23・不器用な本心

「……エアリス。あと半年と少しで、エドガーさまは20歳になられるのです。たぶん、シャルムさまはその事を仰ったのではないかしら」

「20歳? でも、天使の寿命は五百年もあるのに、何か意味があるんですか?」

「ええと、王妃陛下が国王陛下とご結婚なさったのが20歳の時だとお聞きしたから、それまでに、エドガーさまに結婚して欲しい、というご意向ではないかしら?」

「……」


 滅茶苦茶嘘くさい。いくら何でも、そんな理由で結婚を急がせたり、癒しがどうの、子どもがどうの、という話になる訳ないと思うんだけど。

 そう思っていると、レガートさまは軽く溜息をついて、


「カステリア……昔からそうだけど、きみは嘘が下手だよね。それは一つの美点ではあるけれど、自覚はしてた方がいいと思うよ」

「ま、まあ、レガート……。わたくし、そんなに下手かしら?」


 ……自分で、嘘だって言っちゃってますよ、カステリアさま。でも、そんな所が可愛いのに。身分的にも釣り合っているのだろうに、どうしてエドガーはカステリアさまじゃ駄目なのかな。

 あたしはカステリアさまも大好き。エドガーがカステリアさまと結婚して幸せになるなら、あたしの恋も、諦めが付きそうな気もするのに。……多分、だいぶ時間がかかるとは思うけれど……。


「エアリスちゃん。とにかく、理由は置いといて、王妃陛下がエドガーさまの結婚を急がせたいと思われているのは事実。今回の事で、エドガーさまも、以前のようには逃げきれなくなるかも知れない。エアリスちゃんに求婚してる僕が言うのもなんだけど、エアリスちゃんが、自分の気持ちに気付いちゃったのなら、もう、ちゃんとそれを言った方がいいんじゃないかな、って僕は思うんだけど」

「求婚? レガート、あなたが、エアリスに?」


 って、カステリアさまは驚きの声をあげる。そりゃそうだよね。


「あれって、求婚だったんですか? そして、本気なんですか? なにか、あたしが傷つかないように、気を遣って下さってるだけではないんですか?」

「『一生かけて幸せにします』って、恰好いい求婚の言葉だと思ってたけど、そうは聞こえなかったのかな?」

「恰好はいいけど、逆に胡散臭く思えました」

「ありゃま。随分信用されてないんだなー」


 レガートさまは苦笑して椅子に座った。柔らかな前髪をかき上げる動作ひとつひとつが気障な感じを醸し出してて、平凡な村娘だったあたしと釣り合うなんて誰一人思わないだろう、貴族のお坊ちゃまそのもの。でも、あたしの先入観なんだろうか? マニーさんは『レガートさまは見かけよりずっと繊細な方』って言ってたっけ。


「エアリスの立場では、そう簡単に信用できる訳ないでしょう。レガート、いったいどういうつもりなの? こんな時期に、求婚してみたり、かと思えば、今度はエアリスをけしかけるような事を言って。あなたは、エアリスとエドガーさまが……その……恋愛関係になるのは望ましくない、と考えている、とシャルムさまから以前伺いました。なのに、どういうこと?」


 と、カステリアさまが幼馴染の気安さで、聞きにくい事をずばっと聞いてくれる。


「そうだなあ……まあ、結果から言うと、僕の行動は寧ろ遅すぎたと思うんだよね。エアリスちゃんが自分がエドガーさまを好きだって気が付いちゃうと、えーと、半年以内にエドガーさまが結婚しちゃったら、辛いでしょ……。エドガーさまだって同じ。エアリスちゃんの気持ちを知りながら、他の令嬢と結婚させられたら、辛いでしょ。だから、二人がそうなる前に、二人はペットと飼い主のままで、エアリスちゃんを僕の恋人にしちゃえばいいんじゃないかな、ってのが、まあ、最初シャルムさまにお話しした時の考えかな……」

「ほらやっぱり、本気じゃなくって、同情じゃないですか、それ」

「本気の同情だったんだよ」

「何それ。そんなんじゃ、レガートさまが幸せになれないじゃないですか」


 あたしの言葉にレガートさまは微笑する。何だか以前と感じが違う。そうだ、以前は底知れなく感じていたけれど、最近のレガートさまは、あたしの前で、素で振る舞っているみたい。


「そんな事ないよ。前に話してて、『エアリスちゃんは一途で可愛い』って言ったでしょ。あれは本気だよ。ねえカステリア、リリアンヌのこと、覚えているよね」

「えっ、勿論、忘れる訳がないでしょう。永遠にわたくしの親友よ。……エアリス、リリアンヌというのは、レガートの妹なの。子どもの頃は、わたくしはエドガーさまと、リリアンヌはシャルムさまと婚約を、と言われていたものよ。……随分昔の話な気がするわ」


 子どもの頃の話と言うのは随分昔だとあたしは思うけど、天使にとっては短い時間なのかな。でも、考えてみれば、寿命が長くても、大人になってからが長いだけで、子どもとして扱われる期間は人間と変わらないみたいだから、やっぱり子供時代というのは、特別なものかも知れない。

 それにしても、


「あの……レガートさま、妹君がいらっしゃったんですか」

「うん。8歳の頃、事故で死んじゃったんだけどね」


 『覚えているよね』という言葉、今まで会っていない事から、そんな事情だろうと察しはついたけれども、そうだったのか……。


「リリアンヌは、シャルムさまが大好きで、でも子どもの頃は、今じゃ考えられないだろうけど、エドガーさまの方が明るくて気さくで優しい方で、シャルムさまの方がいっつも何かに怒っているみたいで割と乱暴だったから、リリアンヌはいつも振り回されてたんだよね」


