24・告白とこたえ

 そして悶々しながら数日大人しくしていたら、本当にすっかり身体は元気になりました。

 でも、心はちっとも元気ではない。起きられない間、カステリアさまやマニーさんが話し相手になってくれたし、他の仲良くなった令嬢たちもお見舞いに来てくれたけれど、リベカのやった事とエドガーの腕については、あの時医務室にいた方々とカステリアさま以外は知らないし、勿論口外も禁止されている。

 あと、比翼に関しては、シャルムさま、レガートさま、カステリアさま以外には絶対知られてはいけないと……。エドガーの立場上、私情でそんな事をしたと誰かに洩れれば、特に国王陛下ご夫妻にばれたら、大変良くない事になると、きつく釘を刺されている。

 勿論あたしだって、そんな重要な事をべらべら喋る気は全くなかったものの、シャルムさまに怖いお顔で何度も言われると、段々不安になってくる。エドガー本人は、『務めには全く問題ない』と言っているものの、何故偶然拾った存在に過ぎないあたしにそんな事をしたのか、いくらシャルムさまが追及しても、絶対に口を割らないそう……曰く『言ってもいいと思う日が来るまでは』と。


 あたしは、エドガーと顔を合わせる日が来るのが段々怖くなってきた。最初はあんなに、早く会いたい、と思っていたのに、数日間離れていて、色んな事を言われたせいで、頭の中は大混乱状態。

 あたしはエドガーが好き。でもエドガーもあたしを好きだなんて……そんな事、あり得るだろうか? 口が悪いのはともかく、あんなに立派な天使の王子さまなのに? 引く手あまたなのに?

 もしそうだったら……そうでなかったら……でもどちらにしろ、エドガーは身分の為にあたしと結婚する事は出来ない。そして勿論、天使さまの世界は厳格な一夫一妻制なので、人間の王子さまみたいに愛妾を作る事も出来ない……尤も、自分が愛妾に、なんて想像も出来ないけれども。


『好きでもない女性を、身を挺して護る訳ないでしょう!』


 あの時の事を思い出すとぞっとしてしまうけれど、でも、確かに一般的に言ってお二人の仰る事は正しいようにも思う。腕から真っ赤な血をどくどく流しながらも、あたしを安心させようと笑顔を作ってたエドガー……。ああ、胸が苦しい。あんな酷い目に遭わせてしまったのに、でも、あの笑顔を思い出すと、心のどこかで、あたしが特別な存在だから、あんな風にしてくれたの? と思ってしまう醜い自分が居る事を否定できない。こんなあたしに、エドガーに好きになってもらう資格なんかないよ……。

 ぎゅっと布団を握った手の甲に、ぽたぽた涙が落ちる。告白なんかする資格があたしにあるのだろうか? 仮にエドガーがあたしを好いてくれているとしても、どうせ報われない想いなら、このまま距離を置いた方がいいんじゃないだろうか……?

