 でも、謙遜だと思ったのか、マニーさんは笑いながら、


『エドガーさまに笑顔を取り戻して下さったのですから、わたくしどもにとっては恩人なのですわ』


 なんて言ってくれる。何の事やら、よく解らなかったけれど、これをきっかけに、段々、あたしは住まわせて貰っている王太子宮の人々との距離を縮めていく事が出来たのだった。


―――


 そんなある日の事。


 今日は夜の予定もないという事で、早めに帰館したエドガーと夕餉を頂いていると。


「おいエアリス。おまえは馬に乗れるのか」


 と唐突にエドガーが尋ねてくる。


「なに? 勿論乗れるけど?」

「そうか、じゃあ明日遠乗りに行くぞ」


 ……行こう、とか行かないか、とかでなく、行くぞ、と来る。まあ、そりゃあペットのあたしに拒否権はないし、予定もありませんけど、ちょっと言い方変えてくれればいいのに。


「なんで? お仕事は?」

「明日は久々の休み。俺だってたまには息抜きするさ」

「はあ。だったらレガートさまやシャルムさまは?」

「別に誘ってないが? なんだ、あいつらと行きたいのか」

「いやそういう訳ではないけど、折角の休暇をペットと遠乗りなんて寂しい奴ねって思っただけ」


 あー……。本当は外に出られると聞いただけで嬉しいのに、つい憎まれ口を叩いてしまうあたしの性格。だけどエドガーは慣れたのか眉ひとつ動かさず、


「あっそー。折角、おまえは城の中しか知らないから、景色の綺麗なとことか案内してやろうと思ったのに、行きたくないみたいだなー」

「えっ、ホントに?! やったあ!!」

「行きたくないみたいだなー」

「あっ……ううう……」


 ずい、とエドガーはテーブル越しに身を乗り出してくる。ちょ、顔近い!


「生意気なペットは、散歩は止めて檻に入れられたいみたいだなー。まー、おまえが一日、檻ん中で俺様の為に曲芸披露したいってんなら、別にそれでも構わないけどなー」

「あ……あの、顔、近いって」

「おまえは俺様のものだって、最近、忘れてない?」


 脅しのような台詞だけど、囁きかけられて何故かどきどきしてしまう。


「うう……あたしはあたしのものだけど、でも生意気言ったのはごめんなさい! 連れてってください!」


 遂にこの天界の様子を直にこの目で見られるのだ、と思うと、ここは潔く謝るしかない! ……って、元々あたしが必要のない嫌味を言っただけなんだけど、どうにも持って生まれたこの性格は、反省はしてもそれを言葉にするまでの壁が高い。高いけどでも今は越えるしかないでしょう!

 あたしの謝罪にエドガーはにやりと笑って顔を離し、


「まあいいだろう。寝坊すんなよ!」


 とだけ言ったのだけど、あたしは楽しみ過ぎてなかなか寝付けなくて少し寝過ごしてしまい、髪もちゃんと整えずに慌てて飛び出す事になってしまった。でも、エドガーはちゃんと馬を二頭ひいて待っていてくれた!

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