 ええーーっ! あの紳士の鑑みたいなシャルムさまが。『明るくて気さくで優しいエドガーさま』より、更に想像がつきません。


「僕は一生懸命なリリアンヌが大好きで兄として応援してたんだけど、ある日突然いなくなった。それからだよ、シャルムさまが今みたいに変わられて、自分が兄上を支えなくては、と自覚を持たれたのは」

「…………」

「カステリア、僕はね……エアリスちゃんはリリアンヌと似ている、って思うんだ」

「ええっ。リリアンヌの方がずっと淑やかで控えめでした」


 あの、カステリアさま……。いやまあ、事実なんだろうけれども。


「いや、態度とか姿とかではなくって、誰かに振り回されながらも、一生懸命なところがさ……。僕には、段々エアリスちゃんがリリアンヌみたいに思えてきたんだよ。妹みたいに……って言うのかな。つまり、恋してる訳ではないけど、幸せにしたいと。ねえカステリア、恋心がないと、求婚しちゃ駄目なの?」

「え、いえ、そんな事はないでしょう。まあ、元々、わたくし達は、個人的な感情で結婚できるとも限りませんけどね」


 カステリアさまは、レガートさまの言葉をゆっくり噛みしめるようにしながら、溜息交じりに仰る。そういえば、カステリアさまはエドガーが好きなのに、エドガーが誰かと結婚しちゃったら、別の偉い人と結婚させられちゃうのだろうか。

 でもレガートさまは頭を振って、


「まあ……女の人には自由がきかない部分もあるだろうけど、でも、出来るだけ自分の意志は出した方がいい。僕の親は比較的自由な考え方だから、そう言われて育ったし。……なんだか、おかしな話になっちゃったかな。でもエアリスちゃん、そんな訳で、最初に出会った頃は、『エドガーさまは突飛な事をなさるなあ。やっぱり息苦しいんだよね。でも、人間が相手で大丈夫かなあ』なんてこっそり思ってた時期もあったけど、今は、言っていい事はちゃんと伝えてるつもりだよ。だから、もっと信用してよ。本気で求婚してるんだよ。そして、それを受けてくれれば、僕も幸せになれると思ってるよ。いま、別にお互いにすごく愛し合ってなくったっていいじゃない? 僕はエアリスちゃんの癒しになれたらいいなって……、そうしてる内に本当に愛し合えるようになるかも……っていうか、僕の方はそうなる予感がしてるんだ。でも勿論、エドガーさまから奪うつもりはないよ。エドガーさまの方で……ええと、もし他の令嬢と結婚する時が来て、きみを誰かに託したい、って思われる時が来たら、だよ。エアリスちゃんがエドガーさまへの想いを捨てられなくて、そしてその時、今の話を思い出して僕を恨んだとしても、それでも僕は構わないからね」


 レガートさまを恨む? こんなにまで温かい言葉をかけて貰っているのに??

 でも、ふう、と溜息をまた付かれて、カステリアさまは、


「レガート、あなたは意外と不器用なんですね」

「そうかなあ? でもエドガーさまは、冷静に考えてたら僕の意図に気付かれたんだと思うけど。出禁もうやむやになっちゃったしね」

「……まあ、あなたの意図はわたくしにも解りました。でも、今エアリスに、気持ちを伝えさせて、それでどうなるの? あなたはさっき、もし二人が両思いになっても、後で却って辛いだけだと思うと言ったではありませんか」

「うん。でも、エアリスちゃんは気づいちゃったし、多分、エドガーさまも……。だったら、お互いに意識したままよりも、気持ちをぶつけ合った方が、むしろ心残りがなくなるんじゃないかなって。そりゃ、辛いだろうと思うけど、最後までペットごっこしてても、多分後悔するんじゃないかな。運命はどうせ変えられないんだから……」

「そうね……そうかも知れないわね……」


 なんかしんみりしちゃったよ、お二人とも。


「いやいや、ちょっと待って下さい。なんで両思い前提なんですか? エドガーはあたしをペットだって思ってて、それで、結婚した相手と幸せになる事が出来たら、別にエドガーは辛くならないでしょ? 最初は愛情がなくっても、段々湧いてくるかも、ってさっきレガートさま、ご自分で仰ったじゃないですか。それなのに、あたしが余計な事言って出しゃばったら、エドガーを困らすだけなんじゃないですか?」

「僕は、女性に抱く本気の愛情というのがよく解らないからああいう言い方をしたけど、エアリスちゃんを好きな事には変わりはないんだよ? エアリスちゃんを好きなまま結婚させられるエドガーさまとは全然違うでしょ?」

「だからその、エドガーがあたしを好きだなんて根拠はなにも……」

「「好きでもない女性を、身を挺して護る訳ないでしょう!」」


 台詞被せて言われても……。ええ……そんな都合のいい事ある訳ないよ。


「ま、とにかくこれが現状だから……。僕は、いつだってエドガーさまとエアリスちゃんの味方だって、忘れないでね。あとは、数日ゆっくり考えてみるといいよ。どうせ安静なんだから」


 そう言うと、レガートさまは席を立って、お大事に、って出て行っちゃった。

 ちょっと……いやかなり、レガートさまの感じ方って変わってるなあと思ったけれど、でも、一生懸命本心を言ってくれてるのは解った。こんなにまで大事にされて、あたしは幸せ者だと思う。

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