 でも……とにかく、命を助けて貰ったお礼を、もう一度ちゃんと言わなければいけない。そうだ、あたしはエドガーのものなんだ。勝手に逃げてていい筈がない。

 資格があるかないかなんて、自分で決める事じゃない。何もかもを吐き出して、エドガーがあたしを嫌いになるのなら、いっそエドガーにはその方がいいのかも知れない。


―――


 事件が起きて一週間。

 あたしは、夕方に手作りケーキを持ってエドガーのお館へ行った。

 少し前までは、ここがあたしの家なのだと思っていたのに、今では何だかものすごく敷居が高い気がする……。

 エドガーは昨日からお仕事を再開したそうだけど、この時間には帰って来る予定とマニーさんに聞いていた。そして、客間で待っているとその通りにエドガーは帰ってきた。


「よう。元気そうじゃねえか。メシ喰っていけよ」


 あたしの頭をぽんと叩いて、何事もなかったかのようにエドガーは接してくる。エドガーは強い。色々思うところはある筈なのに、決して態度に出さなくて。


『母上。エアリスは私のものです。どうか、私から奪わないで下さい』


 青ざめて横たわりながらも、きっぱりと言ったかれの言葉があたしの中に甦る。


「あの……エドガー……」

「んだよ、神妙にしてる必要ねえって。どこに住もうとおまえは俺のペットである事に変わりはないからさ。母上にはバレないようにするから、毎日遊びに来たって構わんぞ?」

「う……ん」


 あまりにもエドガーの態度が以前と変わらないので、逆に戸惑ってしまう。比翼の事とか、あたしが知った事、シャルムさまから聞いてる筈なのに。


「おお、これ、ケーキか。おまえが作ったの? よし、デザートだ」

「うん……あの、エドガー、ありがとう……ごめんね」

「なんだよ、詫びのつもりか? 俺は大丈夫だって言ったろ。もう気にすんなって。おまえのおかげでほれ、この通りだ。ありがとな」


 左腕を振り回して笑ってるエドガーは機嫌が良さそうに見える。でも。何か不自然なようにも見える。何か月か一緒にいたんだから、それくらい解る。

 もしかしたら、エドガーはあたしが何を言おうとしてるのか、薄々気づいているのかも知れない。それでこの態度、という事は、言われたくないのかも知れない。

 今まで通りの、単なる癒しのペットでいて欲しいのかも知れない。あたしが告白してしまえば、それは続けられなくなるのだろうか? あたしは、振られてしまっても当然、という気持ちがあるから、もしエドガーが本当にあたしをペットとしてしか好きじゃないよ、って言ったって、それは悲しいけれども、きっと元通りに振る舞えると思う。だって、誰よりもエドガーを癒したいと思っているのはあたしだという自負があるから。

 だったら、エドガーの為に、このまま言わずにいた方がいいのだろうか? 


『辛いだろうと思うけど、最後までペットごっこしてても、多分後悔するんじゃないかな』


 レガートさまの言葉が胸に突き刺さる。そうだ……本当は、エドガーだって、ずうっとこのままでいられる筈がない事は知っている。


『なんで今』

『まだ時間はあるじゃないか』


 痛切な叫び。でも、いまはあの時とは違う。王妃陛下は急いでおられる。もしかしたらひと月以内にも、婚約が決まってしまうかも知れない。そうしたらもう、あたしは言えない。エドガーにも言えない。だったら、いま、しかないのかも知れない。あたしが後悔するのは構わないけれど、エドガーを後悔させたくない。


「エドガー。聞いて」

「面倒くさい話は聞きたくない。辛気臭い面してなんだよ」


 途端に機嫌が悪くなる。でも、あたしは一生懸命だった。


「あのね……何があったって、あたしはエドガーのものだよ。絶対に離れないよ。一緒に住んでなくったって、ペットでいるよ」

「なんだよ、当たり前だろ」

「でも、でもね、ペットとして、エドガーを好きなのは絶対に変わらないけど、あたし……あたし、それ以上にエドガーが好きなの! 気づいたの。身分がどうとか、立場がどうとか、知らない。あたしがエドガーと結婚なんて出来ない事くらいは解ってるよ。でも……でも、エドガーが好きなの……」

「…………」


 エドガーは向こうを向いている。大きな白い翼を目の前に、あたしは想いを言葉に出来た。

 けれど、エドガーは大きく息をついた。そして、静かに言った。


「俺は……ペットが好きだ。だが、それだけだ。女を好きになる事は……愛したりする事は、ない」


 これが、エドガーの答えだった。


 ぎゅううっと胸が痛くなり、あたしは本当は自分が期待していたんだ、って気づく。レガートさまやカステリアさまがあんな風に言うから……。ああ、駄目だ、誰かの所為にするなんて最低だ。自分で言うって決めただけなのに。だけど、涙が出て来て、いたたまれなくなる。今すぐに、ここから消え去りたい。


 だけど……あたしは駆けだす事が出来ない。向こうを向いたエドガーの顔……夕日に赤く染まった窓ガラスに映っているよ。

 エドガー……なぜ、あたしと同じ表情をしているの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る